第15話「噂の広がりと、嬉しい悲鳴」



「アサギ〜! 大変だよ〜!」


朝一番、フィーの叫び声で目が覚めた。アサギは慌てて飛び起きる。


「どうしたの、フィー?」


「外見て! お客さんがいっぱい!」


窓から外を覗くと、確かに遺跡の前に人だかりができていた。商人、冒険者、町人、貴族らしき人まで、様々な人々が列を作っている。


「これは......」


アサギは驚きを隠せなかった。いつもなら、朝の開店時間にいるのは常連客が数人程度。こんなに大勢の人が来たのは初めてだ。


「どうしてこんなに......」


「俺の予想だが」


レオンが腕を組んで言った。


「王都で噂が広まったんだろう。騎士団や王子、王女まで通う遺跡カフェってな」


「まさか......」


でも、それは十分にあり得ることだった。王都の社交界では、噂は風よりも速く広まる。


「とにかく、開店の準備をしないと」


アサギは気を引き締めた。しかし、いつもの三倍以上の客を、どうやってもてなせばいいのか。


「アサギ、私も手伝う!」


フィーが張り切って人間サイズに変身した。


「俺もだ」


レオンが重い腰を上げる。


「ただし、接客は期待するな」


開店時間になり、扉を開けると、客が雪崩れ込んできた。


「遺跡の紅茶を飲みたくて!」


「王子様も認めた味だって聞いて!」


「精霊に会えるって本当?」


口々に期待を述べる客たち。アサギは優しく微笑みながら、順番に席に案内していく。


「申し訳ありません、少しお待ちいただくことになりますが......」


「構いません! 待ちます!」


熱心な客たちの期待に応えようと、アサギは厨房とホールを行ったり来たり。紅茶を淹れ、スコーンを焼き、注文を取り......


「アサギ様、ダージリンをもう一杯!」


「こちらにはアールグレイを!」


「スコーンの追加お願いします!」


次から次へと注文が入る。フィーも一生懸命お皿を運んでいるが、小さな体では限界がある。


「ふええ、忙しい〜」


「頑張って、フィー!」


そこへ、重い足音と共にレオンが現れた。


「注文を取る」


低い声で宣言し、客の前に立つ。その威圧感に、客たちが一瞬静まり返った。


「......何にする」


ぶっきらぼうな口調に、若い女性客が震え上がる。


「あ、あの......紅茶を......」


「どれだ」


「ひぃ! ダ、ダージリンで!」


「......ダージリン一つ」


レオンがメモを取る姿は、まるで尋問をしているようだった。


隣のテーブルの商人が恐る恐る手を挙げる。


「す、すみません、スコーンを......」


「いくつだ」


「ひ、一つ......いえ、二つ!」


「決めろ」


「二つです! 二つでお願いします!」


客たちは怯えながらも、なんとか注文を伝える。レオンは淡々とメモを取り、厨房に向かった。


「おい、これが注文だ」


「ありがとう、レオン。でも......」


アサギは苦笑した。


「もう少し優しく接客してもらえる?」


「これでも優しくしてるつもりだ」


「それが問題なのよ......」


一方、大精霊エルフィーナも手伝いに現れた。


「あら、随分と賑やかですこと」


千年を生きる精霊の登場に、客たちがざわめく。


「本物の大精霊だ!」


「美しい......」


「まあまあ」


エルフィーナは優雅に微笑みながら、風を操って複数のティーカップを運び始めた。


「お待たせしました〜」


しかし、半透明の姿が急に現れたり消えたりするため、客たちは落ち着かない。


「きゃあ! 急に現れた!」


「あ、消えた!」


「また出た!」


まるでお化け屋敷のような騒ぎになってしまった。


「申し訳ありませんわ」


エルフィーナが困ったように言う。


「実体化を維持するのは、なかなか難しくて」


そんな大混乱の中でも、アサギは必死に紅茶を淹れ続けた。一杯一杯、心を込めて。どんなに忙しくても、味を落とすわけにはいかない。


「はい、お待たせしました」


汗を拭きながら紅茶を運ぶアサギの姿に、常連客のマルコが声をかけた。


「アサギさん、大丈夫ですか? 休憩した方が......」


「大丈夫です。皆さんが来てくださって、嬉しいですから」


本心だった。大変だけど、こんなに多くの人が遺跡カフェを訪れてくれることが、素直に嬉しい。


午後になっても、客足は衰えなかった。むしろ、昼食時には軽食を求める客も増えて、てんやわんやの状態に。


「サンドイッチはありますか?」


「スープも出せますか?」


「ケーキは?」


次々と飛んでくる注文に、アサギは頭を抱えた。普段は紅茶とスコーン、それに日替わりの簡単なお菓子程度しか用意していない。


「ごめんなさい、今日はスコーンしか......」


「それでいいです! スコーンください!」


結局、スコーンを焼いては出し、焼いては出しの繰り返し。オーブンがフル稼働で、厨房は熱気に包まれていた。


「アサギ、生地がもうないよ!」


フィーが慌てて報告する。


「また作らないと......」


その時、思わぬ助っ人が現れた。


「おーい、アサギさん!」


なんと、リーゼロッテ王女が再び来店したのだ。今度の変装は......メイド服?


「リーゼ!? どうしてメイド服を......」


「これなら目立たないでしょ?」


得意げな王女に、アサギは言葉を失った。確かに前回のきらきら衣装よりはマシだが、どう見ても「高級メイド服」で、やはり目立っている。


「それより聞いて! すごい人気だって聞いて、お手伝いに来たの!」


「でも、王女様が......」


「今日は王女じゃなくて、ただのリーゼ!」


リーゼロッテはエプロンを締めながら宣言した。


「お菓子作り、手伝います!」


正直、今は猫の手も借りたい状況だった。アサギは迷った末、頷いた。


「じゃあ、お願い。スコーンの生地作りを」


「はい!」


リーゼロッテは張り切って厨房に入った。王宮でこっそり練習していたらしく、手際は思いのほか良かった。


「小麦粉と、バターと......あ、これは冷たくしておかないとダメなのよね!」


「よく知ってるわね」


「へへ、勉強したんです!」


二人で協力して、どんどんスコーンを焼いていく。リーゼロッテは生地作り、アサギは紅茶を淹れながら焼き上がりをチェック。


「できた! 焼きたてスコーンです!」


リーゼロッテが嬉しそうにバスケットを運ぶ。その姿を見た客の一人が、はっとした顔をした。


「あの、もしかして......」


「はい? 何かご注文ですか?」


リーゼロッテがにこやかに応対する。客は首を振った。


「いえ、なんでも......」


(まさか王女様がメイド服で給仕してるなんて、誰が信じるだろう)


そんなこんなで、なんとか最初の波を乗り切った頃、新たな問題が発生した。


「すみません、紅茶がぬるいんですが」


「こちらも......」


忙しさのあまり、紅茶の温度管理がおろそかになっていたのだ。アサギは青ざめた。


「申し訳ありません! すぐに淹れ直します!」


「いや、構いませんが......」


でも、アサギにとっては大問題だった。適温でない紅茶を出すなんて、カフェの主人として失格だ。


「アサギ、落ち着いて」


レオンが肩に手を置いた。


「完璧にやろうとするな。できる範囲でいい」


「でも......」


「お前が倒れたら、元も子もないだろ」


その通りだった。アサギは深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。


「レオンの言う通りですわ」


エルフィーナも優しく諭す。


「千年前も、忙しい日はありました。でも、大切なのは心を込めること。完璧でなくても、温かい気持ちは伝わります」


励まされて、アサギは再び笑顔を取り戻した。


夕方になって、ようやく客足が落ち着いてきた。最後の客を見送り、「本日終了」の札を掛ける。


「はあ〜、疲れた〜」


フィーがテーブルに突っ伏した。


「もう動けない〜」


「お疲れ様、フィー」


アサギも椅子に座り込んだ。足が棒のようだ。


「いやあ、すごい一日だったな」


レオンも珍しく疲れた顔を見せている。


「でも、楽しかった!」


リーゼロッテが目を輝かせた。


「こんなにたくさんの人に、私の作ったスコーンを食べてもらえて!」


「リーゼのおかげで助かったわ」


「えへへ」


王女は照れくさそうに笑った。


「また来てもいい? お手伝いに」


「もちろん。でも、無理はしないでね」


皆で後片付けをしながら、今日の出来事を振り返る。


「レオンの接客、怖すぎたよ〜」


フィーが文句を言う。


「お客さん、震えてたもん」


「......悪かったな」


「でも、注文は正確に取ってくれたわ」


アサギがフォローする。


「今度は、笑顔の練習をしましょうか」


「却下だ」


即答するレオンに、みんなが笑った。


「それにしても」


エルフィーナが穏やかに言った。


「これだけの人が来てくれるなんて、嬉しい悲鳴ですわね」


「本当に」


アサギは頷いた。大変だったけど、充実感がある。多くの人に、遺跡カフェの紅茶を楽しんでもらえた。


「でも、明日もこの調子だったらどうしよう」


「その時は、また皆で協力すればいいさ」


レオンが言った。


「一人で抱え込むな」


「そうだよ! みんなでやれば、なんとかなる!」


フィーも元気を取り戻した。


「私、もっと大きくなって、たくさん運べるようになる!」


「私も、もっと手際よくお菓子を作れるように練習する!」


リーゼロッテも意気込む。


「次は、ケーキにも挑戦したい!」


温かい仲間たちに囲まれて、アサギは幸せを感じた。確かに忙しかった。でも、一人じゃない。みんなが助けてくれる。


その夜、アサギは満天の星を見上げながら思った。


きっと明日も、たくさんの客が来るだろう。それは大変なことだけど、同時に素晴らしいことでもある。


遺跡カフェが、多くの人の憩いの場所になっている。それこそが、アサギの願いだった。


「明日は、もっと効率的にやろう」


準備リストを作りながら、アサギは決意を新たにした。


レオンには受付と席の案内を。フィーには軽いものの配膳を。エルフィーナには、お客様との会話を。そして自分は、紅茶に専念する。


役割分担すれば、きっともっとスムーズにいくはずだ。


「あ、そうだ」


リーゼロッテのことを思い出した。彼女は王女なのに、今日は本当によく働いてくれた。


「リーゼにも、正式にお手伝いをお願いしようかしら」


王女がカフェで働くなんて前代未聞だが、本人が望むなら。


窓の外では、フクロウの鳴き声が聞こえる。静かな夜が、遺跡を包んでいた。


明日もきっと、素敵な一日になる。忙しくても、大変でも、みんなと一緒なら乗り越えられる。


アサギは微笑みながら、ベッドに入った。夢の中でも、紅茶を淹れていそうな気がしたけれど。


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