58.コール
現在、あたしは一人暮らしをしている。
本当はお姉ちゃんと二人暮らしなんだけど、今は出張中なので……。
「気楽っちゃ気楽だけどね」
髪を乾かし終えて、スキンケアも済んだ。
あとはだらだら動画でも見て過ごそうかな……と思ったけど、今日貰ったドローンの試運転でも、
(今はシープも居ますよ)
「おわ」
そうだった。
いきなり出てきたヒツジ玉にびっくりする。
『夢遊郷』に行けるようになってから、プライベートはほとんど無くなったと言ってもいいけど、反面寂しいと思うこともなくなった。
こうして独り言に返答があるとぎょっとしたりもするけど。
ま、あんまり気にしてない。
そう言うとシープは頬を膨らませちゃうんだけどね。
「今日の夢遊郷はどうしよっかなー、そろそろ難度上げてった方が良いかもなー」
上達の近道は、常に自分の実力より一段上の状況に身を置くことだ。
まあやりすぎて寝てる間に死ぬなんてことがあったら笑えないけど、楽をしようとしたらすぐに成長は鈍化する。
筋トレが筋肉に負荷をかけることで鍛えるように、あたしも苦境に挑み続けていないと。
「……よし、今日はA級モンスターの情報を入れておこう」
ベッドに置いていたスマホを拾い上げ、動画サイトを開こうとすると――通話が届いた。
「あれ、アヤさんだ」
なんだろう。何か言い忘れたことでもあったんだろうか。
応答すると、回線の向こう側からは軽いノイズ音が響いていた。
その上、何かガサゴソという衣擦れみたいな音がする。
「…………? アヤさん?」
返事は無い。
音量を上げて耳に押し付けると、ぶつっと切れてしまった。
心臓が嫌な鼓動を発する。
何が何だかわからないが、非常事態であることだけは理解した。
理由は、切れる直前に聞こえた吠え声。まるで犬みたいな……。
いや。
あたしの知識が言っている。
この声は、狼だ。それもただの狼じゃない、モンスターのそれだ。
「ワーウルフ……?」
つい最近アヤさんと戦ったモンスターとよく似た鳴き声。
まさかダンジョンに居る……?
慌ててこちらから通話をかけたが、繋がらない。
何か普通じゃない事態が起きているのか。
「……………………」
ぐるぐるぐるぐる。
思考が回る。
沈黙を続けるスマホ画面の右上には9:49の表示。ダンジョン攻略にはかなり遅い時間だ。
この通話は、単なる誤操作かもしれない。
もう少ししたらアヤさんから『すまない』とでも連絡がくるのかもしれない。
それに、もしトラブルだとしても、あのアヤさんがそう簡単に危険な目に遭うわけがない。
ああ、でも――――
「杞憂ならそれでいいか……!」
あたしは頼まれているのだ。
ミミさんから。
それに、知っている。
アヤさんが普通の人だと知っている。
だったらあたしは、あたしに出来ることをしよう。
「よし」
アヤさんはダンジョンに居る。
がむしゃらに探しても見つからないだろう――何しろどこのダンジョンに居るのかもわからないのだ。
だからまず、行くべき場所がある。
あたしは最低限の支度をして、家を飛び出した。
* * *
裏切られた、という事実だけを理解した。
閉じこめられた――嘘。
恐ろしいモンスターがいる――嘘。
助けてほしい――嘘。
全て嘘だった。
結果、こうして私はB級ダンジョンのとある大部屋で、同じギルドの仲間だったはずのみんなと対峙している。
「苦しそうだな。倒れてみるのをお勧めするぜ」
「…………ごほっ、倒れたら介抱してくれるのか?」
ちっ、という舌打ちが響いた。
私の返答は、彼の神経を逆なでしたようだった。
あたりには私が倒したメンバーたちが倒れている。
気絶させただけ、峰打ちだがやはり胸が痛む。
全員、千田の小隊員だ。
彼らの一人から毒を食らっている。
身体が重い。痺れる。視界がぐらぐらと歪み、平衡感覚が乱れに乱れている。
私は状態異常に耐性を持つスキルを所持しているが、その上でこの症状ということは……スキルが無い状態で受けていたらどうなっていたのだろう。
足元には彼らに不意打ちで壊された私のドローンが転がっている。これでは撮影もできない。
「どうしてこんなことを……」
部屋に入った瞬間、不意打ちされた。
モンスター相手なら、例え音も無く背後から強襲されたところで返り討ちできる。
しかし今回の相手はいわば身内。
別の小隊のこと言えども、仲間だったのだ。
私は仲間相手に警戒はしない。
それが仇となった。
『アヤちんは人のこと信用しすぎ』とミミから口を酸っぱくして言われていたことを思い出す。
「お前のことが気に入らなかった」
千田の瞳には、確かな敵意――いや、殺意が宿っている。
モンスターを前にした私も、こんな目をしているのだろう。
「こうしている今も、俺のはらわたは煮えくり返っている。プライドを捨ててだまし討ちをして、数で襲って、まだ殺せねえ」
「…………」
「だけどそれも今日で終わりだ。もうろくに動けねえはずだ。じっくり、確実に殺してやるから走馬灯でも見てろ」
柄の長い斧を手にゆっくりと千田が近づいてくる。
朦朧とする意識の中、私は感覚が薄れた手で剣を握る。
「……私は死なない。死にたくない」
「ハッ、お前でも死ぬのは怖いか」
「違う。千田を殺人犯にさせるわけにはいかないと言っているんだ」
もし万が一、私がこの場を切り抜けて生きて帰れたら――千田は犯罪者として裁かれるだろう。
それでも、越えてはならない一線はある。
私が死んだら、千田はそのラインを越えてしまう。
「…………お前の」
千田は、斧を握る手に力を込める。
「そういうところが気に入らねぇんだよ!!」
ろくに動けない私に。
怒りを込めた凶刃が、振り下ろされた。
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