第9話:中止勧告と見えない敵
長編小説「完迎会 - 残響する最後の言葉 -」
第九話:中止勧告と見えない敵
夜明けの公園での衝撃的な告白の後、恵と翔太は警察と連携を取りながら、事態の収拾に向けて動き出した。翔太は、まず直属の上司に連絡を取り、事情を説明した。上司は最初、信じられないといった様子だったが、警察からの連絡も入っていたため、すぐに事態の深刻さを理解した。
「桐島くん、君はすぐに安全な場所に避難するように。会社としても、警察に全面的に協力する。歓迎会は……もちろん中止だ」
上司の言葉は、断固たるものだった。
会社側は迅速に対応し、関係各所への連絡、グランフォートホテルへのキャンセル通知、そして社員への説明(詳細は伏せつつも、重大な事態が発生したため歓迎会は中止するという内容)などを進めた。
しかし、問題はそれだけでは終わらなかった。
「佐藤の共犯者がまだ社内にいる可能性があります。特に、計画書に名前のあったもう一人の人物……」
警察の担当刑事は、恵と翔太にそう告げた。その人物は、経理部に所属する中堅社員の「山田」という男だった。恵にとっては全く面識のない人物だ。
「山田は、現在連絡が取れなくなっています。自宅にも姿はなく、行方をくらませた可能性が高い。佐藤と合流しているかもしれません」
刑事の言葉に、恵と翔太の表情が強張る。
「では、佐藤さんと山田さんが、まだ何か……?」
翔太が不安そうに尋ねた。
「その可能性は否定できません。佐藤の計画書には、歓迎会が中止になった場合の『プランB』も記載されていました。詳細は不明ですが、何らかの形で君を狙ってくる可能性は残っています。最大限の警戒をしてください」
プランB――その言葉が、重くのしかかる。
歓迎会という公の場での犯行が不可能になった今、彼らはどのような手段で翔太を狙ってくるというのだろうか。
警察は、翔太の身辺警護を強化するとともに、佐藤と山田の行方を全力で追っていた。しかし、彼らは巧みに姿をくらませており、捜査は難航しているようだった。
恵は、翔太のマンションに付き添っていた。警察からは、一人で行動しないようにと厳しく言われている。翔太は、窓の外を不安そうに見つめながら、時折、深いため息をついた。
「まさか、自分がこんな事件に巻き込まれるなんて……夢にも思わなかった」
「大丈夫だよ、翔太。警察も全力で捜査してくれてる。それに、私がそばにいるから」
恵は、できるだけ明るく振る舞おうとしたが、内心では言いようのない不安が渦巻いていた。
佐藤の執念は、想像以上に深い。彼がそう簡単に諦めるとは思えなかった。そして、山田という新たな共犯者の存在。彼らが連携して、どこかで翔太を監視し、隙を窺っているのかもしれない。
その日の午後、恵のスマートフォンに、非通知の番号から着信があった。
「……もしもし」
恵が恐る恐る電話に出ると、聞こえてきたのは、機械で変声されたような、不気味な声だった。
『水野恵くん……余計なことをしてくれたね……』
恵は息をのんだ。佐藤だ。変声していても、その声に宿る冷たい怒りは明らかだった。
「佐藤さん……!あなたはどこにいるんですか!」
『君には関係ないことだ。だが、一つだけ言っておこう。桐島翔太は、必ず私が始末する。君がいくら邪魔をしても、無駄なことだ』
その声は、静かだが、狂気に満ちた決意を秘めていた。
「そんなこと、させません!」
『ふふ……楽しみにしているといい。最高のフィナーレをね』
それだけ言うと、電話は一方的に切れた。
恵は、震える手でスマートフォンを握りしめた。佐藤は、まだ諦めていない。それどころか、恵の行動を把握し、挑発してきた。これは、宣戦布告だ。
すぐに警察にこのことを報告したが、非通知で短時間の通話だったため、発信源の特定は困難だった。
「おそらく、佐藤は我々の動きをある程度読んで、揺さぶりをかけてきているのでしょう。ますます警戒を強める必要があります」
刑事は、厳しい表情でそう言った。
中止された歓迎会。しかし、それは終わりではなく、新たな脅威の始まりを告げるものだったのかもしれない。
見えない敵が、どこかで息を潜め、牙を研いでいる。
そのプレッシャーは、恵と翔太の神経を容赦なくすり減らしていく。
「プランB……一体、どんな計画なんだろう……」
翔太が、不安そうに呟いた。
恵にも、その答えは分からなかった。だが、佐藤のことだ。きっと、誰も予想しないような、巧妙で残忍な方法を考えているに違いない。
夕闇が迫り、街の灯りが窓の外にちらつき始める。
それは、本来ならば翔太の輝かしい未来を祝うはずだった夜。しかし、今は、得体の知れない恐怖が支配する、長い長い夜の始まりを告げているようだった。
恵は、翔太の隣で、固唾をのんで警戒を続けた。
佐藤と山田は、どこにいるのか。そして、いつ、どのようにして襲ってくるのか。
その答えは、まだ闇の中に隠されたままだった。
(つづく)
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