第4話 最初の追放者


 息を切らし、それぞれが教室の隅に背中をつけるように距離をとっていた。誰もがスマホを取られまいと警戒している。ただでさえ、埃臭かった教室に粉埃が舞い、蛍光灯のまわりにチラチラと輝いている。

 寒かったはずの体は、緊張からか少し熱っている。私は何度か深呼吸をして体温を下げ冷静になろうとした。私以外も同じように肩で息をして互いを警戒するように見ていた。


 私は教卓を背にして座り、四隅に背を付けてている『元』友人たちを見回した。私だって最初は人狼を真剣に探そうとしていたが、結局疑われるのが怖くてただ死ぬのが怖くて自分だけが追放されなければいいと思うようになりはじめている。


 結局、みんな私と同じだったらしい。命の危機が迫っているのにどっちの陣営だからどうとか考えていられなかったのかもしれない。

 普段、人狼ゲームをするときに考えられるようなロジックとかセオリーなんてもう頭のどこにもない。そこにはただ、自分だけが死ななければ良いという醜い考えだけが残っていた。


「もうやだ……やだ。なんで家族まで巻き込まれなきゃいけないの! ミカなんも悪いことしてないじゃん!」


 泣き出したミカを慰める人はいない。多分、全員がこんなことになったのはミカのせいだと思っているからだ。もちろん、私もそう思っている。

 ミカが萌実をいじめなければ、こんなことにはならなかったのだから。


 しばらくそうしていると、私の頭の上らへんにあるスピーカーから嫌な音がなった。どうやら、時が来てしまったようだ。急に恐ろしくなって歯がガチガチなるほど震える。


『それでは、最初の投票タイムを始めます。全員スマホをみてね。今、みんなのスマホには投票できるアプリがインストールされています』


 私の予想通り、それは投票開始を告げる放送だった。

 この投票後、私たちのうちの誰かが死ぬ。私たちが自らの投票によって友人の命を奪う。もしくは、友人たちによって殺される。

 でも投票しなくてもきっとルール違反で恐ろしいことが起こるだろう。私の家族が殺されるとか……もう「事故」にあっているかもしれないけれど。


 私は、震える手でスマホのスリープを解除する。と同時に見知らぬアプリが勝手に立ち上がった。どうやら、私たちのスマホは彼女に遠隔操作でもされているらしい。

 アプリは妙に小気味良い海外の童謡がBGMに設定されていて、私たちのスマホが不気味に鳴り響く。

 急いで無音にして、アプリの「スタート」ボタンをタップした。ピンク色のドット柄、可愛らしいフォントの黄色い文字でこう書かれていた。


『誰を追放しますか? 一人だけ選んでね』


 その文字の下には私たちの似顔絵をデフォルメしたような画像が並んでいる。どうやらタップすると投票画面に進むことができるらしい。

 人を殺す選択なのに妙に可愛らしいイラストを使っているあたり、感情のない彼女を彷彿とさせた。まるで、誰かの命なんてゲームでもするみたいに簡単に奪う。とても怖かった。

 周りを見渡すと、みんなスマホ画面をじっと見つめている。ミカも死ぬのは嫌だからか泣きながらスマホを操作していた。


(ミカは人狼の可能性は低い。理子も動きがおかしいから違う。じゃあ、澄子か凛花になるけど……)


 ゲームマスターから告げられた「とある掲示板に書き込みをした」というヒントだが、そういう陰湿なことをしそうなのは凛花だろう。でも、ゲームマスターはミカに誘導した。

 それはなんで……?


 私は、凛花の画像をタップして「本当に投票しますか」にYESを押した。心の中で凛花に何度も謝りながらそっとスマホをしまう。


 投票は私が一番最後だったようで、みんなの視線が私に集まっていた。

 もしかして、みんな私に投票したのかな? 私、殺されるのかな。 ミカの妹さんみたいに事故を偽造されて臓器を全部取り出されて……いいや、それとも私たちは萌実をいじめたからもっと怖い目に遭うのかな。 麻酔なしで痛い目にあわされたり動物に食べられたり……嫌だ。怖い。


 ガクガクと足が震え、自分が死ぬかもしれない恐怖と自分が人を殺してしまうかもしれない恐怖に襲われた。どうかどうか、凛花が人狼でみんなが凛花に投票してくれていてこの投票が終わったら解放してほしい。

 ゆっくりお風呂に入って、お母さんと他愛もない会話をして大好きな愛犬の頭を撫でてベッドに入りたい。

 息が苦しい、誰か助けて。誰か助けて!!


 教室の窓の外は真っ暗闇になっていた。街灯もなくただ暗い。近くには街も道路もないのかもしれない。シンと静まっている教室でミカがか細い声をあげた。


「私たち……友達だよね……?」


 一瞬、全員がミカの方を見たが誰も答えなかった。もちろん、私も答えなかった。ただ俯いて、彼女の言葉を無視した。友達って……なんだろう。

ミカはまたシクシクと泣き出した。過呼吸になるようにヒクヒクと彼女が喉を鳴らす音が響いた。私は自分が投票した凛花の方を見ることすらできなかった。


 ここにくるまでどのくらい私たちが気を失っていたのかわからないが、私たちはついこの前まで仲の良い友達だった。一緒に弁当を食べ、放課後は寄り道をし、お揃いのものをたくさん持っていた。くだらない話とか、恋バナで盛り上がってSNSで写真を送ったり夜中まで通話をして翌日寝坊したり。

 ごくごく普通の女子高生だった。楽しく学生生活を送っていた。これからは、大学に行って、社会に出てバラバラになってもたまには集まって、誰かが結婚してすぐは少し疎遠になるけどママ友になったり、年一くらいでランチ会して。

 そうやって普通に生きていけると思っていた。


 でも、それはもう叶わない。


 自分の投票のせいで人が死ぬかもしれない。それがすごく恐ろしかった。でもどこか、ミカがみんなに疑われているおかげで自分はこの投票では死なないだろうという安心感がある。そんな自分の醜さに驚いた。

 多分、ミカは自分が投票されていると予感して「友達だよね?」と聞いたんだ。


——ごめん、ミカ


 ボボボ、とスピーカーが不気味な音を立てる。投票の集計か……処刑の準備が終わったのだろうか。私はぐっとスマホを抱きしめて体を縮こめる。


(私じゃありませんように。私じゃありませんように。私じゃありませんように。私じゃありませんように。私じゃありませんように。私じゃありませんように。私じゃありませんように。私じゃありませんように。私じゃありませんように。私じゃありませんように。私じゃありませんように。私じゃありませんように。私じゃありませんように。私じゃありませんように。)



『最初の会議の追放者は……ミカちゃん! 3票を集めたよ!』


「いや! 助けて!」


 窓に手をかけたミカは、すぐに教室のドア付近にいた男たちに取り押さえられた。彼女は泣き叫びながら教室を引き摺られるようにして退室する。一瞬のことで、驚いたり悲しんだりする暇もなかったが、私の中に安堵の気持ちがあったことだけは事実だ。

 自分は選ばれなかった。その事実が私を安堵させた。五年近くそばにいた友人が今死の宣告を告げられたというのに、私は最低だ。

 

 私はミカの声が廊下に響く中、体を震わせじっとスマホを抱きしめ誰とも目を合わせることができなかった。



***


 私は、小学生の頃からずっと充実した人生を送ってきた。可愛い服もコスメもおねだりすれば両親が買ってくれるし、友達だってたくさんいた。みんなが「ミカちゃん」と呼んでくれるのが、慕ってくれるのが嬉しくていつだって笑顔で過ごしてきた。私はいつだってクラスで一番可愛くて派手でモテてきたし、その上友達選びも間違えたことがないから勉強も内申だってちゃんと取れていた。

 両親ほど頭は良くなかったけれど、私は可愛かったから愛嬌と少しと学力があれば大丈夫だと言われていたのに。


——なんで、こうなったの?


 私の両親は弁護士。小さい頃から、お手伝いさんがお母さん代わりで本当のお母さんはどちらかというと先生に近いような感じだったと思う。


「ミカ、絶対に謝ったり、泣いたりしたらダメよ。それは罪を認めるって行為だから」


 お母さんの言う通りだった。どんなに疑われても「謝らない」ことを貫けば、学校の先生やお友達は他の人を疑い始める。悪いことをしていないのに相手の言葉一つで謝るなんでバカのすることだと私も思っている。


 だから、すぐに「ごめん」という子が嫌いだった。萌実もその一人だった。高校一年生の春、ダンス部の体験入部にきた萌実は地味で芋っぽくて「なんでダンス部?」という感じだった。先輩たちも結構びっくりしてて、私も絶対に仲良くしたくないって思った。


「ねぇ、唯。あの子なんなの?」


 唯は中学の時からの友達で、びっくりするくらいの優等生だけどノリが合う。正義感たっぷりなのは私のお母さんに少し似ているかもしれない。

 なんとなく一緒にいたら仲良くなって高校まで同じになって……私の次に序列が高い子だ。賢くて立ち回りも上手、その上唯は顔も可愛いから一緒に歩いていると私たちは注目の的になれる。

 最高のパートナーだった。親友ってやつ?


「うーん、中学別だからよくわからないけどちょっとダンス部っぽくないよね?」

「確かに、卓球部とか漫画研究会って感じ」

「あんなのと同じ学年って思われるの嫌なんですけど」


 ダンス部の休憩時間、私と唯は一緒にお弁当を食べていてその他にいくつかのグループがあった。でもどの子も結構派手な感じかダンスをガチでやっていた体育会系かのどっちか。

 明らかに、萌実って子だけ浮いていた。萌実って子をグループに入れたくなくてみんな避けているみたいで私たちも絶対に話しかけられないようにした。



 ダンス部に正式入部して半年、秋頃には体験入部に来ていたほとんどがやめてしまって、一年生は六人。唯と私、それから理子と澄子、凛花は同じ中学同士らしくお金持ちな二人とダンス経験者の凛花。特に澄子は理事長とも知り合いとかで、彼女のおかげでなぜか部費が倍になったり文化部の部室棟が建て替え新築になったりした。

 凛花はあんまりパッとしない地味な子だけど、親がダンスの振り付け師だからかダンスのセンスがあった。パッとしないけど、先輩に気に入られててすごいと思った。


「おはよ、澄子。凛花。今日って一年は自主練だよね?」

「あ〜、おはようミカ。うん、先輩たち修学旅行だし。そうだ、パパが新しいノートPC買ってくれたから次の発表の曲みんなで選ぼうよ。振り付けは凛花が考えてくれるって。あれ、唯は?」

「唯は学級委員の仕事のあと来るって。理子もでしょ?」

「そうそう、理子は真面目ちゃんだからね〜。うわ……なんか来たんですけど」


 澄子はピクっと片目をひくつかせ、ドアの方を睨んだ。私が目を向けるとそこには萌実の姿があった。彼女は美容院も行っていないような黒髪をポニーテールにして、スカートも膝丈だし靴下も一番ダサい白ソックス。

 どうして、こいつだけ部活をやめないんだろう? 身の丈にあってないとか、先輩たちからも嫌がられてるのわからないのかな?


「遅れちゃってごめん! もしかしてみんなまだ?」


 私と澄子は目を合わせる。そして、小さく「うん」と言った。それからもう一度澄子と目配せをする。


「ミカ、凛花、ジュース買いに行こ」

「あ〜うん。そうしよ」

「おっけい」


 一年生の時は、あまり仲良くなりたくない子って感じだった。けれど、二年生になって状況が変わった。萌実とクラスが一緒になったのだ。

 萌実はクラスが一緒になるとまるで私たちが友達みたいにグループ行動についてくるようになって私と澄子、それから唯はうんざりしていた。

 別のクラスだった理子と凛花は難を逃れていたけど、グループにダサい子が一人いるってだけで私の格が下がる。

 そういう時、方法は一つだけ。


——そうだ、不登校にしちゃえばいいんだ


 いじめ、なんていじめられる方が悪いと思う。

 だって、自分に見合わないグループに入ろうとしたり空気を読まないからクラス中に嫌われてるだけ。

 それを被害者ぶって家に引きこもって誰かを悪者にしようとする。卑怯なのはどっち? 例えば、社会出たあとだってルールを守らなかったり、周りとうまくやっていけない人は同僚や客とうまくやっていけなくて会社をクビになるでしょう? 

 それと一緒。


「あのさ! 私たちアンタと一緒にいたくないんですけど。ダサいし、モサいし。近づかないでくれる? いい加減弁えろよ。 ってか、あんたの制服臭いんですけど」


 私はお昼休憩でお弁当を持って私たちの席にきた萌実に向かって言った。教室中が私たちに注目していたけど、誰も何も言わない。

 萌実は驚いたような顔をしたあと、泣きそうになって自分の席に引っ込んだ。へぇ、まだ教室に居残るつもりなんだ。


「ねぇ、澄子。このへん臭くない?」

「ねーまじやばい。パパに空気清浄機置いてもらおっかな。うわ〜、女子のくせにやばすぎ」

「唯もそう思うよね?」

「う、うん……」


 最初は、私たちダンス部が萌実をはぶいていた。

 クラスの一軍に居られなくなった彼女は、2軍グループに加わろうとする。でも、そこでも爪弾きを食らっているみたいだった。そりゃそうだ、萌実はそもそもダンス部じゃなかったらカーストになんて入ることはできないような容姿、性格、センスなんだから。他のグループの女の子たちにも嫌な顔をされたり、ペアを組むのを断られたりして、泣きながら謝ってバカみたいだと思った。さっさと学校辞めちゃえばいいのにって。


 結局、ヲタクな女子グループにも拒否られたアイツは一人ぼっちになった。クラス中がくっつかれたくなくて、彼女をいないみたいに扱うようになってそれから先生も見向きもしなくなった。私はそれで満足だったはずなのに、どんなに一人になっても学校に来る萌実が気に食わなくて、学校に来られないようにしてやろうと思ったんだ。


 だから、夏休み明けに学校に来たくないと思えばもう学校を辞めてくれると思った。私たちは、休日にダンス部の自主練と称して彼女を呼び出した。もちろん、他の部活が大会やらなんやらでグラウンドを使っていない日を理子と唯に調べさせてから。凛花は教師たちの足止めのため職員室で見張りをさせている。


「ごめんなさい! ごめんなさい! もう許して!」


 グラウンドの体育倉庫、ライン引き用の石灰に頭を突っ込んで真っ白になった萌実が苦しそうに言った。


「あのさ、謝るってことはアンタ悪いことしたんだよねぇ? 罪償えよ!」


 私は石灰の袋に萌実の頭を掴んで突っ込んだ。ボフッと石灰が舞い散り、萌実が手足をばたつかせる。


「やめでっ……」

「うわ〜、みなさーん。今、クラスで一番ダサい子にメイクしてあげてまーす! 理子、こいつ臭いし水かけちゃおうよ」


 澄子がスマホで動画を撮り、理子が外からホースを持ってくる。咳き込んで苦しそうにしている彼女にすごい勢いの水がぶちまけられる。私も、澄子も理子も唯も楽しそうに笑っていた。まるでプールで水遊びでもするみたいに。


「きゃー!」

「はーい、洗顔洗顔。唯、そっちはできた?」

「うん……」

「ほら、制服も唯が可愛くしてくれたって。これで夏休み明けはもう学校来れないよね? 夏休みで就職先でも探しときな」


 私は唯からボロボロに切り刻まれた制服のスカートを萌実に投げつけた。制服を抱きしめて泣き出した彼女の髪を掴んで無理やり私の方を向かせる。


「あのさ、目障りだからもう学校来んなよ。別に、お前が親にちくっても誰もお前のことなんか信用しねぇよ? うちら生徒会長候補もいるし理事長の知り合いもいるしさ。わかる? お前は詰んでるの! 二度と顔見せんじゃねぇよ」

「ご、ごめんなさい……」

「謝ってんじゃねぇよブス!」


 乱暴に体育倉庫のドアを閉めた。バーン、と誰も居ない夏のグラウンドに音が響いた。それが、私が萌実を見た最後だったはず。


 あの時、萌実がまさか死ぬなんて思ってはいなかった。正直、夏休みが明ける前に死んだと聞いて驚いたけれど、警察やら先生やらは私たちに聞き取りすらしなかったし。「事故」って聞いたから本当に事故なんだろうって思っていた。


 私は「もう学校に来るな」と言った。死ねとは言ってない。

 あれがいじめだとして、萌実の自殺の原因がいじめだとして。だったら、私は確実に「主犯」だと思う。


——でも、私は人狼じゃなかった。



***



「やめて! 離して!」


 泣き叫ぶ私は両脇を男に掴まれてほとんど身動きができないまま廊下を進んでいく。埃まみれで錆びて朽ちてしまっている水道やギシギシと鳴る床、並んでいる教室は全て明かりが消されていてとても不気味だった。

 妹が殺され……多分私も死ぬんだ。なんで? あのダサい女がいけないんじゃない! ダサいくせに、芋っぽいくせに私たちに近づいてくるから悪いんじゃない! それなのに、なんて私たちがこんな目に遭わなきゃいけないのよ!


 抱えられるようにして階段を上がり、また廊下を歩く。一番奥の教室だけ煌々と明かりがついていた。あそこに、萌実の姉とかいうおかしな女がいる。 絶対に許さない。


 ガラガラとドアが開けられ、私は教室の中に入る。すると、そこには萌実にそっくりな女が座っていた。手にはピエロの仮面と木造バッド。


「ようこそ、ミカちゃん。貴女とは一度お話ししたかったんだ」


 やけに甲高い声は、なんの感情も孕んでいないようで不気味だった。彼女の表情も萌実にそっくりなのに張り付いたような笑顔でとても恐ろしかった。

 無理やり椅子に座らされて、縄で縛り付けられる。そして、萌実の姉を名乗る人物は笑顔で話し始めた。

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