辺境の調香師アメリア ~追放された令嬢は“香りの儀式”で民を救う~

寿明結未(旧・うどん五段)

第一章 静かなる炎の調香師

第1話 日陰職で調香師の私、婚約破棄と追放のセットが待ってましたわ

 それは、前々から薄々気付いていたことだった。

 義妹と婚約者、セベクの浮気。

 めでたくも、本日セベクから婚約破棄された私、アメリア・ダグリストは、自分専用の調香室で、スキルを使い【調香ちょうこう】を進めていた。

 私の職業は、国ではあまり目立たない【調香師ちょうこうし】と言う香り専門職。

 前世の知識のおかげで、この世界でも私はスキル【調香】を扱える。

 おかげで日陰の職ながらもコツコツと仕事をこなしていた。

 


「やれやれね、本音を隠して愛されるくらいなら、嫌われた方がマシだわ」



 つい心の声が漏れる。

 浮気の事なんて、三年前からとっくに知っていた。

 義妹が現れてから、セベクは明らかにそっちばかり。

 今さら驚きもしないし、むしろ解放された気分よ。

 

 でも、頭に来なかった訳ではないわ。

 ただ、正直あの男が自分の将来の夫と言うのが、嫌だったのよ。

 気弱で場当たりな者が、将来の夫になるなんて考えたくもなかった。

 今さら気にも留めてないわ。好きにすればって感じね。

 

 それに、父の再婚は別に構わなかったけれど、何でもかんでも義母の言いなりで、頼りにならない父親で最悪だわ。

 我ながら「血が本当に繋がっているのかしら?」なんて思ってしまうくらい、父は気弱な人だもの。

 また、セベクは婿入りの予定だったけれど……義妹と結婚することで、私は居場所を失うと言う事は間違いない。

 前世でも、そんな筋書きの小説は嫌というほど読んできた。

 だから今こうして、薄暗く狭い調香室で、手持ちの材料を使い、せっせと香りを調合している。

 

 ――追い出されても香りだけは持って行く。

 ――人は裏切るけれど、香りは人を裏切らないもの。

 

 そんな事を思いつつ調香していると、部屋をノックする音が聞こえ、気弱な父が私を呼んでいるとのことだった。



「義母もいるのかしらね~?」

「お嬢様、義母なんて呼び方をしていたら、また叩かれますよ?」

「実際義母じゃない。お義母様なんて呼ばないわよ。だって他人だもの」



 あけすけなく告げると、メイドは呆れた様子であったけれど、付き添ってくれた。

 私の気の強い性格ゆえに、セベクが何時も萎縮していたのも知っているし、だからといって直す気も起きなかった。

 

 私は私。

 この身ひとつで、アメリア・ダグリストであり、調香師。

 

 唯一の味方であったお母様が亡くなってから、ずっと自分に言い続けてきたわ。

 程なくして父のいる書斎に到着し、部屋をノックすると返事も聞かず中に入った。



「お呼びだそうですわね」

「アメリア、返事をしてから入りなさい」

「これからがあれば、気をつけますわ」



 これは先制。

 どうせ〝これから〟が無いのだろうから、敢えて先制して微笑むと、父は眉を下げて目を反らし、小さく溜め息を吐いてから言葉を口にした。

 そもそも、【家族ごっこ】に今まで付き合ってきたんだから、いい加減私は家を出たいと考えていた。

 この身ひとつで、やっていけるわ。



「……アメリア、セベクと婚約破棄することになるのだが」

「ええ、義妹と浮気を始めて三年。よくぞ今まで耐えたと自分を褒めてますわ」

「それは、お前がセベクの心を捉えられなかったからで……」

「気弱な男性には興味がございませんの。そもそも、あの程度の男では家に婿で貰っても、傾くのが見えてますものね。泥舟に乗るつもりはなくってよ」

「アメリア……」

「それで? この家から出て行けと仰るのでしょうか? 喜んで受け入れますわ」



 にこやかに告げると、父は更にため息を吐き、一枚の紙を手渡して来た。

 その紙には、ここから馬車で五日ほど先にある辺境の領地の求人が載っていて、そこには【調香師募集中】と書かれていた。



「ここより南にある辺境の地、エルメンテスへと向かいなさい。その調香師募集に応募して受かったそうだ。お前はアチラでこれから生活することになる」

「まぁ、随分と手際の良いこと。前もって追い出す事は決定事項でしたのね」

「追い出すなんて」

「義母の考えかしら? それとも義妹の考えかしら? どちらにせよ、次の新しい職場があるなら問題ありませんわ。しかもエルメンテスって毒霧が発生している今は危険かも知れないけれど、調香師の憧れる場所じゃありませんの。嫌がらせを得意とする義母や義妹は憧れの場所って知らなかったのかしら?」

「そんな言い方は……」

「まぁ、香水と毒霧の区別もつかない人たちに、私の調香を理解しろというのが無理な話なのよね」


 ――かの土地は調香師にとっては理想郷と言われるほど、香りの材料となる香木や植物の産地として知られている。

 でも、香りに興味がない人にとっては、ただの辺境の土地。

 これは無知な義母と義妹に感謝ね。



「お前はそうやって……まぁいい。この辺境の地でお前は役立ちなさい」

「そうさせて貰いますけど、家の細々とした家業である【調香】は、義妹とセベクにさせますの?」

「そのつもりだが?」

「出来るのかしら? ……まぁ、いずれ沈む舟よね。気にするだけ損だわ」

「アメリア……」

「追放……と言う形で宜しいのですわよね?」

「……追放なんて思っていない。ただ……」

「義母と義妹が煩いのでしょう?」



 父に告げると、申し訳無さげに頷き、大きな溜め息をはいて「本当は追放したくなかった」と小さく呟いた。


 

「――ねぇ、父様。本当は、私のこと……少しは心配してくれているのかしら?」

「それは……何故、お前は何時もそうなのだろうな」

「何がかしら?」

「もう少し可愛げがあれば……違っただろうに」

「あら? 十分お母様に似て、可愛いと思いますけど?」

「……」

「それに、今まで家の調香は私一人でしてましたの。義妹とセベクがその分仕事が出来ると言いですわね?」

「なに?」

「では、御機嫌よう? 精々頑張ってくださいませとお伝えください。私、出発の準備がありますから今から忙しいの。調香のご依頼、義妹とセベクにお任せくださいな。私、出ていく準備で手一杯ですので」

 


 そこまで言えば、私は父の部屋を後にした。

 実の娘なのに、可愛げがなくて悪かったわね。

 父に認めて欲しかった気持ちは昔からあったけれど、所詮はこの程度。

 それよりは、お母様に内緒で作った他所の子供の方が可愛いんでしょうけど。

 婿入りの父親の癖に、よくもまぁ、他所で女なんて作ったわね。気持ちの悪い。

 

 そんな事を考えつつも、私は自室に戻り旅行用鞄を数個持ち出すと、中に旅で必要な必要最低限のものと、アチラに着いた時用の普段着を数枚入れていく。

 自分のお金は、お祖父様の計らいで給料として家から払われていた物を使えばいいわ。

 全く、お祖父様が間に入らなかったら、無給で調香をする羽目になっていたわ。


 そのお祖父様も亡くなったのは去年のこと。

 だからこそ、義母と義妹は好き勝手しているのよね。



「全く持って、面倒くさい事この上ないわね。でも新しい職場は興味があるわ。ま、どうせなら辺境で、香りの力がどこまで通用するか試してみようじゃない」



 例え追放という形であろうとなかろうと、次の職場があると言うのは大きい。

 そこで新たに、義妹やあの男の嫌がらせを受けず、義母の煩い金切り声を聞かず済むのなら天国だわ!


 思い出ていく準備を鼻歌交じりに進めていると、バタバタと走ってくる音が聞こえ、部屋をノックする事もなく義妹が入ってきた。



「お義姉様ついに追放ですって? 私が貰ってあげたセベク様と幸せになりますわ!」

「あら、泥舟に乗る覚悟があるなんて、あなたも案外チャレンジャーね」

 


 義妹の声が聞こえた瞬間、思わず口元が歪んだ。

 あらあら、耳聡いこと。

 どうせ最後になるのだろうし、私からひとつだけ忠告だけして終わりにしようかしら?

 いいえ、ここは敢えて言わせるだけ言わせておきましょう。

 トドメは残しておかないと……ね?

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