第8話
四月もそろそろ終わりを迎える某日。
その日の昼休みは、美術係のお仕事が入ってしまいました。廊下に展示してある美術の作品を美術室に運び込むのを、各クラスの美術係が行います。それぞれ自分のクラスの展示物をかごに入れて美術室に運び込むだけの単純な作業なのですが、美術室は一つ下の階、一年生の教室と同じフロアにあるので少しだけ面倒です。
ちょうど一年生の教室の近くを通るんだし、千波ちゃんの様子でも見てみようかな、と思いながら、かごいっぱいに詰まった絵画たちを運びます。美術室のすぐ前まで来たとき、その近くで話す二人の男子生徒の姿がありました。二人とも恐らく一年生で、片方は知っている人でした。
ふわふわショートカットに大きな瞳、色白の肌は薄紅色に上気していて、愛らしさの中に微量の色気を感得できます。そう、男子制服を着ていなければどこからどう見ても美少女、鎌谷霧です。
もう片方の男子生徒は、霧に対して何やら真剣そうな表情で話しかけています。廊下には他に人もいないせいか、声が響いてきます。
「あ、あの……俺、鎌谷のこと、好きなんだ!」
とんでもない現場に居合わせてしまった。
さっさと絵を運び、見て見ぬふりをして退散しよう……そう決めこみ、足を速めます。
しかし、会話は美術室に入っても聞こえてきました。
「うーん、そんなこと言われてもなあ……」
困ったような霧の声。当たり前ですよね。同性に告白されるというのはかなり困惑するものです。最近になってそれを知りました。まあ、あれは勘違いでしたけど。
「そ、そうだよな……」
諦めかけている相手の男子の声。とても勇気を出したのでしょうから思わず応援したくなってきてしまいます。頑張ってください。
「じゃ、じゃあ鎌谷のブロマイドだけでもくれ!」
時には頑張らないことも必要ですよね。
こんなこと言ってしまっては、霧も流石にドン引きするのではないですか? 好意が変な方向に向いてしまったというのは理解できるかもしれませんが……。
「んー、まあ、今まで告白してきた男の子たち全員にはあげてきたから、いっかな」
反応薄すぎませんか。そして今まで告白してきた男の子たち全員って……明らかにかなりの数告白されているじゃないですか……。
「で、君はどのブロマイドが良い? メイド服? 猫耳? ナース? それとも……スク水?」
頼むからスク水を選択肢に入れないでください。あれってかなりの上級者向けでしょう。
「え? ガーターベルト付き抱き枕用写真はないのか?」
と思ったら相手の方が一枚上手でした。注文が細かい。
さて、これに対して霧はどんな回答をするのか。
「君、ボクのこと何だと思ってるのかな? グラビア写真ぐらいなら許せるし喜んであげられるけど、君の夜のソロプレイに使うであろう写真を用意しているほど親切じゃないよ。人生はそんなに甘くないから」
こんなことで人生語られても。
というよりか、やけにドスの利いた声なのが気になります。やっぱり霧って腹黒いのでしょうか。
「で、君はどれで我慢するの? 二枚目以降は追加料金取るから覚悟してね。一枚につき百円ずつ加算してくから」
腹黒いというよりがめついのでしょうかね。
相手の男子はどのブロマイドを選ぶのでしょうか……。って、何聞き耳立てているんですか私。他人のプライベートを覗いているみたいでちょっと罪悪感ありますし、さっさと仕事を終わらせてしまいましょう。手にしていたかごをクラスごとに指定されている場所に置きます。
これでもう帰れます。さっさと美術室を出てしまいましょうか。
扉から一歩前に出た途端、声だけではわからなかった二人の光景が広がっていました。
相手の男子が土下座をし、霧が腕を組んで彼を見下ろしていました。
怖っ。
思わず室内に引っ込みます。あの状態で出ていくのはかなり忍びないです。
あの男子が霧のどのブロマイドを選ぶのか、それだけ聞いて逃げ出しましょう。
「全種類一ダースずつお願いします」
「うん、合計一万千九百円ね」
とんだ廃課金勢ですね。
「あ、支払いは現金のみでね」
逆にカードで支払いとかあるんでしょうか。
「はい! 耳そろえて持ってきます」
それは借金取りに言うセリフですよ。
というか、この一場面の中で、相手の男子の口調がため口から敬語になったのは少し闇が深いと思います。だいたい霧が腹黒発言をし始めたころからでしょうか。その頃から恐らく土下座をしたのでしょうね、あくまで推測ですけれど。
そう考えながら、恐る恐る扉の向こう側の様子を窺います。幸い、男子生徒も霧もその場から居なくなってしまっていました。
実は怖いのかもしれません、霧って。
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