ハルカ、彼方
−−リュカン川、宿舎
ここは川辺に建てられた宿舎。東京からアカッシスへと転移してきた刑事達は皆ここで暮らしている。久保田に連れられてエリアメラはここに足を踏み入れた。ドアを開けてみると、刑事達は全員集まっていた。
「戻ってたか、遅くなった」
「いえ、俺達もさっき戻ったばかりです」
「いっぱい、人、嬉しい」
宿舎の中に集まっている刑事達を見て、エリアメラは興奮のあまり、羽根をパタパタさせた。
「久保田さん?その子は?」
「父、パパ、親」
「パパ?!」
「パパ?!」
「パパ?!」
「おめでとうございます!」
何か誤解を招いている様なのだが。久保田は頭を掻いた。
「さっき街で出会ったばかりなんだ。こいつ、竜族の出身らしい。何だかよく分からんのだがな。・・・じゃあ話して貰おうか、エリアメラ。君は何故俺の所に来た?」
久保田は椅子を引いて反対向きに座り、背もたれの上に両腕を組んで乗せた。
「興味、それだけ」
「興味・・・興味ねぇ」
「クボタ、頼み」
「何だよ?」
「くれ、名前」
「名前ってエリアメラって名前があるだろ」
「竜族、足して読む、他人がくれた名前、悠久の時の、わずかな時間、共に過ごした証」
名前・・・名前か。久保田はしばらく考え込んだ。
自分の名前は生まれた時から当たり前に与えられていた。でもこの世界に来てから何もかもが違う。常識も、文化も、死の在り方さえも。東京。自分がいた場所。今は東京が遥か彼方に思える。遥か彼方・・・ハルカ。
「じゃあ今日から君はハルカだ」
「ハルカ、いい、それにする」
ハルカは嬉しそうに羽根根をパタパタさせ、尻尾をくるりと一振りした。
「しばらく、一緒、いたい、クボタと」
「一緒にいたい?」
久保田の質問に答える様にハルカは小さくうなずいた。
皆が寝静まった頃、ハルカは宿舎の外に出た。
「なるほど、制限、力」
ここは巨大魔法都市。その上空で人の姿へと変身したせいで想像以上に小さな少女に変わった、省略魔法が使えない、言葉遣いが変になったのもそのせいだ。しかもこの形態変化は数百年経たないととリセットできない。しばらくはこの不自由な身体で生活するしかないか。
−−翌日、大通り
休日であっても店を構える商人達には無縁の事だ。そんな商売繁盛の店を眺めながら二人は通りを歩いていた。
「これ、美味?」
ハルカは軒先に並べられていたフルーツを勝手に手に取って食べ始めた。
「ちょっとちょっとあんた、困るよお代もなしに食べられちゃ」
「すみません。お支払いしますので、いくらですか?」
久保田は代金を払ってハルカを追った。
「塔、見たい、行く、いい場所」
ハルカは通りの真ん中に出た。そこは前から後ろから荷馬車が通る道。衝突は避けられない。
[ここにあるは忠義の証 汝、
ハルカは動物使役の魔法を唱えた。透明な魔法の波紋が路面を中心に半円状に広がる。それに応じる様に前後の馬達はピタリと動きを変え、ハルカの左右を縫うようにして通り過ぎていった。とはいえ手綱を握っている御者はそうもいかない。慌てて馬を止めた。
「何やってんだ、お前!」
馬車の御者が振り返り、慌てて手綱を引き絞る。
「す、すみません!・・・ほら、お前も謝れってどこ行ったハルカ!」
御者は必死に馬をなだめようとする物の、馬の鼻息が荒く、辺りに砂埃が舞い上がった。
次にハルカはオープンテラスに座っていた冒険者達の所に行った。
「おぉ、マジックアイテム、見せて」
有無を言わさずハルカはテーブルの上に置かれていたマジックアイテムを手に取ってひっくり返したり、振ってみたり、耳に当ててみたり、やりたい放題。
「おい!何なんだお前!」
「しょぼっ」
ハルカはガッカリしながらマジックアイテムを放り投げた。
「すみません。ハルカ!勝手に人の物に触るんじゃない!」
今日一日街を見て回りたいというハルカの要望に応えたつもりだった。それだけのはずなのに、どうしてこうもトラブルを起こすのか。結論を言おう。ダメだこの子。子供に言い聞かせる様に教育をしないと。
「クボタ、どした?」
「どうしたじゃないよ。ハルカ、お前は人間社会の一般常識を学ぶ必要がある」
「ジョーシキ?」
ハルカは首を傾げた。
「私、最強、私、常識」
「郷に入れば郷に従えって言ってな。この街で暮らしたかったらこの街のルールを守らないといけないんだよ。お前はそれを知る必要がある」
「何?方法」
「そうだな・・・」
−−酒場、フォンストリート
ここは久保田達刑事がいつも夕食に訪れる店。久保田を始めとした刑事達は異世界に来てからほぼ毎日ここで夕食をとっている。酒場と銘打ってはいるが、実際の目的は食事。理由はただ一つ。厨房を仕切る料理人が一流すぎるからだ。
−−メグ・シャンタル
本来なら王都の高級レストランでも余裕で通用する実力を持ちながら、彼女がここで鍋を振るっている理由はただ一つ。格式張って食べられるより、バカ騒ぎしながら食べてほしいから、という変わった理由からだ。
「メグ、ちょっといいか?」
厨房に入ると、メグはちょうど夕食のレシピを考えている最中だった。
「久保田さんが厨房に来るなんて珍しいね。そっちの子は?」
「私、600歳、子、違う」
「つい最近出会ったばかりなんだが・・・」
手を止めて振り返ったメグに久保田は後ろのハルカを軽く指で指した。
「こいつに常識って物を教えたいんだ。しかしどう教えたらいいのか分からないんだ。王都で料理人やってたお前なら何か思い付かないかと思ってな」
「まあ常連さんの頼みだし、協力してはあげたいけど・・・。これまで何やらかしたの?」
「無銭飲食に交通妨害、人の物を勝手に触るとか、それに・・・」
「ああ、ストップ。もういい。大体分かった・・・。って!あんた何してんの?!」
そこにはスパイス棚の前で調味料が入った瓶を開けて飲み込もうとしているハルカの姿が。
「それ辛いやつ!」
止めるよりも早くハルカは瓶を傾け、中身を口に入れた。次の瞬間、ハルカの瞳孔が開いた。
「ん・・・っっがッ・・・っっっ!!」
顔が真っ赤になり、両手で口元を押さえたかと思うと
「ぶあああああぁぁあっっっ!!!」
バッと口を開き、彼女は思い切り火を吹いた。鮮やかな炎が厨房の空気を一瞬焦がし、鍋の蓋が一つ飛んだ。ハルカは目を潤ませながら、息をゼェゼェと吐いている。
「これドラゴン・スレイヤーって激辛スパイスなんだから、勝手に口にしちゃダメだよ」
「物騒な名前だな」
メグは冷菜スープをカップに注いでハルカに渡した。
「はい、これ飲んで。少しは楽になるから」
ハルカは涙目でカップを受け取り、ちびちびとすすり始めた。
「・・・な。終始こんな感じなんだよ」
「身に染みて分かったよ」
まずハルカは他人の物を勝手に触るという感覚が強い。お前の物は俺の物を地で行くスタイルだ。常識を覚える第一歩として、まず金銭という物をしっかり教え込まないといけない。
「じゃあまずこのメモに書いてある物を買ってきて。お金はこれだけあれば足りると思うから」
メグは買い出し用のカゴを渡して、一緒にゼガ硬貨を渡した。
「ゼガ?何?」
「これはお金。物を買う時に対価として上げる物なの」
「対価?交換?」
「そう。まずはお金を使うところから覚えようか」
メモを受け取ったハルカは紙を目の近くにやったり、逆さまにしたりしている。
「メモ、意味、理解不能」
「あ〜、野菜の名前じゃピンとこないか〜。じゃあ絵を描いてあげるね」
買い出しリストの横に、人参やキャベツ、玉ねぎの大体の形をメグはサラサラと描き込んでいく。
「これで分かるかな?」
「任せて、見抜く」
自信満々にカゴを掴んで、スキップ気味に店を出ていった。
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