第3話(2)

「ま、まさか……死んだんですか、一条先輩!」

「何故そうなる! 我は生きている!」

「生霊ですか?」

「実体を伴っておる!」

「不審人物ですか?」

「それに関しては否定できない!」


 押し問答をしているうちに、一条先輩はずんずんと私たちのもとに向かってきます。だんだんと、顔がはっきり見えてきます。間違いありません。あの見透かしたような目……サラサラした髪……小さな顔に高身長……一条先輩です。心なしか、にやけている気がします。何だ、いつも通りか。


「予想はついておると思うが、我は最近そこな娘を尾行していた」

「ストーカーですか。変態ですね」


 つまり、最近千波ちゃんが感じていた気配というのは、幽霊ではなく、一条先輩がストーキングしていた気配ということですね。一条先輩ちょっと気持ち悪いです。そして、そんな変態にストーキングされてるなんて……。


 可哀そうな千波ちゃん。


「見城、そなた我に対して相当なことを言っておるぞ。あとなんか酷いこと思われてる気がするのだが?」

「因果応報……いえ、気のせいですよ」

「全然本音を隠しきれていない!」


 頭を抱え、大げさに身体を反らす一条先輩。それに対して千波ちゃんは何が何だか理解できていないようです。


「えっと、つまり、この男は幽霊じゃなくて、なら何でマンホールから出てきて……?」

「千波ちゃん、このキショ男……いえ、この男性はあなたのストーカーなんですよ」

「マンホールは、我の鉄板の隠れ場所だ」


 ついに私たちの目の前まで来た一条先輩。先輩はその独特の雰囲気を醸し出す両の瞳で、じっと千波ちゃんを見下ろします。


 直後、先輩はやおら両手を広げ、


「おお、会いたかった……我が運命(ディスティニー)……」

「でぃ、でぃずにー? ハハッ僕ミ〇キー?」

「消されますよ千波ちゃん」


 困惑する千波ちゃん。先輩はまたしばらく彼女をじっと見つめると、唐突に跪きました。そして、先ほど手づかみで食べていた栗きんとんの餡でべっとりしている彼女の手を取ります。


「手が汚れておるぞ、我が拭ってやろう」


 なんとこのキモ男、千波ちゃんの尊く白い手のひらを、あろうことか触手のごとく淫猥な舌でベロベロとなめ始めました。


「やめろ!」


 千波ちゃんはあまりの嫌悪感に耐えきれなくなったのでしょうか、私から白いひらひらが付いた木の棒を奪い取り、一条先輩のみぞおちを突きます。それは一瞬の出来事でした。すばやい。


「たんくとっぷっ」


 先輩は奇怪な叫び声をあげて、遠くに飛んでいきました。千波ちゃんはそれでも仕返しが足りなかったのでしょうか、無様に両手を広げ、地面に転がる彼のもとへ向かいます。左手には木の棒を持っています。そして、右手で、何度も何度も先輩を殴ります。猫パンチで殴ります。可愛いですが全然効き目がなさそうです。


「一体何なのだ貴様! だいたい何でわたしなのだ! 何故わたしをターゲットに選んだ!他にももっと居ただろう、なのになんで……」


 殴られてもなお、不敵な笑みを崩さない一条先輩は、本当に恐ろしいというか気持ちが悪いです……。ストーカー行為をして、手のひらを舐め……プライドも何もないような行為をするぐらい、重大な理由があったのでしょうね。ええ、何か事情があったに違いありません。


「決まっておろう、そなたが特別ロリだったからだ」

「酷い理由なのだ!」


 ……。そう、ですか……。


「そんな理由でわたしはストーキングをされていたのか! べ、別にわたし、そんなに幼く見えないのだ! むしろよく『年齢と容姿が合ってない』と言われるのだ!」


 それは年齢より幼く見えるという意味で使われています。


「とにかく、これから金輪際、わたしに近づくな!」


 憤慨し続ける千波ちゃん。確かに、その怒りは全く正しいものでしょう。真剣な眼差しで一条先輩を見つめる彼女を見て、先輩も正気に戻ったのか、すかした笑みをやめ、目を伏せます。


「そうか……我はそなたが好きなのだがな……」

「えっ?」


 なんと先輩、千波ちゃんに告白し始めました。千波ちゃんもその唐突さに驚いた後、頬をさっと赤く染めます。


「しかしそなたが我を嫌うのであれば、仕方がない。今後もう喋りかけんし、尾行もやめる」

「ちょ、ちょっと待つのだ。確かにわたしは貴様が嫌いだが、そこまで言うのであれば、少しぐらい相手をしてやってもいい……のだ」


 ぎこちなく声を発する千波ちゃん。羞恥の混じった目線を逸らし、そっぽを向きます。ツンデレ可愛いです。


「フフフ……そなた、愛い奴のう……ツンデレ美味しいな……。相手をしてくれる、と言ったな?」

「あ、ああ……少しだけ、だからな!」

「なら今夜、我と一緒に密なる営みを」

「気持ち悪いのだ貴様!」

「ぎゃああっ目に大幣おおぬさが!」


 千波ちゃんは寝転がる一条先輩の目に木の棒――大幣というみたいです――を突き刺し、そのまま猛ダッシュでこちらに向かってきました。


「一体何だったのだ、あの男は……。いわゆる、その、ろりこん……? という奴なのか?」

「え、ええと……」


 一条先輩の態度はかなり上級者でしたが、言葉の端々に何か共通点を感じるというか、完全にデジャヴというか、そんな感じで曖昧な返事をしてしまいます。


「それなら、ロリコンというのは怖いのだ……。身近にそんな人が居るなんて、恐怖でしかないのだ」

「はは、そうですね、はは……」


 なんでだろう、冷や汗が止まらない。


 その後、千波ちゃんとは途中で分かれました。一人で帰る通学路は、罪悪感に満ち満ちたものでした。何度も心の中で謝ります。ごめんなさい、ごめんなさい、千波ちゃん……。


 家に帰り、自分の部屋に鞄を置きます。部屋着に着替えるのも忘れて、ベッドの下をまさぐります。


 そう、ベッドの下……男子中高生なら最も見てほしくない、いわば聖域(エロ本のたまり場)。しかし女子中学生である私も、ベッドの下は見てほしくないものです。何故なら……。


 ベッドの下にたまる数々の二次元幼女イラスト集(全年齢向けです)。ペラペラとめくっていきますと、スクール水着を着たロリッ娘たちが紙面いっぱいに描かれているのが見えます。


「か、可愛い……」


 これ全部、私の私物です。自分のお小遣いから出した、正真正銘、趣味のアイテムです。


 全年齢ですよ。ちょっとお色気なだけですよ。本当ですよ。信じてください。


「ごめんなさい千波ちゃん、私もロリなあなたが大好きな、腐れロリコンなんです……」


 自責の念に駆られながら、ロリ本をめくっていきます。ちょっときわどいですが、全年齢ですよ。


 私は真剣に幼女たちと向き合います。いつも時を忘れてしまうぐらい、彼女たちを見つめるのが私の流儀、プロフェッショナルなのです。


 ごめんなさい……。

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