73.タコ→カメ
孤島型のダンジョンが、突如として異変化した。
赤い空と、赤い海。
そこから顔を出した海坊主のような巨大ボス――『テラー・シーキメラ』は、水飛沫を立てて立ち上がる。
その身体には、いくつもの丸い宝玉のようなものが埋め込まれており、ぼんやりと不気味な光を放っていた。
「来るよレムちん!」
「はい!」
海坊主は鈍重そうな見た目からは想像もできないストライドで走り出す。
まだ砂浜から距離があるせいで、あたしじゃ手が出せない。
だけど隣のミミさんは違う。双銃を構え、それぞれの銃口から弾丸を撃ち出した。
「避けられた!?」
海坊主は、敏捷な動きで横にステップし、なおも走る。
まさかミミさんの速射力でも捉えられないなんて。
(でも何か変だ。今の回避、ほんとに間に合ってた……?)
横を見るとミミさんも同じ違和感を抱いているようだった。
だけどそれを議論している暇は無い。
海坊主がダッシュの勢いを利用して大ジャンプしてきたからだ。
赤く染まり禍々しく変貌した太陽を、巨体が遮る。
あの巨体を迎撃できる方法は――と考えていると、海坊主のシルエットがぐにゃりと崩れた。
頭部だけを残して、人型が無数の触手へと変わる。
素早く伸びてこちらへと襲い掛かってくる触手の表面には吸盤が確認できた――タコだ。
しかしあたしはこういうタイプとも戦ったことがある。
『深淵の手』。奇しくも同じ異変ボスだった。
向かってくる触手を、身体を翻して避けつつ斬っていく。
「触手なら経験済み!」
「え? レムちんマジで?」
なんだか誤解されているような気がするけど、今は触手を切り落とすので忙しい。
『第六感』のおかげで対処が間に合う。ミミさんも、的確に触手を撃ち抜くことで切断していた。
全ての触手を切ると、その端から黒い粒子になって頭部へ向かって縮んでいく。
あっという間に海坊主の姿に戻ると、その身体の宝玉がひとつ、光を失った。
妙に手応えの無い敵だ。しかし、タコ形態を倒した(?)ことで、あの宝玉が変化した。
つまり……
「あの海坊主が変化した形態を、宝玉の数だけ倒せば勝てる?」
「ぽいね。次は――――」
海坊主が身体を丸めると、一瞬でその姿がカメの甲羅へと変わる。
手足頭はすでに引っ込んでおり――そもそも甲羅だけで肉体が無いのかもしれないが――急速回転を始めると一気に飛び立ち、空中を旋回してこちらへ突っ込んでくる。
すかさずミミさんが対空射撃を試みる。
だけど、あれほどの貫通力を持っていた弾丸があっけなく弾かれてしまった。
その光景に、あたしは一瞬フリーズする。
あの硬さ――あたしの黒刀で受け止められるのか?
避けるか、それとも受けるか。
その選択を前に迷いが生じた。
それがいけなかった。加速する甲羅の速さに対して、迷いは命取りとなる。
「ぐふっ……」
高速回転する甲羅の突進をもろに受ける。
ミシミシと骨が悲鳴を上げる音を身をもって聞き、思い切り吹っ飛ばされた。
「レムちん!」
「げほ、がはっ」
咳き込むと血まじりの唾液がしたたり落ちる。
痛い。折れた?
おそるおそる手で触れると、まだ大丈夫そうだ。いやめっちゃ痛いけども。
(マスター……!)
(…………平気平気)
「レムちん立てる?」
「余裕、です」
シープとミミさんの二人にそれぞれ元気アピールをして、ふらつく足で立ち上がる。
鍛えてて良かった。夢の中で積んだ経験値が、あたしの基礎能力を上げてくれている。
赤い空を見上げる。
あたしをぶっ飛ばしてくれやがった巨大な甲羅は空中で旋回し、またもこちらへ狙いをつけている。
しかし、さっきから『心眼』で見てるけど弱点が見当たらないな。隠蔽系の能力でも持ってるんだろうか。
いや、そんなことを考えてる場合じゃない。
また甲羅が来る。
「レムちん。私、ちょーっと無理したら撃ち抜けそうだけど、どうかな」
「やめときましょう。あたしもそういう戦法ありますけど、今の段階で切るカードじゃない気がします」
妖刀『禍月』の、自傷によって出力を上げる能力。
今使えば甲羅を斬れるだろう。
でも長期戦になった場合、出血によるデバフが痛すぎる。
あの海坊主の身体の宝玉……あと七つ光ってた。
もし形態を倒すごとに光が消えるのなら、今はまだ序盤戦だ。
「じゃあどうする?」
「あたしが何とかしてみます。失敗したらごめんなさい」
次元孔を発動し、黒刀をしまう。
これであたしは素手状態。
スキル『徒手空拳』が発動し、身体能力が飛躍的に上昇する。
砂浜の少し離れた地点に突き出した岩場を一瞥する。
あれが使えそう。
「任せたぜ、レムちん」
「任されました!」
あたしの強みはスキルの多さ。
今はそれを最大限発揮する。
向かってくる甲羅。
距離が詰まる前に始めよう。
「『棘鎖』!」
手首から伸びた無数のイバラの鞭は意志を持つように蠢く。飛来する甲羅へと殺到し、力強く巻き付いた。
突き刺さったイバラのトゲはスパイクの役割を果たす。無理やりにその回転を止め――突進の勢いをわずかに緩める。
今だ!
「ふんっ……ぬうううううううううう!!!!!」
力任せに引っ張り、そのまま振り回す。
甲羅の飛ぶ勢いは、今やあたしの手の中にあった。
ぐるぐると、まるでハンマー投げの要領だ。
「うおおレムちんすっげ……!」
そう、”投げ”。
あたしの持っているスキル『投擲』によって投げる動作にバフがかかる。
そして『徒手空拳』によるフィジカル強化で、遠心力と重さの手綱を引く。
「っだあああああああああ!」
全力の気合を込めて、振り回して充填された遠心力を一気に振り下ろす。
イバラの鞭に縛り付けられた甲羅はさっき見つけた岩場へと真っ逆さまに落下し、粉々に砕け散った。
これで二形態め、突破だ。
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