第10話(1)


 今私は、独り寂しく土曜の遊園地に来ています。


 きっかけは、千波ちゃんに相談されたことでした。


「実は、一条に『遊園地に行こう』って誘われているのだ。ここから一番近い、水道橋の」

「ああ、あそこですね」


 夢の国ほど人も溢れていないでしょうし、中学生のお出かけスポットとしては無難なチョイスですね。


「でも、一条と出かけるのは少し面倒くさいというか、何か起こりそうで心配なのだ」

「そうですね。あの一条先輩が普通のプランを立てるわけないと思いますし」


 千波ちゃんの悩みはもっともです。一条先輩に振り回される側としては、何が起こるかハラハラして仕方ないでしょう。何か大きな決め手があれば行くべきだと思いますが……。


「そういえば、遊園地が駄目なら、近所にある『マッサージ店 愛LOVE』に行こうって言われていたのだ。どっちが良いと思う?」

「遊園地に行きましょう」


 『マッサージ店 愛LOVE』はちょっと怪しいお店だったと思います。ドコをマッサージされてはかないません。選択肢は最初から一つしか用意されていなかったということですね、流石一条先輩……。


「あ、あと一条がおごるって言っていたのだ」


 そういうところだけは紳士的なんですね、先輩。


 というわけで、千波ちゃんは一条先輩と、その週末、遊園地に出かけることになりました。


 しかし、千波ちゃんをずっと見守ってきた私としては、やはり心配な面はあるのです。娘のような存在が同年代の男と二人きりで遊びに行く(断じてデートとは表現しない)だけでなく、相手がストーカー行為をやすやすと行ってしまう怪物、一条雪なのです。もし千波ちゃんの身に何かあったら……私は悔やんでも悔やみきれません。


 なので、心配性なお父さんのごとく、待ち合わせ場所や時間を聞き出し、二人をひそかに尾行した結果が、今の状況になります。


 土曜の遊園地はそれなりに人が居ます。が、日曜程ではないみたいで、家族連れの数も若干少ないです。土曜に部活がある学生もいるので、帰宅部生としては土曜がフリーなのは大きな利点なのでしょうね。


 私は、千波ちゃんと一条先輩からそれなりに、でも会話は聞こえるくらいの距離を保って尾行しています。気づかれないように、自分が持っている中で一番目立ちにくい服を着ています。黒のTシャツに黒の緩いワイドパンツ、灰色のパーカーを着た、全身ユ〇クロコーディネイトで二人を追っています。よく考えればこれが初めて見せるお出かけ着になるんですね。ちょっと残念です。


 対して、前を歩く一条先輩は、上品できっちりした、清潔感のある紳士風コーディネイト。千波ちゃんは、やや子供っぽいけれどとても可愛らしい、ふわふわしたスカートスタイルです。お二人ともよくお似合いで、ザ・不審者な私とは真逆です。


 さて、そのお二人ですが、先ほどからの雰囲気はなかなかに良好な様子です。


「なあ、瀬田。次はどこに行きたい?」

「メリーゴーランドが良いのだ!」


 きらきらと目を輝かせて答える千波ちゃん。一条先輩は苦笑しながら、


「そこは先ほども乗ったであろう?」

「でも乗りたいのだ。次はお馬さんじゃなくてお姫様っぽい馬車に乗りたいのだ!」


 どうでもいいけれど、幼くて愛らしい女の子が『お馬さん』って言うのは深遠なるエロスを感じます。


 しかし、千波ちゃんの言っていることは歳相応……いや、年齢よりもちょっと幼めで、お父さんに甘える小っちゃい子みたいです。舌足らずに「乗りたいのだ!」なんて言われたらもうね、断れるわけがありません。


 一条先輩も、きっとその純粋な願いに、丁寧に、紳士的に答えるでしょう。


「そうか、なら乗るか。ああ、それと、メリーゴーランドに乗った後は、我のお馬さんにも乗ってくれ」


 このセクハラ野郎。


「一条は馬を持っているのか?」

「男なら誰でも持っている」


 うわあ……ちょっとドン引きのレベルですね、この人。千波ちゃんが全く理解していないのが救いです。彼女は純白の笑みを浮かべ、


「そうか、ならみんな競馬のジャッキーになれるな」


 千波ちゃん、それだとカンフー映画の人になってしまいます。


「はは、愛い奴め、はは、はは、でゅふふ……」


 千波ちゃんの勘違いに、先輩は思わず笑みをこぼします。が、最後の方にちょっと本性が出てしまっていますね。危険です。


 ともあれ、二人はメリーゴーランドの列に入っていきました。私は入らず、お金もないのでただ二人の順番が来るのを待ちます。まあ、客層は主に小さい子供なので、すぐに二人はメリーゴーランドに乗ることができました。私は乗ったのを確認して、メリーゴーランドから、なるべく近い位置まで来て二人の様子を見ます。


 どうやら、千波ちゃんの希望通り馬車に乗ることができたようです。二人は馬車の中で楽しそうに話をしています。


「うう……ちょっとはしゃぎすぎたのだ……」

「気にするでない。心の底から乗りたかったのだから、興奮してしまうのも無理はない」

「そうか。なら良いのだ。ところで一条、次もメリーゴーランド乗っていいか?」

「それでそなたが楽しければいい。が、我が考えるに、もっと他の乗り物に乗ったら、二倍、いや、三倍楽しくなると思うぞ。例えばジェットコースターとか」


 千波ちゃんは顔を真っ青にして、ぶんぶんと首を振ります。


「だ、ダメなのだ! 怖いのだ、ジェットコースター乗ったことないのだ!」

「何事も経験と言う。それともあれか。そなた、ジェットコースターに乗れないほど子供だったか」


 突き放すように冷たく言い捨てる一条先輩。これはあれです、態度の急変により相手の精神と判断力を乱し、自分のいい方向に答えを持っていくテクニックです。多分。


 千波ちゃんは、一瞬びくっと肩を震わせた後、今度は顔を青から赤にして、


「や、やってやろうじゃないか……乗ってやろうじゃないか、ジェットコースター!」


 むうっ、と正面に座る先輩を睨みつけます。一条先輩はかすかに微笑みます。邪悪な笑みです。計画通り、といったところですね。


 メリーゴーランドが終わり、二人は早速ジェットコースターに向かいました。


 ジェットコースターはかなり列ができていて、時間がなかなかにかかりそうです。私は見ることしかしないため並んでいませんが、よくあんな人混みに入っていけますね。


 二人の会話も、他の人達の声に紛れてしまって聞こえないので、その場を離れることとします。とりあえず、あの二人がジェットコースターに乗り終えるであろうあたりを見計らって、またここに来ることとしましょう。

 

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