救世の召喚術士

りょん

第1話 序章

「本部、本部、こちら……」


 わずかなノイズを最後に通信が途切れた。

 暗室の前面を埋め尽くす大型モニターの端で爆炎が上がり、青い空にたなびく黒煙がまた一つ増えた。が、数はあまりに多くて数えることもできないだろう。


「第八機動師団壊滅、同第十、十八師団とは連絡途絶」


「第三空挺師団とも連絡不能、同第四師団から支援要請、いえ、通信途絶しました」


 手元のディスプレイにあるウインドウは次々に赤文字を並べて同志たちの死を告げている。


「まさか、これほどとは……」


 都心の真ん中に黒い塊があって、鱗に覆われた背中を太陽光に鈍くきらめかせている。出張った目を上下左右に滑らせて、大きな襟巻をひくつかせ、悠然と持ち上げた黄色い前足は小さなビルを飛び越えて、高層ビルの腹を打った。崩れゆく鉄筋コンクリートの合間にガラスの雨がきらきらと降る。湧き上がるようにして、噴煙が昇ってきた。


 手元のディスプレイの名簿が白から赤へ、いくつか反転する。


 現実の戦いに違いない。


 曳光弾が弾道の軌跡を空に描き、それと交錯するようにして八連発のミサイルが噴煙に殺到してゆく。爆炎を上げたが、効果のほどが窺えない。反対に噴煙の向こうから飛来した黄色い光が地上を穿ち、また名簿の赤が増えてゆく。


「第四機甲部隊と第十三機動師団、連絡途絶。第九機甲部隊から後退要請」

「ダメだ。持ち堪えさせろ」

「しかし、司令」

「ダメだ」


 突如ドローンカメラの前を駆けていった鳥型の生き物の群れがある。全身を苔に覆われて目元もくちばしも定かならないが、鳥の形だけをしている何かの群れだ。それがV字編隊を組んだまま青空を旋回し、ドローンカメラのそばを再び掠め、交錯ざまになにかを落とした。


 人だ。角の生えた赤膚の人影だった。


 彼はドローンカメラをつかみ、大きな口から垂らした舌で舐め回す。レンズにヒビが入ったのを最後に画面が消えた。


 オートで別のドローンカメラに切り替わるが、戦場が好転している様子はなかった。中規模ビルと遜色のない大きさの人型がこん棒を振り挙げ、ビルの二棟をまとめて倒す。地上では煙が上がり……。


「司令」と補佐が耳打ちをして来、「ここを放棄しましょう。一度引き、また態勢を立て直して再起を図るべきです」


「ならん。我々に与えられた機会はこれ一度きりだ。どれほどの人が死のう構わん。わたしは彼らを信じ……」


 そのとき、戦場に一つ、黒い炎が立ち昇り、司令室の誰もが腰を浮かせた。


     〇


 ごうごうと湧き上がる漆黒の炎に手足を取られ、一歩を踏み出すこともままならない。


「くそ、こんなことが」


 呼吸も苦しい。全身が熱い。焼かれている。


「こんなバカなことが」


 黒炎に遮られた視界は霞んでも黒髪の男を捉えていた。


 背中に負った長剣を振るい、小鬼の頭を軽々裂いた。足もとに来るこん棒を跳ねてかわし、前宙するとともに地べたの小鬼も二つに捌いている。続けざまに飛来した骨鳥は真っ向から斬り払われて、すり潰すようにして粉になった。


 男が一歩踏み出す。そのたびに全身にのしかかる圧が増してゆく。


 こんなはずじゃなかった。


「なぜ、ぼくを捨てた」


 男は応えない。


 雄叫びが降ってきたのは大鬼だろう。巨大なこん棒を振り上げる音が高空で鳴る。

 男は大きな一歩を踏み出した。長剣の切っ先が路面を擦る。その刃の軌跡を辿って吐き出された黒炎が空に昇っていった。次いで落ちてきたのは棍棒を抱えた腕だった。


 血の雨が降る。その赤黒い液体が蒸気に変わり、あたりを深く煙らせた。


 驟雨の中、一歩、男が近づいてくる。


「シキ、貴様……」


 さらに一歩。


「許さん、許さんぞ、貴様」


 頭が重い。首が千切れる。頬を伝った滴がこぼれ、地に落ちる前に蒸気に変わった。


 なぜだ。なぜおまえは。


 俯いた視界に奴の爪先が映る。


 辛うじて上げた目が、あの男の紅蓮の瞳を捉えた。暗く、しかし、強く燃え滾っていた。ここを満たす炎よりも。


「シキ、ぼくは……!」


 ごうごうと黒い炎が立ち昇っている。

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