第3話


 今日もまた千波ちゃんがやって来ました。昼休み、階段の踊り場は今日も私たち以外の人はいません。もしかすると、皆さん寄り付かないようにされているのかもしれません。


 階段の一段目に、私たちは並んでちょこんと座っています。


「最近! わたしの近くに! 何かが居るような気がするのだ!」


 妙に必死な叫び声をあげて、千波ちゃんは訴えかけます。相変わらず前髪が短いです。可愛いですね好きです結婚してください。


「きっとあれは幽霊なのだ……。怨霊か、悪霊か……」


 震える千波ちゃん。ショートカットもふるふると震えています。なんと被虐的な仕草なのでしょうか。守ってあげたくなります。なので、ここは先輩らしくどーんと構えてみましょう。


「大丈夫です、千波ちゃん。幽霊と言うならば、私が払ってみせます」

「ほ、本当なのか? でも、どうやって払うのだ?」


 そこまでは考えていませんでした。例のごとく。


 とりあえず、怨霊というものはかなり縁起の悪いものなはずです。なら、縁起がよさそうなものを集めれば、対抗できるのではないですか?


「縁起がいいものを身にまとったり、幽霊に投げつけたりすることで、きっと霊は退散してくれますよ」

「縁起がいいもの……それなら年中行事のものなんていいんじゃないのか? ほら、例えばひな人形とか! 節分の豆とか」

「でも、どうやって調達いたしましょう……」


 悩んでいると、階段を上ってくる音がしました。


「なんだかんだと聞かれたら」

 そう、毎日聞いているあの、友人の声です。

「答えてあげるが世の情け!」


 私と千波ちゃんの前に立ちはだかる一人の少女。頭のてっぺんに生えているアホ毛がゆらゆらと揺れています。


「というわけで、みよりさん、参上であります!」


 ビシッと敬礼を決めるみよりちゃん。にしてもあの口上はどう考えても、巌流島で戦ってそうな名前をしたお二人と人語を喋る猫さんたちのものじゃありませか……? 近年ではスマホ片手に『GO!』とか言ってそうなシリーズのアレです。


「話は聞いていたよ、お二人さん……」


 妙にハードボイルドな声と陰りのある表情で話すみよりちゃん。


「こんなこともあろうかと、縁起がよさそうなものを調達しておいたよ」


 そして、懐から数々のアイテムを取り出します。ひな人形、節分の豆、おせち料理、木の棒に白いひらひらが付いたアレ(神社で祈祷とかの時に振っている奴です)、烏帽子……。一体、みよりちゃんの懐の構造はどうなっているのでしょうか。四次元につながっているのでしょうか。でもとてもありがたいです。


「ありがとうなのだ、根来」


 千波ちゃんが私の隣で深々と頭を下げます。とても礼儀の正しい子です。みよりちゃんは私たちを見下ろす姿勢のまま、なんだか満足そうにうなずいています。ちょっと偉そうです。千波ちゃんとの対比で上司と部下のような光景に見えます。胸糞悪いです。


「みよりちゃん、ありがとうございますdeath」

「なんかわし今すごくキツイこと言われた気がするよ?」


 death……意味は死、死亡。


 あー、ひっそりと毒を仕込んだらすっきりしました。ちょっと私みよりちゃんに対する当たりが強いのかもしれませんね。態度を改めるつもりはありません。


 とりあえず、千波ちゃんと、今日の放課後一緒に帰ることで、対策を試してみることにしてみました。幸いなことに千波ちゃんも私も帰宅部で、家の方向も一緒です。ちなみにみよりちゃんの家の方向も一緒ですが、みよりちゃんは部活があるので一緒に行けません。まあ、みよりちゃんが混じるといろいろ面倒なことになるのでこれで良い気がします。


 私と千波ちゃんは、校門の前で待ち合わせをして、一緒に帰りました。肩を並べ、千波ちゃんは幽霊におびえているのか、私から三歩下がって歩きます。私たちの姿は、はたから見れば仲睦まじい古き良き夫婦のように見えているのでしょうか。そうだとすれば光栄です。千波ちゃん可愛い。


「ふふっ……はあはあ……」

「ど、どうしたのだ、見城。急に息を荒くして」

「どうもしてませんよ、ちょっと頭の中がお花畑なだけです」

「そうか、それは通常運転だな」


 千波ちゃん何気に酷いこと言いますね。


 とりあえず今私たちは、右ポケットにひな人形を忍ばせ、左ポケットに節分の豆を零れる程詰め込み、頭に烏帽子を付け、白いひらひらが付いた木の棒を持って通学路を歩いています。もちろん、バッグのすぐ取り出せる位置におせち料理を入れておくのも忘れません。あれ、もしかして私たち二人、仲睦まじい夫婦というより新興宗教の儀式の最中みたいじゃないですか?


「ところで千波ちゃん、その、気配というのはまだ背後から感じますか?」

「ああ、感じるのだ……わたしを虎視眈々と狙う、怪しげな視線……勘違いなんかじゃないのだ、絶対魔の国のものに違いないのだ……」


 千波ちゃんは、頻繁に後ろを確認して歩いています。しかしそれでも怖くなってきたのか、


「ちょっと、手をつないでいてくれないか? わたしは後ろを向いて歩くから、見城はわたしの手を引っ張って前を歩けるよう案内してくれなのだ」


 ウサギのようにか弱く庇護欲を掻き立てられる震え声で、千波ちゃんは懇願してきます。ロリ可愛いです。可愛くて小さい女の子の頼みを断るなど、人間としてあり得ません。よって私は、仕方なく、しょうがなく、千波ちゃんのお願いを聞きます。べ、別に下心なんて無いに決まってるウへへへ最高幼女の手のひら柔らかい……。


 ……すみません、少しハッスルしてしまいました。許してください。


 後ろを向いて歩く千波ちゃんと、千波ちゃんを誘導する私。右手には相変わらず変な木の棒を持っています。烏帽子が取れそうになりますが我慢します。


「どうですか? 何か見えますか?」

「み、見えないのだ! 見えない恐怖があるのだ! ……でも、見えたら見えたで怖いのだ」

「そうですよね……」


 そうして、何歩か歩いたぐらいでしょうか。


「わわ、なんかマンホールがガタガタいってるのだ! 止まるのだ、見城!」


 千波ちゃんの声に反応して、私は止まりました。少し名残惜しいですが、千波ちゃんの手を離し、千波ちゃんの隣に並び、件のマンホールに目を向けます。それは、かなり離れたところにありました。


「本当ですね、蓋の部分が外れそうです」

「お、外れたのだ」

「なんか、腕みたいなのがマンホールから伸びてますよ」

「頭みたいなのも見えるのだ」

「マンホールの中に居たからか、少しくすんだ色をしていますね」

「あ、出てきた。男の顔なのだ」

「ゆ、幽霊です!」


 千波ちゃんの言うことが本当なら、絶対、あのマンホールから這い上がってきている人物は幽霊です。そうじゃないとしても、マンホールから出てくるなんて不審人物に違いないです。


「千波ちゃん、豆! 豆投げましょう!」

「ああ、わかったのだ! 鬼はー外!」


 掛け声をあげて、幽霊らしき人に、ポケットに入れておいた節分の豆を投げつけます。当たっているかどうかは確認していません。怖くて幽霊の方を向けないので。


「鬼はー外!」

「ちょっと待つのだ、見城。鬼じゃなくて幽霊なのだから、幽霊はー外! じゃないのか?」

「長い、長いです千波ちゃん! もっと短くないと言いにくいです!」

「み、短く……キメラはー外!」

「まだ長い!」

「え、え、じゃあ……キモはー外!」

「それはもうただの罵詈雑言ですが短いのでそれでいきましょう! キモはー外!」

「キモはー外!」


 二人で寄ってたかって、幽霊をキモイもの扱いして、豆を投げつけて……はたから見れば、きっと私たちの方が鬼の様に見えるのでしょうね。でもとりあえず退散が目的です。烏帽子と、右手に持っている変な木の棒も効果を発してくれているでしょう。


「これだけじゃちょっと物足りません。千波ちゃん、ひな人形も投げましょう!」

「そうだな、じゃあわたしはおせちを食べてバリアを張る!」


 千波ちゃんだけおいしい思い(字面通り)をしている気がしますが、気にしてはいられません。私は罰当たりにも構わずひな人形を幽霊に投げつけます。千波ちゃんは手づかみで栗きんとんを食べます。


「ちょ……何……やめてくれ!」


 幽霊らしき人の声がします!


「ぎゃああああ幽霊の声なのだぁぁぁぁぁ!」

「怯まないで怯まないでください千波ちゃん! 怯んだら八つ裂きにされて終わりです」

「きえぇぇぇぇ! 幽霊恐ろしいぃぃぃぃ!」


 千波ちゃんは半泣きです。どうしましょう、どうしましょう、呪われます、呪われます!


「おい見城! 我だ我、一条だ!」


 と、幽霊の声にハッとします。幽霊――いえ、一条先輩を名乗る人――の方をよくよく見てみます。すると、不思議なことに、幽霊が一条先輩に見えます。


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