悪態刑事 10万字以上15万字以内で完結していること。

鷹山トシキ

第1話 鬼

「おい、てめぇら!いつまで突っ立ってんだ、この役立たずども!」

 東武宇都宮署の生活安全課に、今日も轟く怒声があった。声の主は、係長である鬼塚剛、52歳。その風貌は、くたびれたスーツに脂ぎった髪、そして何よりもその口から吐き出される悪辣な言葉の数々で署内では有名だった。

 鬼塚はもともと、捜査一課のエースとして鳴らした男だった。その鋭い洞察力と行動力で数々の難事件を解決に導いてきた。しかし、そのあまりに粗暴な物言いが問題視され、数年前に生活安全課へと左遷されてきたのだ。それでも彼の捜査能力は衰えることなく、地味なストーカー案件や詐欺事件でも、彼の「悪態」と「直感」は時に恐ろしいほどの効果を発揮した。

 ある日の午後、鬼塚の元に一本の電話が入った。

「もしもし、宇都宮市在住の山田と申します。娘が、最近変なメールを受け取るようになって…」

 電話口の女性は、明らかに動揺していた。話を聞くと、女子高生の娘が差出人不明の不気味なメールを頻繁に受け取っており、ストーカーではないかと怯えているという。

「チッ、またかよ。ったく、最近のガキはメール一つでビビりやがって」

 鬼塚は舌打ちしながらも、すぐに詳細を尋ね始めた。娘のメールアドレス、受信日時、そしてメールの内容。一見すると他愛もないメッセージのようにも思えるが、鬼塚の眉間に深い皺が刻まれていく。

「…おい、このメール、ただの悪戯じゃねぇぞ。文章の端々に、妙な共通点がある」

 鬼塚は、若い部下である新米刑事の佐藤を伴い、山田家へと向かった。佐藤は、鬼塚の悪態に辟易しながらも、彼の刑事としての能力を密かに尊敬していた。

「鬼塚さん、何か分かりましたか?」

「ああ。このストーカー野郎、妙に回りくどい言い方をする癖がある。それに、やたらと古風な言葉遣いをしたがる」

 鬼塚は、メールの文面を凝視しながら、ブツブツと呟く。そして突然、鬼塚は顔を上げた。

「佐藤!宇都宮市内で、最近新しくできた古本屋か骨董品屋を探せ!それも、妙に凝った看板でも掲げてるような店をな!」

「え…古本屋ですか?」

 佐藤は戸惑ったが、鬼塚のただならぬ雰囲気に気圧され、すぐに署に戻って検索を始めた。

 数時間後、佐藤は息を切らしながら鬼塚の元へ戻ってきた。

「鬼塚さん!見つけました!市の郊外に、最近オープンした『古書処 文人堂』という古本屋です!看板も、筆文字でかなり凝った作りになってます!」

「よし!行くぞ!」

 鬼塚は、佐藤を急かすように車に乗り込んだ。車中、鬼塚は山田さんから聞いた娘の行動範囲や、メールの内容を何度も反芻していた。

「あいつだ…間違いない…!」

 古本屋に着くと、鬼塚は迷うことなく店の中へ入っていった。店内は薄暗く、埃っぽい匂いがした。棚には古びた本が所狭しと並べられている。店の奥から、人の良さそうな中年の男が出てきた。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

 男の顔を見た瞬間、鬼塚はニヤリと笑った。

「てめぇか、山田さんの娘にちょっかい出してんのは」

 男は一瞬、顔色を変えたが、すぐに平静を装った。

「…何を言っているのか、さっぱり」

 鬼塚は、懐から取り出したメールのコピーを男の目の前に突きつけた。

「この回りくどい物言い、この古めかしい言葉遣い。てめぇの好きな文豪の作品からパクってるんだろうが、バレバレなんだよ、このクソ野郎が!」

 鬼塚の容赦ない罵倒に、男の顔はみるみる青ざめていった。彼のストーカー行為は、過去の恋愛小説を模倣したものであり、その文体や言葉遣いが決定的な証拠となったのだ。

 事件解決後、署に戻った鬼塚は、いつものようにデスクでふんぞり返っていた。

「ったく、最近の犯罪者は回りくどくて敵わねぇな。もっとストレートに来やがれってんだ、このヘタレどもが」

 佐藤は、鬼塚の悪態を聞きながらも、その背中がいつもよりも少し大きく見えた。彼は知っている。この口の悪い刑事が、誰よりも市民の安全を願っていることを。

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