第2話 恋愛相談(モカの場合)
昼過ぎ、洗濯物を干し終えた野乃花は、ぽつんとため息をついた。
風は気持ちいい。空気は澄んでる。けど——。
「……そろそろ、お金の心配しないとダメかも」
田舎暮らしに夢を抱いて飛び込んだものの、貯金には限りがある。想像以上に手間と時間がかかる古民家暮らしに加え、村の中では現金を使う機会は少ないが、灯油、工具、消耗品の類は通販での出費が続く。
「今日の夕飯、また雑炊……?いや、節約大事だけど、気分転換に何か……野菜だけでも……」
そんなことを考えながら、野乃花は村の共同商店へと足を運んだ。
リュシアンがいつも通り笑顔でレジに立っていたが、今日はその横に見慣れぬ影がひとつ。
「いらっしゃい、野乃花さん。今日はどうしたの?」
「野菜と……お米の在庫、もう少し欲しくて……って、あの……」
隣にいたのは、小柄でがっしりした体格の女性だった。灰緑色の肌に少し突き出た犬歯、尖った耳、黄色い瞳。
どう見ても、ゴブリン。
「はじめまして!あたし、モカっていうの。あなたが新しく来た人でしょ?ちょっと、お願いがあるの!」
すごい勢いで迫られ、野乃花は思わずたじろいだ。
「お、お願い?」
「うん、あのね、恋愛相談、乗ってほしいの!」
「……恋愛……えっ?」
「いや、あの、私そういうの全然プロとかじゃないし……」
リュシアンが隣でくすくすと笑っている。
「いいのいいの、村の人ってね、恋の相談するとだいたい“お見合いしろ”か“気合で押せ”の二択なのよ……でも、あなたなら、こう……“人間的な”意見くれそうで」
人間的な意見、とは。
断ろうとしたその瞬間、モカが耳打ちする。
「……お礼に、村の裏山の湧き水で育てた、“幻米”って呼ばれてるお米、一袋あげる」
「……話、聞こうか」
野乃花は背筋を正した。
村の商店の奥には、小さな談話スペースがある。そこで、モカと向かい合いながら、温かいハーブティーを飲みつつ本題に入った。
「……で、その恋の相談っていうのは?」
「うん……あのね、先週、友だちに紹介されて、男の人と食事に行ったの」
「合コン的な?」
「合コン……?いや、たぶん違う。うちの種族では“お膳合わせ”って言って、お互いの得意料理を出し合って食べるの」
「文化の違い……!」
「でね、その人、すごく無口で……最初から『あまり喋らないけど、いい人だよ』って聞いてたの。でも、ほんとに全然話さなくて」
「気まずかった……とか?」
「うん、私がずっと喋ってたの。間を埋めるために。でも終わった後、なんか……疲れちゃって。話しすぎて自分でも何言ったか覚えてないの」
「……なるほど、それで?」
「次の食事の約束もしたんだけど、また私だけが喋るのかなって思うと、ちょっと怖くなってきて……。これって、付き合いを続けてれば、いつか打ち解けられるのかな?」
モカの目は真剣だった。彼女の黄色い瞳が、ほんの少し揺れていた。
野乃花は、静かに言葉を選んだ。
「……うーん、私の意見だけどね、無理して話さないといけない関係って、長く続けるのって大変だと思う」
「……!」
「もちろん、相手が緊張してただけとか、回を重ねれば変わる人もいる。でも、“今”すでに無理してるなら、たぶん、それがあなたにとって大事なサインだと思う」
「……そっか……」
「でも、次に会うときに試してみてほしいことがあるの」
モカが小さく首をかしげた。
「今度は、あなたが一方的に話すんじゃなくて、相手に“質問”してみて。話題を相手から引き出すようにしてみるの」
「質問?」
「うん、例えば……“なんの食べ物が好き?”とか、“なんでそれが好き?”とか。“家でどんなふうに過ごしてる?”とか、“一番最近、笑ったことって何?”とか」
「なるほど……それなら、相手が話してくれそう!」
「そう。“質問”には、“自分を開示するきっかけ”が詰まってるの。相手の話を聞くことで、お互いの距離がぐっと近くなると思うよ」
モカは目をぱちぱちと瞬かせてから、急に立ち上がった。
「やってみる!うん、次の“お膳合わせ”で、質問してみる!」
その目は、まるで戦場へ向かう勇者のように輝いていた。
そして、別れ際。モカはずしりと重たい布袋を差し出してきた。
「これ、約束のお米。“月見のしずく”っていう品種でね、人間界には出回ってないよ。大事にしてね」
「ありがとう……!っていうか、これ、本当に幻のお米なんじゃ……」
受け取った袋は、ほんのりと夜気のような香りがした。
こうして、野乃花は「恋愛相談屋」という、思いがけない新しい収入源を手に入れた。
無職生活、第2章が、今、始まった。
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