パート25: 主への刷り込み
「マスター、危ないです!」
「あなた、何を考えていますの!?」
リナとセレスティアの制止を振り切り、僕は一人、通路で暴れるフェンリルへと近づいていく。
彼女は僕を威嚇し、再びその鋭い爪を振り上げてくる。
「グルアアアアッ!」
だが、僕は少しも怯まなかった。
その赤い瞳の奥に、苦しみと怯えの色が見えたからだ。
彼女は、暴れたくて暴れているわけじゃない。
制御できない力に、自分自身が苛まれているのだ。
僕はひらりと彼女の爪をかわし、その懐に飛び込む。
そして、抵抗する彼女の額に、そっと右手を触れた。
「――大丈夫。もう、苦しくない」
僕は、まるで幼子に言い聞かせるように、優しい声で語りかける。
同時に、《無限経験値バンク》から、特殊な性質を持つ魔力を彼女に流し込んだ。
それは、成長を促す経験値ではない。
興奮した神経を鎮め、荒れ狂う魔力を安定させるための、「鎮静」の力だ。
「ア……ゥ……?」
僕の手から流れ込む、温かく穏やかな力。
フェンリルの体の力が、少しずつ抜けていく。
充血していた瞳から赤い光が消え、理性の色が戻り始めた。
振り上げていた爪も、だらりと力なく下ろされる。
「もう、大丈夫だ」
僕はもう一度、そう言って彼女の頭を優しく撫でた。
僕のスキルは、ただ経験値を譲渡するだけではない。
その質を変化させることで、様々な効果を発揮する。
これもまた、僕だけの秘密の力だ。
やがて、フェンリルの全身から完全に力が抜け、彼女はその場にへなへなと座り込んだ。
暴走は、完全に鎮められた。
僕を見上げるその瞳には、もう敵意はなく、ただ純粋な好奇心と、そして安堵の色が浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます