第11話
「そういえば私、みよりちゃんの部活知りませんでした」
「えっ? 今まで一緒に居て、一番の友達だとか言っておいて知らなかったの?」
衝撃の事実に気づいてしまった、五月初頭の昼休み。いつも通り階段の踊り場で、他愛もない世間話をしていたら、ふとその言葉が口をついて出ていました。
「ちょっと見城さん、それは無いんじゃない?」
みよりちゃんは動揺しつつ、少しだけ虚しそうに私を見つめてきます。
「いや、そうはいっても、みよりちゃん、前に軽音部に入りたいとか言ってたじゃないですか。部活に入っている分際で。だから、自分の入っている部活によっぽど誇りがないのかなと思いまして」
「誇りはあるよ、ありありだよ! あと分際とか言わないで」
胸を張るみよりちゃん。くっ、こんな時みよりちゃんが貧乳だったら「無い胸を張らないでください」とか言えたのに!
※※※
「わたし、またバカにされた気がするのだ!」
「千波。そなたの胸がもっと大きかったら、我はそなたに微塵の興味も示さんかったぞ」
「むしろその方が良かったのかもしれないのだ……それと黙るのだ!」
※※※
あれ、また、いつかのときみたいに、変なカットインがあったような……。
「それでみよりちゃん、その誇りある部活って、何なんですか?」
私はバカなことを考えるのはやめて、みよりちゃんに尋ねます。
「テニス部だよ」
「えぇぇぇぇ嘘ぉぉぉぉぉ!」
「見城さん、驚きすぎなんよ」
「いや、だってテニス部ですよ? テニスと称してしていることは合コンとか新歓コンパで新入生に飲酒を勧めた挙句一気飲みさせるとか、その最中にお酒に睡眠薬を入れて昏睡させ、コンパが終わったらお持ち帰りしちゃうとかそういう……。スキーサークルと対をなすお遊びサークルでしょう?」
「うちそんなにあくどくないよ」
ああ、大変です。みよりちゃんがそんなリア充部に入っていたなんて……ショック。
「みよりちゃん、みよりちゃんは何かされたりしていませんか? 一気飲みとか」
「牛乳一気飲みとかは趣味の一環でしたりするけど……というか見城さんが言っているのって大学のサークルのことだよね?」
「中学生でもあり得ますって全然。もう、テニス部なんて認めませんよ」
結婚を反対する親みたいな態度の私に対して、みよりちゃんはため息を吐きながら言います。
「そんなに言うなら、今日、わしの部活、見学してみる?」
と、言うわけで。
その日の放課後、指定された通りの場所に赴きました。
「ここですか……」
訪れたのは、三年四組の教室。室内からは、熱気あふれる学生の気配が漏れ出ています。これが運動部の熱気……と圧倒されますが、うちの学校は小規模なのでだいたいどの部活も部室がないのになんでテニス部だけ部室があるのでしょうか。特別待遇なのでしょうか、テニス部は。
「失礼しまーす……」
どんなイケイケリア充が来ても、決して屈してはいけない。そんな覚悟を胸に抱きながら、恐る恐る扉を開きます。
そこで繰り広げられていた光景は……
「みんな! リア充に怒りを持っているかぁ!」
『『おおおおお!』』
「公共の場でイチャイチャし続ける輩をどう思うかぁ!」
『『駆逐してやる!』』
「最後に……みんなは、スタイリッシュかぁ!」
『『イエェェェェス!』』
異様な光景でした。
むさくるしい男たち――中には女性もいますが――が席に座り、魂を込めたレスポンスをしているのです。前に立ち、教卓をバンバンと勢いよく叩いている、一人の生徒の声に対して。
そして何より恐ろしいのが、その、前に立っている生徒が、私のよく知る友人、根来みよりちゃんにしか見えないことです。
「みよりちゃん……」
口角泡を飛ばしながらMCをしていたみよりちゃんに愕然とします。
「お、見城さんじゃん。やほー」
みよりちゃんは、教室の扉を背にして立ち尽くす私に、軽く手を振ってみせます。
「こ、これは一体……」
何なのですか、と尋ねるより先に、席に着いていた人達のうち一人が、みよりちゃんに話しかけました。
「部長。彼女は部長の恋人ですか」
真っ先に恋人という発想ができるあなたの将来が心配です。
「んーん。見城さんはわしの友達。わしはみんなを裏切ったりしないから安心して」
「「うおおお!部長最高!」」
万歳をしながら雄たけびを上げる部員(?)たち。
「みよりちゃん。あなたは一体どんな宗教を開いたんですか」
「宗教じゃないよ、多分」
「そこははっきり宗教じゃないって言いましょうよ」
「ま、部員全員には幸せになれる金の仏像を買わせたけど」
「仏教の一派だということに、今一番驚いています」
とにかく、どう見てもこの集まりはテニス部ではありません。部活動にも見えません。みよりちゃんのことを部長ではなく教祖様とでも呼びそうな勢いですし。
「失礼な、ちゃんと部活なんよ。そして金の仏像は冗談だよ」
「まだ私何も言っていないんですけど。あと、冗談だということは存じております」
心を読まないでほしい、と思いながら、みよりちゃんの言葉の続きを促します。
「それで、どんな部活なんですか」
「よくぞ聞いてくれた。テニス部と名乗っているけれど、それは表の名前。真の我が部は……」
「我が部は……?」
みよりちゃんが出す、いつにもない緊張感に、ごくりと唾をのみます。そして、先ほどまで盛り上がっていた部員たちも、いつの間にかしんと静まり返り、みよりちゃんの次の言葉を待っていました。まさか、学校の実権を握る、重大な部活だったりするのでしょうか……。
「……『創作遊び部』」
なんとなく字面でわかりますが、もっと根本的な部分でわかりません。
「えっと、創作、遊び部?」
「そう、創作遊び部!」
嬉しそうに言うみよりちゃん。部員の皆さんも、暑苦しいオーラはどこへやら、途端にお花畑みたいにふわふわした雰囲気をまといだします。
「その名の通り、自分たちで新しい遊びを考え出し、遊ぶ部活なんよ」
「テニス要素全くないじゃないですか」
「ハハハ、テニス? 何それ、バドミントンと何が違うの?」
「羽根かボールかが違うでしょう……」
「え、違いそれだけ?」
「逆にそれ以外何があるんですか?」
羽根かボールかで、競技を分ける必要があったのでしょうか。どなたか知っている人がいたら教えてほしいものです。
………………ん? 何かが間違っている気がする……まあいいや。
「そして、みよりちゃん。ちょっと前までやっていた、リア充がどうこうとかいうのは一体なんだったんですか?」
「ん? あれは『リア充を憎む会』ごっこなんよ。すごくそれっぽかったでしょ?」
「え、あれ遊びだったんですか?」
「うん。さっきわしに話しかけてた男子が提案したんよ。『土曜日に水道橋の遊園地で、小っちゃくて可愛い女の子とイチャついていた、やけに高身長イケメンないけ好かない男にイラっとしたんだ!』って熱弁されてさ。……ねえ、この話、なんか聞き覚えっていうか、変な言い方すると見覚えないかい? むしろ体験した覚えない?」
「世界は意外に狭いんですね」
急に提案した男子生徒に親近感を覚えるようになりました。きっとカップルを憎む人種なのでしょうね。私やみよりちゃんと一緒です。
そんなことを考えて、部員の皆さんに目を向けると、先ほどまでの団結はどこへやら、何人かに適当に分かれ、遊びらしきものをしていました。
たとえば、教室の窓側の席に座っているグループ。そのうち、中心に座る一人の男子が、鞄からオリーブオイルの瓶を取り出して、
「うえーい、もこみちごっこー」
とか言いながら、蓋を開けて机にかけます。
「ちょ、お前やめろ!机汚れるだろ!」「あ、ほ、ホントだ……無意識に蓋を開けてた」「ちょ、見てみお前の鞄!なんかすっごくべたべたしてるしオリーブっぽいぞ!」「うわあ、それきっとちょっと開いちゃってた蓋の隙間からオリーブオイルが漏れてたんだあ」「ど、どどど、どうしよう、extravirginオリーブオイルが!」「お前今なんつった?発音良すぎて聞き取れなかったんだけど」
そんな会話が繰り広げられています。
「……」
「い、いや、見城さん、あんなんだけど別に悪い人たちじゃないんだよ?」
「それはわかってます。でも、あれはどう見てもバ……」
「言っちゃダメ! それ言って泣かれたことあるから。そんでその後、『部長もバカでしょ!』って言われちゃったんよ……」
「おい今バカって言ったの誰だ!泣いちゃうぞ!」
「ごめんごめん、君に言ったわけじゃないから、泣かないで、ね? 泣かないで?」
「うわあああああん」
「部長! 木下が泣いちゃった!」
「わかったわかった、今行くから」
今までに聞いたことないくらい優しい声で、窓際にてもこみちごっこをしていた集団の中に向かうみよりちゃん。保母さんですか。
「大丈夫。木下君、君はバカじゃないんよ。ちょっと頭が足りないだけ」
それ、同じ意味ですよ、みよりちゃん。
「うう。うん、そうだよね、ありがとう、部長……」
それで納得しちゃう木下君は本物だと思います。
説得を終えたみよりちゃんが、少し落ちくぼんだ目でこちらに帰ってきました。
「ああ、疲れた。わし、人の面倒見るのできないんよ……」
「十二分に理解していますよ。いつも元気なみよりちゃんが、こんなにおとなしくなるなんて、一大事ですもん。いっそのこと毎日このぐらいだったらいいのに」
「見城さん、今君がしたことは泣きっ面に蜂って言ったりするんよ、知っとる?」
「踏んだり蹴ったりとも言いますね」
「知ってて言ってるんだ……」
さらにげっそりしたみよりちゃんを横目に見つつ、私は他のところで遊びをしているグループを見ます。今度は数少ない女の子のグループです。
「てかさ、きーちゃん何でマフラー持ってきてんの? 春なのに」「まあ見ててって。このマフラーを、こうやってぐるぐるしてくと……」「してくと?」「ほ
ら、うんこの形!」「おおー」……お上品さの欠片もありませんね。
「……」
「ああ、見城さんまた黙り込んじゃった。あーあ」
「いやだって、この部活、もう部活じゃないですよ。ただ放課後帰り道や友達の家でする遊びを、学校の中でしてるだけじゃないですか。なんでこんな部の部長をしているんですか、みよりちゃん」
「楽しそうだったから」
けろりとした表情で言うみよりちゃん。疲労していた瞳は、少しだけ生気を取り戻していました。
「そりゃあ、大変なことばっかだし、少し、いや、かなりやってらんなくなるんよ。でも、わし、この部活が嫌いなわけじゃないんよね。テニス部と言いつつわけわかんない活動しているあたり、ものごっつわし好みだし。楽しそうだって思って部に入って、二年生なのに部長引き受けちゃったりして、正解だったって思うんよ」
今まで能天気で、考え無しに生きているんだと思っていたみよりちゃんが、少しだけ遠く見えます。こんなに大人だったんだ、と思わず感心してしまいました。
「見城さんもさ、この部活、楽しいから入ってみない?」
どうせ暇ですし、前向きに検討してみましょうか。
「そうですね……」
「ま、バカな事だって思うかもしんないけど、後悔はしない……」
「わあああっまたバカって言われたあぁぁうわあああん!」
「部長! また木下がアレルギー反応起こしました!」
その言葉を聞いて、みよりちゃんはつつーっと冷や汗を垂らします、そして、私にぺろりと舌を出しながら、言ってきました。
「今なら入部して即! 即! 即! 部長になれるよ!」
「謹んでお断りさせていただきます」
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