夜と焚き火と記憶の匂い

村に戻った後、トウはゼンに案内されて簡素な宿屋に部屋を与えられた。

木の香りがほんのりと漂う部屋には、細工のない木製のベッドと机があるだけだったが、それが逆に心地よかった。


夜、リンとゼンに誘われて村の広場に出ると、中央で焚き火が燃えていた。避難者たちや村人が火を囲んで語らい、子供たちの笑い声が響く。


トウはその輪の中に混ざることを少し躊躇ったが、リンに手を引かれて座ることになった。


「火、暖かいね」


「うん。……人の営みの中で、一番原始的で、それでいて一番安心できるものだって誰かが言ってた」


トウのつぶやきに、リンは少し驚いたように目を瞬かせる。


「そういうの、好き?」


「……たぶん、前の人生の名残だと思う。病室じゃ焚き火なんてできなかったから」


リンが一瞬だけ表情を曇らせたのを、トウは見逃さなかった。


「あ、別に暗い意味じゃないよ。ただ――」


そこで言葉を切り、炎に照らされたリンの横顔を見た。


「今、ここにいられるのが……嬉しいだけ」


リンは目を細め、少しだけ頬を赤らめた。


「……あんた、時々ずるいくらい素直ね」


「え、そう?」


「そう。なんか、胸の真ん中をくすぐるようなこと言うじゃない」


トウはちょっと照れて目を逸らすが、焚き火の炎がそれを隠してくれる。


少し離れた場所で、ゼンが誰かに剣術の型を教えていた。彼の動きは無駄がなく、美しかった。村の子どもたちは彼を尊敬のまなざしで見ている。


「ゼンさんって、すごい人なんだな」


「うん。彼は戦災孤児で、昔は盗賊に拾われて育てられたんだって。でも自分でその生活を捨てて、村を守る剣士になった。だから、ちょっと言葉は荒いけど、本当はすごく優しいよ」


リンの語るゼンの過去に、トウはほんの少し心を寄せた。

自分とは正反対に、戦いの中で強さを手に入れた人間。だが、その根っこにあるものは、自分とそう変わらないのかもしれない。


ふと、トウの胸の奥が静かに熱を帯びた。

言葉にはならないけれど、誰かの視線を感じるような、そんな感覚。


(……ツクヨ?)


“それ”は言葉にならない。だけど、そっと寄り添うような気配がそこにある。


(なんだろう。さっきから、静かに――悲しい?)


自分の中にいるはずの“誰か”が、まるで過去を思い出しているような、そんな気がした。


焚き火の炎がゆらりと揺れる。

そして一瞬、トウの脳裏に知らない風景が過った。


神々の暮らす空間。誰もいない白い部屋。

静かな日々。飽きるほどの静寂。そして――孤独。


(……ツクヨは、ずっとひとりだった?)


その問いに答えはなかった。ただ、胸の中で小さな鼓動が共鳴する。


リンがそっと膝を抱え、火に手をかざした。


「……ねえ、トウ。もし、この世界の終わりが決まってるとして、それを変えられる力があるなら……あんたは、どうしたい?」


唐突な問いかけだった。でも、トウは迷わなかった。


「変えたい。……俺は、あの漫画の結末を知ってる。だけど、それをなぞるだけなんて絶対に嫌だ」


「じゃあ、その力……“記録”を、ちゃんと使いこなして」


「うん」


焚き火の炎が、二人の間を温かく照らし続けていた。


そしてその夜、誰にも気づかれぬまま、村の外れに新たな足跡が刻まれていた。


小さな足。柔らかなブーツの跡。

それは、まだ目覚めぬ神の来訪を告げるものだった。

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