57.翳る輝き
千田ガイとは『ブルザーク』の同期だ。
もともと同年代で、同じ地区で活動していた。
昇級のタイミングも偶然同じで、当時は会話することは無かったけど、意識はしていた。
自分と同じレベルで探索者活動をしている人間。
これを口にしたことは無いが――ライバルとして見ていた。
「そうなんですか……」
今日のダンジョン探索を終え、ギルドスペースの会議室でアヤさんに報告をする中で、ふと気になったことを訊ねると、そんな回答が返って来た。
千田ガイ。現在ブルザークの小隊長の役目を放棄し、自分勝手にどこかで活動しているとされる彼のこと。
アヤさんは紙コップを満たすコーヒーを一口飲み、遠いまなざしを浮かべた。
「ギルドに入ったころ、向こうが結構激しく私をライバル視していることを知ってね。初対面の時に言われたんだよ。『お前にだけは絶対負けない!』『俺が先に小隊長になってやる!』というようなことをね」
「なかなか激しいですね」
端的な感想を述べると、アヤさんは苦笑した。
「そうだね。彼はまあ、ガラが悪いから、私に突っかかってくることも少なくなかった。でも仲間想いであることはすぐにわかったし、彼はいつも真っすぐだったから、嫌いでは無かったよ」
結局、先に小隊長の座に上り詰めたのはアヤさんだったのだという。
その時の千田さんはそれはもう悔しそうに、地団太まで踏んでいたそうなんだけど――『すぐに追いついてやる』と奮起し、実際まもなく彼も小隊長になったそうだ。
たぶん、二人の実力にそう差は無いんだと思う。
あたしは自分を誰かと比べて嫉妬したことは無いから想像することしかできないけど――比べられるほどの実力が無かったとも言う――いつも自分の一歩先を行く人が居るというのは、やっぱり腹に据えかねるものなんだろうか。
「……だけど、いつからか彼には嫌われてしまったようなんだ。私は切磋琢磨する好敵手と捉えていたんだが――もしかしたら、どこかで無神経なことを言ってしまったのかもしれないな」
アヤさんはそう、困ったように笑った。
この人は純粋なんだな。
――――アヤちんはさー、あれで隙が多いってか……人を疑うことを知らないんだよね。
ミミさんの言ってたことを今さらながらに実感する。
誰もが憧れるA級探索者。ブルザークの人気配信者。人望に溢れた小隊長。
そして名古屋魔災で八面六臂の活躍をした英雄的存在。
それも彼女の一側面。
だけど、この人は普通の人なんだ。
それをミミさんは知っていたんだろう。
だからあたしに任せてくれたんだろう。
「……ね、アヤさん。いつでもあたしを頼ってくれていいですからね。これでもあなたの隊員ですから」
「ああ、もちろん。危険度の高いダンジョンに挑むときは、ぜひパーティに入ってくれ」
「それも嬉しいけど、そうじゃなくて! 何か悩みとか、困ったことがあったら、ってことです!」
「あ、ああ……わかった」
困惑しながら頷くアヤさん。
……そう言えば、この人が初めてだったかもしれないな。
パーティから追い出されてから、あたしを……あたしという探索者を、求めてくれたのは。
* * *
清良アヤのスマホにとある連絡が来たのは、その日の夜だった。
『B級ダンジョンで罠にかかった』
『迷路のように入り組んだ部屋に閉じ込められ、小隊員ともども脱出できない』
『今は恐ろしいモンスターの目から逃れて息を潜めている』
『しかし、見つかるのも時間の問題だ』
『これまで迷惑をかけ通しだった自分が言えることではないのはわかっている』
『それでもどうか、助けてほしい』
その内容を見て、入浴を終えて就寝前のストレッチを始めようとしていたアヤは、迷うことなく家を飛び出した。
相手が誰だろうと関係ない。
助けを求められたのなら、力を尽くして応える。
それが清良アヤという人物の生き方だった。
名古屋魔災の時と同じ。
大量のモンスターを屠り、数体のドラゴンまでも撃破した。
輝かしい経歴として語られることの多いその活躍だが、事実とは少し異なっている。
あの時、アヤの後ろには逃げ遅れた一般市民が居た。
退くわけにはいかなかった。
ドラゴンたちは、一体でもアヤを圧倒する強さ。
それに他の探索者は、雪崩のように湧き続けるモンスターを相手取っていることで、救援に来ることはできない。
孤立無援。間違いなく絶望的な状況――勝つことはおろか、時間を稼ぐことさえできるかどうか。
しかし、アヤは折れることなく立ち向かった。
竜の吐き出す火炎を、強靭な爪を、翼撃を――その身に受け、それでも倒れなかった。
のちに彼女は言う。
あの時の私には得体のしれない力が宿っていた。
それはきっと、守るべき誰かが居たからだ。
面識のない誰かのためであろうと死力を尽くして戦える。
それがアヤの美点だ。
しかし、この日。
その美点は、悪意によって穢される。
アヤの元に届いたメッセージ――送り主は、千田ガイだった。
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