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「悪いが客じゃないんだ。金も持ってないし、雨がひどいから雨宿りさせてくれたらそれでいいんだけど」
カウンターを見たときからもしかしたらと思っていたが、本当にホテルだったとは・・・。
男は汚してしまった深紅の絨毯の存在が再度、気になってきた。
泊まりもしないのに、汚してしまったのはまずかったのではないかと内心で焦り、どう言い逃れようかと真剣に考え始めている。
「それでしたら是非、お泊まりください。今夜はキャンセルがございましてお部屋が一室空いておりますので」
この雨脚では出られないでしょう?
窓から見える深夜の山奥は暗闇に包まれ、豪雨により更に視界を悪くさせている。
ときおり稲光と躍るかのように轟音が空気を震わせ、今、この場所から離れるのは危険だと誰もが判断出来る状況だった。
「しかし・・・」
「料金のことでしたらご心配なく。本日は特別な日ということでいただきませんので」
世の中、助け合いの精神が大事ですからね。
城守はそう言いながら、カウンターの宿泊カードを男の目の前に差し出した。
「ですのでご安心してお泊まりください」
城守の笑顔は男の思考を鈍らせた。
「料金がいらないならいいか。しかし、これを書くのか」
差し出された宿泊カードに男は顔を顰めた。
「書ける範囲だけで問題ございません。今夜は特別ですので」
そうか、と男はペンを取り、名前と住所を記入していく。
その内容が真実か偽りかは分からない。
書き終えた男に城守はご案内しますと、カウンター横の人一人分通れる通路から、男の前へと現れた。
「こちらでございます」
城守に促され、男は城守の後ろを静かについていく。
深紅の絨毯が二人の足音を優しく包み込むため、物音ひとつしない。
エレベーター前で城守は慣れた手つきで、ボタンを押し、部屋の鍵を差し込んだ。
程なくして、エレベーターの扉は音もなく静かに開き、城守と男が乗り込んだのを確認したかのように絶妙なタイミングで扉が閉まった。
「本日のお部屋は309号室になります」
いつもは特別な時でしか泊まれない部屋なのだと城守は説明した。
「本当に大変ついておられますよ」
そう微笑む城守の言葉に男は気を良くし、やっと肩の力が抜けたのだった。
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