第3話 デート。初めての
翌日、土曜日。
僕は今、公園のベンチに座っていた。
『明日あいてる?暇なら、早速探しに行きたいな』
昨日、あの後そんな約束を取り付けられ、僕らは休日に会うことになった。
その待ち合わせ場所として指定されたのが、この公園というわけだ。
この後鈴夏と合流して、心当たりのある場所を探すことになっている。
休日に女の子と会う、しかも相手はかわいい女の子。言ってしまえばデートみたいなこの状況に、僕は分不相応にワクワクしていた。
そのせいか、約束した時間より十分も早く来てしまっていた。
「あっついな……」
まだ午前中だからか、最近の暑さにしては比較的涼しく感じられるが、それでも暑いものは暑い。汗がじんわりと滲んできているのがわかる。彼女に汗臭く思われないか少し心配だ。こんなことなら、時間ぴったりに来ればよかった。
今のうちに汗拭きシートを買って来るべきか。そんなことを悩んでいたら、遠目に美しい人影を見た。すぐに誰かわかった。
鈴夏だ。
今日の彼女は、夏らしい白いワンピースに葉っぱ模様のトートバッグを肩にかけ、大きな黒いリボンの付いた麦わら帽子をかぶっている。
その姿は、絵の題材として扱われていてもおかしくないように思えるほどに魅力的だった。
そんな彼女は僕を見つけると、少し早歩きで近づいてきた。
「ごめん、待たせちゃった?」
ふと時計を見ると、約束の時間の五分前を指していた。やっぱり早く来たのは正解だったみたいだ。
「いや全然。僕も今来たとこだったから」
「そう? ならよかった」
鈴夏はそのまま僕の隣に座ると、パタパタと手で顔に風を扇っていた。
「今日も暑いねー……こうも暑いと歩くのも嫌になっちゃう」
「あぁ。ならちょうどよかったかも」
「ちょうどよかったって、何が?」
「電車で移動しようと思って。昨日のうちに目星をつけてきたんだ」
目星をつけるにあたり、昨日帰る前に鈴夏に絵の場所について覚えてることを聞いておいた。
『―――えっと。電車に乗ったのは覚えてる。田園風景を見てワクワクしてたから。でもそんなに遠くないはずだよ。行きと帰りで五駅くらいだったはず』
『他には? もうちょいなんかほしいな』
『あとは……お父さんに連れてってもらって行ったことくらいかな。それくらいしかわかんないや。ごめんね』
家に帰った後、その会話をもとにインターネットで場所を探してみた。
親子で行ったということは、本格的な山の中というわけでもなさそうだし、子供の足でも行けるところというわけだ。
電車で行ける範囲をざっと調べてやれば、案外すぐにそれっぽいところを見つけることができた。それもあって昨夜はよく眠れた。
「……ふーん。そうなんだ。ありがとうね。元々闇雲に探す予定だったから助かっちゃった」
鈴夏は少し驚いていた。僕が協力的なのが意外だったのだろうか。というか僕は、あてもなく探すつもりだったことの方に驚いた。
「それで、どこに行くつもりなの?」
「うん。隣町の植物園に行こうと思って。そこの熱帯ドームに、滝とか川もあるらしいから、景色もあるかもしれないでしょ。まぁ、間違ってるかもだけど」
あんまり期待しないでほしいが、それでも協力すると言ったのだからやれることはやっておくべきだと思った。任せっきりは協力してるとは言わないだろう。
「あー……植物園、ね。わかった。楽しみだなぁ。じゃあ早速行こっか」
そうは言うものの、なんだか彼女は言い淀んでいたようにも見えた。もしかして、植物園はあんまり行きたくないのかもしれない。虫が嫌いとかそういう理由で。
「あの、もしかしてなにか問題ありそう?」
「ううん?そんなことないよ? 早く行こ?」
そう言って先に駅に向かって歩き始める鈴夏に続いて、僕も立ち上がった。まぁ、問題ないなら別にいいか。
ここから駅までは徒歩十分くらい。次の電車は十五分後なので、余裕をもって電車に乗ることができる。
そのはずだった。
「あづーい……これあと何分待てばいいの……?」
今、僕たちは駅の待合室で電車を待っていた。
まさか、電車の方が遅延するなんて。僕たちが駅に着いてから既に十五分は経過しているが、五分前に来るはずの電車は未だずいぶん後ろの駅にいるらしい。
しかも、待合室の冷房設定は弱冷房になっているらしくちっとも涼しくない。せめてもと、パタパタ手で扇いでいるが、涼しくなるわけがない。ここにいるのもそろそろキツくなってきた。
早く解放されたい一心から、運行状況を知らせる電光掲示板を一分毎に確認しているが、赤文字で運行再開未定であることを知らせる旨が表示されているばかりで、一向に再開する気配はない。
鈴夏も手で扇ぐのには限界を感じたのか、近くにあったパンフレットをうちわ替わりにしている。
「ちょっと、そこのお嬢ちゃんたちや。もう一時間は電車動かないから、こんな暑いところで待つのはやめておきなさいな。熱中症になってまうよ」
親切心からか、突然声をかけてきてくれた駅員がそんなことを教えてくれた。
「一時間……」
「諦めよっか……」
僕たちはさすがに駅を出ることにした。あの暑さの中で二時間待つのは、もはや死にに行ってるようなものだった。やってられない。
「あっ……こっちの方が涼しいかも……」
「はは……確かにね」
外に出ると、ほんの僅かばかりの風が少し涼しく感じれた。こうなってくると、より涼しさを感じたくなる。アイスとかで体の芯から冷やしたい。
「あーもう! アイス! アイス食べたい!」
それは鈴夏も同じだったようで、彼女は唐突にそう叫ぶようにして言うと、「バニラ…チョコ…ヨーグルト…バニラ…チョコ…ヨーグルト…」と無限にセリフを繰り返す壊れた人形みたいになってしまった。ちょっとおもしろい。
「僕はフルーツ系がいいな」
「じゃあ『あそこ』行こ。わたし、『あそこ』のアイスが食べたい」
そう言うと鈴夏は『あそこ』に向かってふらふらと歩き出していってしまった。まるで『あそこ』がどこか知っていて当然と言うかのような態度だ。
だから、僕が「『あそこ』ってどこ?」と聞くと物凄く驚かれた。
「『あそこ』は『あそこ』だよ。この辺でアイスクリーム屋さんといったら『あそこ』しかないでしょ? まさか、行ったことないの?」
「僕、こっちの方あんまり来ないからなぁ」
僕が住んでるのはこの町でも北の方だ。そして今いるのは町の南側にあたる。どうやら、その店を知っているのはこの辺じゃ常識らしい。
「じゃあ、きっとおいしくてびっくりするよ」
それほどの店のアイスが果たしてどれほどのものか、僕は値踏みするような心持ちで彼女について行った。
***
それから五分くらい歩くと、こぢんまりとしたアイスクリーム屋があった。
店内に入ると冷房が効いていて、それだけで来た甲斐があったと思える。
店員がどのアイスにするか聞いてきてくれたので、限定と銘打ってあったスイカアイスを頼むことにした。鈴夏はバニラとチョコの二色アイスを迷わず頼んでいた。
「はい。お待ちどう」
すぐにアイスは提供された。鈴夏は「待ってました!」と言わんばかりに目を輝かせて、バニラの方からかぶりついていた。
「んぅ~! おいしぃ……!」
アイスをとろけるような表情で味わっている彼女を見ていると、僕も早く食べたくなって、まずは一口アイスを口に入れた。
「……っ! おいしい」
そのアイスは高くなったハードルを軽々と飛び越えてくる味だった。清涼感と果汁の甘味を僕にダイレクトアタックしてくる。
アイスクリームというよりかは、シャーベットというべきか。口に入れると氷のような冷たさを感じる。
なのに、食べた後に感じるのは濃厚な後味。まるで果肉が入ってるのかと錯覚するほどだ。
コンビニの大量生産アイスとはまた違う、素朴で庶民らしいのにどこか上品な味の深さがあるように思えた。
「ここのアイスはね。全部手作りなんだよ」
鈴夏が解説を入れてくれた。なるほど。この味は手作りゆえの味なのか。これは有名なのも頷ける味だった。
「ここ、鈴夏はよく来てるの?」
「うん。たまに来てるよ。お父さんが教えてくれたんだ」
「あー……たしか、あの絵の景色に連れてってくれたのもお父さんだっけ」
「そうそう。お父さんはね、この町の観光課で働いてるから、この辺のことに詳しいんだよ」
「ふーん。なら、お父さんに聞けばあの景色も見つかるんじゃないの? この町のことじゃないけど」
観光課で働いてるなら、あれほどきれいな景色、観光名所として知っていてもおかしくないんじゃないだろうか。それに、連れて行ってくれたということは、その場所のことを知っているはずだろう。
「ね。わたしもそう思って聞いてみたんだけどさ。知らないんだって。そんなところ連れて行ったことなんてないって言われた」
「なんだ、残念。でもまぁ試してないわけないか」
流石にそう簡単にはいかないか。
「ちょっとほんとかどうか怪しいけどね。なんでかはわからないけど、お父さんって昔のことあんまり話したがらないみたいだから。お母さんとの馴れ初めも教えてくれなかったし」
「それはどこの親も教えたがらないと思うけどね」
「そうかな?」
「そうだよ」
会話のキリが良くなったところで、また一口アイスを食べた。今度は大口で。
「―――うぐっ!」
アイスを飲み込んだ直後、キーンと頭痛がした。冷たいものを食べたときに来るあの痛みだ。
「どうしたの?」
「いや、頭がキーンとして……」
「あぁ。アイスクリーム頭痛だね。もー、一気に食べるから」
頭を抱える僕を見て、鈴夏は楽しそうに笑いながらアイスを食べていた。だいぶペースが速い。口に入れて味わって、一息つく間もなくまた一口。そんなペースで食べているのにもかかわらず、彼女が僕のように頭痛を訴えることはない。
「こんなところでも鈴夏は特別なのか……」
「んー? とくべつー?わたしが?」
「だってほら。絵も特別、見てる世界も特別、アイスを食べても頭が痛くならないのも特別じゃん」
あと外見も特別と思ったが、これはさすがに恥ずかしくて言えなかった。
「いいなぁ鈴夏は。きっとそれだけ特別なら、多くの人から期待されてるんだろうね」
なんとなくそう思った。そして、そんな彼女に少し憧れた。
ちらりと鈴夏を見ると、彼女はアイスを食べる手を止めて、もの思いに耽るようにそれを見ていた。
「――……そうだねー……たしかに、わたしは特別なんだと思う。きっと、ほかの人とは違う。……でもわたしからしたら、君も特別なんだよ?」
「え? どこが?」
意外なことを言われた。そんなことを言われたのは、ずいぶん久しぶりだ。
「だって、君はいい匂いがする。ほかの人からはしないんだよ。だから君は特別でしょ」
「うーん……それは、そうなのかな……?」
それは僕の求めていた特別とは少し違う気がするけれど、それでも自分が必要とされているみたいで悪い気分はしなかった。
「あ、あと。アイスクリーム頭痛になったときは、舌を口の上に当てるといいらしいよ」
「え、あ、そうなの? ていうか、もう痛くないや」
「そっか。なら次痛くなったらやってみてね」
と、話し終わったところで、もうアイスを食べ終わった鈴夏は、「すみませーん。もう一個くださーい!」と店員に注文しに行った。僕のアイスはまだ半分ほど残っている。食べるのが早いんだなぁ、と思いながら僕もアイスを食べ切った。
「……あー……まただ……」
また、頭がキーンとした。言われた通り、舌を口の上に当ててみる。全然治らなかった。
それから五十分ほどアイスを食べながら、学校にいる面倒な先生のことや好きな絵についてなんかを話題に雑談して時間を潰し、電車が復旧する時間を見計らってまた駅に戻った。
ちなみに、鈴夏は合計四個もアイスを食べた。僕は二個だ。
「また来ようね」
店を出るときになんだか名残惜しさを感じていると、鈴夏がそんなことを言ってくれた。鈴夏も同じ気持ちなんだとわかって少し安心した気持ちになったのには、自分でも気が付かないふりをした。
***
駅で待っていると、運がいいことに電車はすぐにやって来た。
「わぉラッキー! すぐ来たね!」
直前まで暑さに苦しんで「やっぱりもう一個アイス食べてくればよかったかな……」なんて言っていた鈴夏は、はしゃぐようにして電車に乗り込んでいた。
僕的にはもう少し遅く来てくれてもよかったんだけど、なんてちょっとだけ残念に思いながら、僕は鈴夏の目の前の座席に座った。座席はボックス席だったので、自然に彼女の隣に座れないのが残念だ。
電車はしばらくすると発車した。鈴夏は窓から景色を見ている。なんだか車の窓から顔を出す犬みたいだ。
しかし、窓から見えるのは青々とした田園風景と民家ばかりでなんの面白みもないはず。
だから、何を見ているのか気になったので聞いてみると、鈴夏は景色を見ながら答えてくれた。
「電車の窓から次々横に流れる田んぼって綺麗だし、なんだかワクワクしてこない? おなかがすいてるときに嗅ぐお米が炊けたときみたいな匂いがするの」
言われて、僕も見てみる。が、別になんとも思わなかった。何も思わな過ぎて、そういう匂いがするのは、やっぱり田んぼだからなんだろうかと思っていたくらいだ。
「んーやっぱりそこまではわかんないか」
鈴夏は残念そうに言った。彼女にそう思わせてしまったことが、なぜかとても悲しくて、胸がズキンと痛んだ気がした。
やがて窓から見える風景もグラデーションのように変わっていった。延々と続いていた田んぼは消え入るように少なくなり、代わりに建造物が増えていった。
完全に田んぼが消えると、鈴夏は窓を眺めるのを止めた。どうしたのか聞いてみると、彼女は退屈そうに眼をこすりながら答えた。
「ここら辺は見ててもワクワクしないんだよね。匂いも土みたいだし。だからちょっと暇」
僕には今の風景の方が田園風景なんかより多少は面白いように思えたが、鈴夏のワクワクはそういったものじゃないみたいだ。
「じゃあ、暇つぶしにマッチ棒でもやる?」
「やるやる! よーし。負けないよー?」
意気込む鈴夏に僕はもちろん先行を譲った。この時の彼女は勝つ気満々で、自分のターンが回ってくる度に僕の二倍ほどの時間を使って考えながら手を打っていた。
けれど、僕が負けることはない。なぜならこのゲームには必勝法があるから。
「はい。これで三試合目も僕の勝ちだね」
「また負けたぁ! なんでぇ⁉」
追い詰められていく鈴夏の焦った顔はとても愉悦を感じられた。この試合の後ネタ晴らしをすると、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっていた。
「ず…ずるい! 卑怯だ!」
そう怒った後、彼女はしばらくむすっとした態度を見せつけて抗議をしてきた。僕はそんな彼女を見て少し罪悪感を抱きながらも、どこか面白さを感じていた。
とりあえず謝り続けてみようと、様々な言い方で「ごめん」を言ってみた。そして十五回目にしおらしく「ごめん」と言ったところで「……別に。怒ってないもん。でも許したげる」と一応お許しをいただけたみたいだ。
そのあとは、公平な勝負ができる遊びとして指スマをした。四回やって三回負けた。
電車を降り、バスに乗り換えた。
今度は自然に鈴夏の隣に座ることができる二人掛けの席で、僕は彼女に窓側を譲った。僕たちはこれから、肩が触れ合いそうな距離感で二十分過ごすことになるわけだ。二十分後には目的地の目の前にたどり着く。
「次は、本町二丁目~降りる方は―――」
このバスは区営の小さなバスで、僕たちが乗った車両には他の利用者はいなかった。
だから、バス停で新しく乗ってくる人がいなければ、バスは止まることなく進んでいく。
小さなはずのバス車内は二人だと意外に広く感じられた。正確には運転手も含めるのだけれど、まぁそれはノーカンでいいだろう。
二人っきりだと言えば聞こえはいいが、誰も乗ってこないというのもなかなか怖い。本当にこのバスであってるのか、だんだんと不安になってきた。
ポケットからスマホを取り出して地図アプリを起動し、調べた道を再確認する。
いつもは昼時になると充電が七十五パーセントくらいになっているものだが、今日は鈴夏と会ってから一度も使っていないので、充電はまだまだ九十パーセント以上残っていて、それが少しだけ頼もしく感じられた。
「あれ、スマホ持ってたんだ。使ったとこ見たことなかったから、てっきり持ってないのかと思ってた」
「全然使ってるよ。テレビよりこっちで映画とか動画とか見たりするし、友達とラインするのにも使うし」
「あれ? ラインって、たしかチャットアプリだったっけ?」
「そうだけど……まさか使ってないの?」
「うん。ユーチューブも入れてもないよ」
僕は耳を疑った。今の彼女の話を聞いて、そんな高校生が今の日本に存在するわけがないと思うのは、なにも僕だけじゃないだろう。
鈴夏はスマホを取りだして、自分のホーム画面を見せてくれる。そこには、ユーチューブやラインどころか、普通は入れてるようなアプリがほとんど入っていない、ほぼ初期状態と同じ画面があった。
「使ってるのは、調べものするときとか目覚ましかけるときくらいかな」
「うっそぉ……マジで?」
「うん。まじまじ」
鈴夏は、僕が若干引いているように見えたのか、「あっ! もちろん電話とかにも使ってるよ! お父さんとか、お母さんとかと!」と慌てて言葉を付け加えていた。
というか、それにしたって両親とだけなのか。
「それ、友達とかと連絡とるとき困らない?」
「ぜんぜん? ……そもそもわたし、あんまり友達から連絡来ないから。みんなわたしが絵を描くのに忙しいと思ってるのかも」
そのときの彼女の笑顔には、どうも別のなにかが含まれていたように僕は思った。
だが、鈴夏に友達がいないという話は聞いたことがない。むしろ、彼女は人気者だというイメージがあるくらいだ。そんな彼女に連絡が来ないというのは、なんだか違和感があった。
しかもそれは、彼女が次に発した言葉でさらに深く、棘のあるものだとわかった。
「でも、わたしは気にしてないよ? そんなに仲良くしたいと思う人もいないしね」
どうやら、僕はまだ彼女に対して勘違いをしてたらしい。でも、その正体が僕にはわからないし、彼女を思うなら、知らない方がいいのだろうと思った。
なぜなら、彼女がそんな顔をしていたから。
「って、やめやめ! 楽しい話しよっか。あっそうだ! 電話番号教えてよ。いつでも連絡取れるように」
「――もちろん。僕もそう言おうと思ってた」
鈴夏はアプリに電話番号を登録していた。手元をちらっと盗み見てみると、二つにだけ『お父さん』『お母さん』と札が付けらた番号が登録されていた。
対して僕のは、一件の登録もない。親とも友達ともラインでやり取りをしているから、今の今まで登録する必要がなかった。
「わっ。誰もいない。もしかしてわたしが初めて?」
「一応言っておくけど、ぼっちじゃないぞ」
「わかってるって。もぅ、そういうことを言いたいんじゃないの!」
そう言われても、僕にはまだ鈴夏がなにを言いたいのかがわかっていなかった。
「でさ。そもそもスマホで何をしてたの?」
番号交換を終え、僕が頭の出来を悔やんでいると、鈴夏がそんなことを聞いてきた。
「そうだった。道があってるか調べてるところだったんだ」
優先順位的にはこっちを先だったことを思い出し、地図アプリを再度開きルートを確認していく。
「植物園なら、このバスに乗ってればすぐ近くに降ろしてくれるから、道なんてしらべなくてもいいよ」
「え」
驚いた。どうして道を知っているのだろう。スマホで調べた様子もないし、車内に地図みたいなのが貼ってあるわけでもない。
…………あ。そういうことか。
少し考えて、そのわけがわかった。途端に僕は申し訳なさに襲われた。
プシューという音とともにバスの扉が閉まっていった。少し歩けば、もう植物園の入口だ。
「わ…わぁ。植物園なんて初めて来た、かも……」
鈴夏は先ほどからずっとこんな感じだ。そろそろ気まずいので、僕の方からふってみることにする。
「鈴夏。無理して来たことないフリしなくてもいいよ」
「へぇ⁉ フリ⁉ そんなことないケド⁉」
「いや、それは無理がある。見ててわかりやすいから」
「そ…そうかなぁ……」
気を使ってくれるのはうれしいが、これは僕のミスだ。そもそも、調べる前にまず鈴夏に今までどんなところへ探しに行ったのかを確認するべきだったと、今更ながらに後悔する。
「で、本当は?」
「はい……二回来たことがあります……これで三回目です……」
「うっ、三回も……」
三回も来ているのだから、当然ここにあの絵の景色はない。無駄足だったわけだ。
「ごめんね。英雄がわたしのために調べてくれたわけだから、今まで言い出しにくくって」
「ははは……」
なんというか、もう笑うしかない。乾いた笑いでそれを誤魔化さなきゃ爆発しそうだった。
「はぁ……どうしようか? 今からでも別のところに行く?」
どうせ意味がないんだから、せめて移動した方がいいのではないかと思い、地図アプリで周辺の施設を調べ始めながら提案したが、鈴夏は「えぇ⁉」と意表をつかれたかのように驚きの声をあげてきた。
「ここまで来たんだよ⁉ せっかくだから園内を見に行こうよ?わたし、こう見えても植物とか結構好きだから、何回だって楽しめるよ⁉」
「いや、そんな気を使わなくても……」
「使ってない! 気なんて使ってない! いいから! ほら行こ!」
煮え切らない態度の僕を見かねたのか、鈴夏は強引に僕の手を取り引っ張るような形で園内へと歩き出した。握られた手からは、ほんのりと湿り気を感じる。
夏の暑さよりも熱いように感じたのは、僕だけなのだろうか。
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