第2話 義妹に置き土産をプレゼントしてあげたわ

 義妹の声が聞こえた瞬間、思わず口元が歪んだ。

 あらあら、耳聡いこと。

 どうせ最後になるのだろうし、私からひとつだけ忠告だけして終わりにしようかしら?

 いいえ、ここは敢えて言わせるだけ言わせておきましょう。

 トドメは残しておかないと……ね?

 優しい私は、目を輝かせて嬉しげに私の追放を喜ぶ義妹を見つめ、飛び出してくる色々な言葉の羅列を聞き流していた。



「ちょっとお義姉様! 聞いてますの⁉」

「ええ、聞いているわ。実に滑稽で笑えてくるのを抑えるのが大変なくらいよ」

「またそうやって強がって! でも、セベクがわたくしを選ぶのは致し方ないことですわよね? だってお義姉様では気が強すぎて……男のほうが萎縮して駄目になってしまいますもの!」

「気弱な男はいらないわ。当てにならないもの」

「もう、強がりで寂しいお義姉様……! ふふふ!」

 


 強がってはいないのだし、事実しか言っていないのだけれど。

 頭がお花畑の義妹じゃ、何を言っても通じないし、頭の悪い人と会話するのって疲れるのよね……。



「それで、何時から追い出されますの? 今日? 明日?」

「用意ができ次第よ。サッサと出ていって欲しいなら、喋ってないで部屋から去っていってくれるとありがたいのだけれど?」

「まぁ! そんな言い方……。まるでわたくしが引き止めているかのようじゃない!」

「引き止めていないのなら、サッサと出ていってくれないかしら? 見ての通り忙しいのよ。あ、そうそう、マーヤ様の調香の依頼が来てるから、三日後に取りに来るそうよ。しっかり調香しておいてね」

「え……マーヤ様って凄く香りに厳しい公爵家の……」

「私は既に追放された身だもの。作るのは貴女とセベクよ。頑張って」

「嫌よ! 香りは濁るし、混ざるし……本当に厄介なんだから‼」

「それが家業よ。諦めなさい」



 それだけいうと、メイドに「お帰りだそうよ」と伝え、義妹を追い出して貰った。

 けれど最後の最後まで「貴女が作ってから出ていきなさいよ!」と喚いていたけれど、誰が作るものですか。

 酷評されるがいいわ。香りの婦人であるマーヤ様に嘘の香りは通じない。

 あの人は香りに誇り高いのよ。



「そう、香りだけは裏切らない……」



 マーヤ様も同じことを言っていたわ。

 【長い人生で、色々経験して、色々な出来事があって……その中でも香りだけは自分を裏切らない】と。教えてくれたのは、母とマーヤ様だった。

 でも、お父様もしらないでしょうね。

 公爵夫人であるマーヤ様が、私の調香しか受け付けないなんて知ったらどうなるか。

 また家に残される可能性も高い。

 サッサと家を出てしまおう。

 


「明日の早朝、この家を出るわ。お父様には伝えておいて」

「かしこまりました」

「後は、お父様が仕事先を斡旋してくれていたのには感謝ね。サッサとシャワーを浴びて寝ましょう」



 明日から暫くは馬車での移動だもの。

 湯を浴びるのもしばらくお預けだし、しっかり体を清めておかないとね。

 新しい職場……か。

 調香師の仕事は沢山種類があるけれど、もう一度書類に目を通すと、どうやら調香師の治療を目的とした家を借りれるらしい。

 一軒家に住んでもらい、そこで調香しながら空いてる部屋で治療をする。



「……客に合わせた調香で休んでもらって……治療をすると言うのもひとつの手ね」



 大きなお屋敷などでは、調香師は呼ばれては、そういう治療を行うのだと聞いたことがある。

 私もマーヤ様の治療で、何度かお屋敷に呼ばれてやったことのある治療法だ。

 その方法は、確実性があり、これ以上ない治療法でもあった。



「個別対応が出来るのはありがたいわ。個別に客に応じて調香して、部屋で休んでもらう……。この方法で仕事をすると言うのは調香師としての利点だわ」



 思わず次の人生の舞台となるであろうエルメンテス行きが楽しみになった。

 かの土地は、もう百年ほど【毒霧】と言う謎の毒に侵されているらしい。

 理由は定かにされていないけれど、発生源がどこなのかも分からないのだとか。

 そこに香りで挑む……というのは、些か無謀にも思えるけれど、どこまで自分の力と知識で対抗出来るかはやってみて損はない。


 

「まずは小さいところから潰していけばいいのよ」



 まずは小さな一歩から。

 そこから出来る手を伸ばしていけばいいわ。

 何時か、毒霧の街と言われるあの街から毒が消え去った時、私は自分にさらなる誇りを持てるだろうし、何より調香に対して、さらなる誇りを持てるでしょう。


 その為の一歩を、明日私は踏み出すのよ。

 追放だなんだと、そんなのは所詮、軽微な問題よ。

 気持ちもスッキリしたところで眠りにつき、私は翌朝、朝ご飯にパンを貰い、父の働きで家の古い馬車を一台用意してくれたようで、ボロボロの古い馬車に乗ってかの土地まで向かう。




「お嬢さんどちらまで?」

「エルメンテスまでお願いしますわ」



 事情を聞いていなかったのだろう。

 顔見知りの御者だったが、いつも怠け気味だった男は「そそそ、そんな遠くまで……」と言っていたけれど、私は笑顔で「今すぐよ」と伝えると、男は急いで屋敷に戻った。

 どうやら簡単にまとめている御者用の荷物を持ってきたようで、直ぐに馬車は動き出す。



 「マーヤ様になんて言われるか楽しみね……ふふふ」



 調香の腕が殆どない二人。

 二人がなんと言い訳しながら、マーヤ様に、こっぴどく言われるのか、想像しただけで笑いが出そうだけれど、マーヤ様には申し訳ない事をするわね。

 でも、これは私の所為ではなく、ダグリスト家の総意なのよ。

 無論、私も喜んで次のステージに進むわ。


 この場にいても、搾取されるだけなのも分かっているもの。



「さようなら、お母様。挨拶は出来なかったけれど……空が続いているのなら私の頑張りは見えているはずよね」



 空を見上げ、小さく呟くと両手を組んで、今は亡きお母様とお祖父様にお祈りを捧げる。

 エルメンテスまでの五日間、私に出来ることをしなくては。

 まずはお店の展望をもっと事細かに。

 後は雨香を焚いて、母と祖父の思いでに浸かるのもいいわ……。



「まだ時間はあるもの……。でも、本当に酷いボロ馬車ね。お父様らしいわ。あの人なりに気を遣って古い馬車を用意してくれたのね……」



 クスクスと笑いつつも、乗り合い馬車で行こうと思っていたのに、お父様のギリギリの父性を感じると共に、何とも情けなくてあの人らしいわね……。

 そんな不器用な優しさに、思わず目元をぬぐう。

 何の香りでも誤魔化せない、自分でも意外なほどの涙だった。

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