第5話 いじめの主犯
「はじめまして、ミカちゃん」
その女は感情のない声で言った。顔だけは不気味に笑っていて、萌実なのに萌実じゃない。底知れぬ恐怖に私は体の震えが止まらなかった。
そういえば、萌実には引きこもりの姉がいると誰かがさっき話していたがコイツがその姉なのだろう。
萌実の家は中古の自転車を買ったり、予備校のコマだって最低限しか取れないくらい貧乏だったはず。しかも引きこもりのインキャがなんでこんな……絶対に負けてたまるものか。
私が黙っていると、萌実の姉はぐっと近づいてくる。
「無視しないでよ。あれ、もしかして萌実だから無視してる? うーん、知ってるよ。いじめの主犯格はミカちゃんだよね。あ〜、わかってるわかってる。他の子も加担してたからミカちゃんだけが悪いわけじゃないよね。もっと言えば見逃してたクラスのみんなも教師も悪いよねぇ」
私は椅子に縛られていて動けない。一見、普通の教室の椅子のように見えたけど違うみたいだった。椅子を倒そうとしても倒れない。まるで椅子の脚が床に埋まっているみたいだった。
動くたびに縄が食い込んでジリジリと痛む。ただ、彼女は感情のない笑顔で私を見つめ続ける。時折、右目がひくひくと動き何やら考え事でもしているようだった。
私はこんな冴えない女に殺されるんだ。萌実のくせに……あいつが死んだのが悪いのよ!
萌実の姉は、ピエロのマスクをかぶってまた私に話しかけた。不気味な笑顔のピエロのマスク。海外のホラー映画で出てくるような真っ赤な鼻にブルーのメイクのもので張り付いたような笑顔の仮面。
夏服のセーラーにピエロの仮面がやけに不揃いで恐ろしく見える。彼女は右手にバットを持っている。私を殺すための凶器。
でも、ここで絶対に泣いたり謝ったりするもんか。インキャなんかには、負けてやらない。
「だったら……何よ」
「じゃなくて。なんでこうなったかわかる?」
「私は悪くない」
バコンと乾いた音がして、私の両脛に鈍痛が走った。木製バットで脛を強く殴られたのだ。まるでゴルフでもするみたいなスイングで私の足が……。
なんの躊躇もない一撃で感じたことのない痛みが走った。
「痛いっ!」
「もう一回聞くね。なんで、こんなことになったかわかる? ミカちゃん」
「そ、それは……」
バコン! バキッ、と骨が折れる嫌な音が響いた。脛に尋常じゃない痛みと共に血流がドクドクと流れるのを感じた。痛みで気を失いそうになって、私は必死で顔を上げる。不気味なピエロの仮面がバカにするみたいに首を傾げた。
「ちょっと、このくらいで騒がないでよ。萌実はもっと痛かったんだよ? 階段から突き落とされた時、怖かったろうなぁ。ほら答えてよ。なんでこんなことになったの?」
萌実の姉の声がぐっと近づいてくる。表情はピエロの面でわからないが声に嫌な迫力を帯びていた。また殴られると思ったら、恐怖で答えてしまう。『なんでこんなことになったか』答えは簡単だ。
それは……
「私が……いじめ、たから」
「正解。そうだね。ミカちゃんが萌実をいじめたからだよね。じゃあ、あそこのカメラに向かって萌実に何をしたか話してね。少しでも間違えたり嘘をついたら痛いからね」
彼女が指差した先、教卓の方、黒板の上のスピーカーあたりに小さなカメラが設置されていた。録画中なのか赤いランプが付いている。
それから彼女は、指を慣らして屈強な男たちを呼んだ。男は大きなキャリーバッグを持ってきてそれを床の上で開ける。中には、ペンチや万力、ナイフやアイスピックなどのまるで拷問にでも使うような道具がたっぷりと詰まっていた。
私はそれらを使った恐ろしい出来事を予感して、頭とは裏腹に口は正直に話してしまう。私が、萌実にしたこと。
「悪口を……言いました」
「どんな?」
「キモいとか、臭いとか」
「ふーん、それで?」
「それから……無視をして、えっと、えっと……ぎゃあ!」
足にアイスピックが刺さり、血が噴き出した。私は痛みとショックで意識が朦朧とする。それから、私は痛みに耐えながら必死で萌実にしたことを話し続けた。少しでもつっかえたり、考えたりすれば違う痛みが飛んでくる。恐怖と戦いながら必死で口を動かす。
「で、いじめの主犯はミカちゃんですか」
「はい……」
「いじめをしてた時、どんな気持ちだった?」
「早く……学校を辞めてくれって思ってました」
「どうして?」
「同じグループだって思われたくなったから、バカみたいにくっついてきて嫌だったから!」
「そっか。ミカちゃん、友達はいる?」
友達……。唯、理子、澄子。凛花は……どっちでもいいや。
思い浮かんだ友達の顔、でもそれは一瞬にして消えていった。私は、彼女たちに投票されたからここにいる。裏切られたからここにいる。
「投票……しなかった子。だれ?」
「あ〜、そうそう。投票結果はね。唯ちゃん以外はみんなミカちゃんに入れてたよ」
唯……。ごめん。唯だけは信じるべきだった。唯だけは私を信じてくれたのに……どうして私は……。
「じゃあ、唯が友達! あとは友達じゃない!」
***
私はもう死ぬのかもしれない。
それから、萌実にしたこと全部話させられた。でも正直、あんまり覚えてなくて……私が言い淀んだり間違えたりすると痛いことをされた。
指の爪はもう全部ない、足からはたくさん血が出ていて骨が折れているだろうからもう逃げることだってできない。頬に大きな傷をつけられて、デコルテには変なタトゥーを掘られちゃった。
不思議と熱さとふわふわする感じはあるのに痛みは引いていた。
「そっか。でもさー、ミカちゃん。萌実以外にも悪いことしてたよね? しかも唯ちゃんにも」
「えっ」
ザクッ。
嫌な音と共に右耳に強い痛みを感じた。
「ぎゃぁぁ!!!」
「唯ちゃん、澄子ちゃん、理子ちゃん、凛花ちゃんにしたこと。言ってみなよ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、もう許して! もう解放して! いくらでも謝るから!」
パッと、私から手を話して、彼女はぱちぱちと子供をあやすみたいに拍手をした。
「やっと、謝ったね。お母さんから聞いたよ?『謝ったら負け』って教えてもらったんだって? 聞いたよ。ミカちゃんのお父さんもお母さんもすぐに謝ってくれたけどね?」
「パパとママに何したの?」
「うーん、私は何も? ミカちゃんと同じだよ。私は、指示しただけだよ。ミカちゃんのパパやママのせいで困ることになった人たちに居場所とか通勤ルートとか。ほら、弁護士って恨みを買うじゃない? だから、そういう情報を欲しがってる人ってたくさんいるの。私はあくまでも機会を与えただけ」
「パパ……ママ」
私のせいで、私のせいでパパとママも死んだ……?
私の完璧で充実した生活は一瞬にして崩れ去った。何も知らなかった父も母も妹も理不尽に殺されていった。
——全部、私のせいだ
「まぁ、そんなことはどうでもよくて。みんなにも悪いことしたよね? もう謝らなくていいよ。謝られても仕方ないし」
血でぬるくなったナイフが逆側の耳に当てられる。
「みんなの……みんなの、写真を売りました」
「どんな、写真を売ったの?」
「盗撮……下着とかの写真」
「それだけじゃないよね?」
「住所とか、電話番号とか、部屋の写真とか、そういうの」
「よしよし、よーく言えました」
私はわしわしと頭を撫でられ、彼女は私から離れた。
「ミカちゃんは、萌実のことをいじめる事で友達たちの目を逸らしてたんだよね。多分、中学校の時からそうかな? 誰かをいじめて見せ物にすることで自分に誰も逆らわないようにする。それで、彼氏のまー君の言いなりだったんだよね?」
こいつは、私の秘密を全部知っている。痛みと貧血で朦朧としながら私はただ首を縦に振った。もう死ぬんだ。どうせ、帰る場所も待っている人もいない。
「はい、そうです」
「どうして、そんなことしたの?」
「脅され……ぎゃっ……」
腹部に強い痛み、何かが刺さったみたいだがもう視界がぼやけて見えなかった。あぁ、このまま意識を失ってしまえ。もう終わってしまえ。
「違うよね」
ぐりぐりと抉られる傷、もう声も出せない。痛い、辛い。死んでしまいたい。
「薬……買えなくて、それでおじさんたちに写真とか売って……それで」
「はい、よくできました。そうだよね。ミカちゃんは大学院生の彼氏と悪いお薬を使ってたんだよね。だけどお金が足りなくなってお小遣いじゃ足りなくて……お友達のよくないお写真を売っちゃったんだよね。特に。唯ちゃんや澄子ちゃんは美人で人気だったんだよね。あれ、ミカちゃん?」
「ふー……ふー……」
あぁ、もう終わるんだ。やっと終わるんだ。私はゆっくりと感じる気持ちよさに既視感があった。脳内麻薬でも出ているのかも……。あぁ、なんでこんなことしちゃったんだろう。
「安心してね。この映像も高値で売れるんだ。知ってる? こういうビデオ、需要があるんだよぉ。ミカちゃんは死んだあとも一生汚名が消えないまま。あ〜、死んじゃったかな」
萌実の姉は、パチンと指を慣らしカメラの録画を切るように指示した。カメラの赤ランプが消えてから彼女はピエロの面を外す。
「萌実はもっと辛くて痛かったんだからね。みんな、みてたー? ミカちゃんはいじめの主犯だしお薬で内臓が使い物にならなかったから、特殊な処刑だったんだ! みんなの体は有効活用するから安心してね」
***
ミカが男たちに連れ去られてすぐ、私たちが残された教室の中にプロジェクターを抱えた男が入ってきた。彼は、目出し帽姿で顔はわからないが、筋骨隆々でまるで海外のプロレスラーとかそういう風貌だ。
手際よく、またあの白い幕が教卓の方に下ろされて、私は教室の中央の方に移動する。他の三人と距離をとりながら、プロジェクターに映し出されるものをじっと見守った。
「ミカ……?」
私は、また誰かの家族が殺される映像でも見せられるのかと思ったらそうじゃなかった。映し出されたのは別の教室に連れてこられたミカだった。ミカは泣きながら必死に抵抗していたが、男たちに押さえつけられて椅子に縛り付けられる。
まるで、ショーでも始まるみたいに、ミカがいる教室は机や椅子が端に寄せられて、ミカが座っている椅子が一脚だけ中央、黒板の方に向けて置かれている。映像を映し出しているカメラはミカが正面に捉えられるように教室前方の天井あたりに設置されているようだった。
ミカと向かい合うように立っているのは、萌実のお姉さんだろう。表情は見えないし。彼女が持っている木製バッドがこれから起きることを予感させた。
——処刑
人狼ゲームにおいて、昼間の会議で投票により追放された者は「処刑」される。人狼だと疑われただけで命を奪われるなんて、今の時代絶対にありえないけれど……でも過去には魔女狩りも存在したのだし私たち人間の中にはそういう残酷な部分が存在するのかもしれない。
木製バッドで、あのお姉さんに殴り殺されるんだ。と思った私は甘かった。萌実のお姉さんは、ミカに対して尋問・拷問を始めたのだ。
殺さない程度に、痛みと恐怖を与えながらお姉さんはミカから欲しい答えを引き出していく。どうして、萌実をいじめたのか。
ミカは萌実に何をしたのか、話していく。
私も、そのほとんどを目撃していたし、強力していたからぐっと胸が痛くなった。初めて、ミカが萌実の上靴を隠そうと言った時、私が「関わるのやめよ」と言っていればこんなことにならなかったのにと激しく後悔する。
ミカが話すいじめの内容が過激になっていくほど、拷問も過激になっていく。
「ひぃっ……」
あまりの壮絶さとミカの絶叫に凛花が変な悲鳴を上げた。尋常じゃない悲鳴は可哀想とかそんなことよりも私たちを恐怖感に包んだ。
そして、ミカはそんな絶叫をあげながらも絶対に謝らなかった。彼女は、絶対に謝らない。なぜなら、謝ったら自分が悪くなると信じきっていたからだ。小さなことから権力と運とカリスマ性を持っていた彼女は、謝って調和を図る必要なんてなかったし、それが悪だとよく話していた。
確か、ミカのご両親は弁護士をしていて悪くないのに謝ってしまうことで、罪を認めると不利になるとかなんとかをミカに教えたらしい。
だから、ミカは調和を図るために折れる人が嫌いだった。萌実もその一人だった。
ミカの絶叫が流れる映像から目を逸らしてどのくらい経っただろうか。きっと、簡単には死なせないために急所をわざと外すような攻撃をされているようだ。なんて怖いんだろう、私たちはそれだけのことをしてしまったんだ。
ちょっとの無視から始まったあのいじめが、ただミカに先導されてやっただけのあのいじめが……萌実の死によって私たち加害者は家族すら殺されるほどの罪になってしまったんだ。
「そっか。でもさー、ミカちゃん。萌実以外にも悪いことしてたよね? しかも唯ちゃんにも」
突然、私の名前が聞こえて再びプロジェクターで映し出された映像へと視線を戻す。血まみれのミカ、教室の床にはどんよりとした色の血が広がっている。
ミカは見たこともないような怯えた表情で萌実のお姉さんの方を見た。そして、言い淀んだミカの耳を彼女は切り取った。
「ぎゃぁぁ!!!」
「唯ちゃん、澄子ちゃん、理子ちゃん、凛花ちゃんにしたこと。言ってみなよ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、もう許して! もう解放して! いくらでも謝るから!」
私はミカと五年近く一緒に過ごしていたが一度だって彼女が謝ったところを見たことがない。そんなミカがまるで子供みたいに謝りながら、泣き出した。
——ミカは私たちに……何をした?
私は自然と他の三人の方を見た。みんな、同じだったようで互いに目を合わせる。私も含め、ミカが何をしていたのか知っている人はいないみたいだ。
「まぁ、そんなことはどうでもよくて。みんなにも悪いことしたよね? もう謝らなくていいよ。謝られても仕方ないし」
萌実のお姉さんがミカにナイフを向けた。私たちは、ミカが傷つけられていることよりも、彼女が私たちに何をしていたのか、それが気になって仕方がなかった。私は、ミカの友達としてうまくやっていたはずだ。一度だって彼女の機嫌を損ねたことはないし、逆らったことだってほとんどない。
でも、あのミカが信念を曲げて謝るような悪いこと。
ミカは怯えたような表情で萌実のお姉さんを見上げ、言った。
「みんなの……みんなの、写真を売りました」
「どんな、写真を売ったの?」
「盗撮……下着とかの写真」
ミカは拷問を受けながら。自分が私たちにしたことを自白した。私たちの写真と個人情報を売った。その金は彼氏と一緒に悪い薬で遊ぶためだったと。
私は、そういえば予備校に通い始めた去年の春頃から夜道が怖くて親に送り迎えを頼んだことを思い出した。誰かにつけられているような、見られているような気がした。
もちろん、それは夜道が怖いという思い込みだと思っていたけれど……顔や個人情報が売られていたら……。私たちはダンス部の合宿ということでいろんな場所に旅行に言った。だから、きっと撮られたのは下着の写真だけじゃない。
ネット上の知らない場所に自分の画像や情報が流れていたのかもしれないと思ったら身の毛もよ立つほど怖かった。そして、もしこのゲームを生きて帰ったとしてそれはきっと消えることがない。
私は、不特定多数の人たちに顔と名前、見られたくないような写真を知られながら生きていくことになる。
まともな会社には就職できないかもしれない、結婚だってできるかわからない。相手が少し私のことを調べたら……私たちはここから出ても地獄が続くのだろう。
私は、あの日。ミカに声をかけられた日に無視しなかったんだろう。ミカとさえ仲良くしなかったら……しなかったらこんなことにはならなかったのに!
「最低……」
私は思わず声が出た。それは、私たちの色々なものをネットに流していたミカに対してか、関係ない人をも巻き込んで復讐をする萌実のお姉さんに対してかはわからない。
もう、恐怖なんて感じ尽くしていて悲鳴なんて出なかったし、パニックになる元気もなかった。どうせ、私も死ぬか生きて出たとしても地獄が続くんだ。
萌実のお姉さんは萌実と違ってすごく賢い人みたいだ。そもそもこの環境を作っているってだけで桁違いのお金がかかっているはずだし、まるで彼女は私たちの弱みを全部知っているみたいだった。全部分かった上で、私たちが怖がったり痛がったり、仲間割れをしているのを見て楽しんでいるみたいだった。復讐を楽しんでいるみたいだった。
子供が虫を捕まえて虫かごの中にいれて、足をもいでいじめ殺すみたいに、簡単に彼女はミカを殺した。
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