41.ロッカー・イズ・ボーン

 ワープポイントを通り足を踏み入れた次のフロア――ボス部屋は、黒雲に上空を覆われた荒れ地だった。

 ゴロゴロと雷鳴が轟く中、あたしの見据える先には、ボスが鎮座している。


 骸骨だ。

 豪奢だが古びたマントや錆びた貴金属を身に着けた、いかにも”大物”っぽい出で立ち。

 だけど最も目を引くのは、骸骨の抱えるエレキギターだった。

 いや、あれはエレキギターと言っていいんだろうか。見るからに骨で出来ている。


「確か『雷電大公』だっけ」

 

 注視すると、確かに思った通りの名前が表示される。

 目撃報告の少ない、比較的新しめのモンスター。

 

 動物と同じく、モンスターにも新種が見つかる場合がある。

 逆に、発生が途絶えてしまったと見られる――いわば絶滅種も年々増加しており、ダンジョンの中にはモンスターによって一種の生態系が構築されているとされている。


 これは余談だけど、基本的に新種の方が以前から発見されているものより、同じ危険度でも強い傾向にある。

 いつか探索者は進化したモンスターに歯が立たなくなるのではないか――というのが一部の専門家によって囁かれている。


 何が言いたいかっていうと、このエレキギターガイコツ……雷電大公は侮れない相手だってこと。

 階級はC相当だけど、かなり強い。

 ましてや今のあたしは丸腰だ。


「よっし、張り切っていこう!」


 勢いよく駆け出しながら、あたしは大公の情報を思い出す。

 弱点は人間でいう心臓部分。肋骨の内側に浮いている赤いコア。

 刀があれば骨の隙間に刃を差し込むこともできただろうけど、素手じゃキツイな……。


「うん、とにかく殴ろう」


 結局のところそれしかない。

 意気込んでいると、大公は飛び上がり、着地すると同時にギターをかき鳴らす。

 ドン、という重い地鳴り。空間を震わせる激しい音色。同時に、頭上の黒雲が騒がしく雷鳴を轟かせた。


「やばっ……」


 見えた。荒れ地のあちこちに雷が着弾する軌道が。

 だけど思わず立ち止まってしまったあたしに落雷の一本が直撃する。


「ぐううううっ!?」


 激痛と共に身体から力が抜け、膝をつく。

 痺れて動きづらい。

 何とか顔を上げた先では、雷が落ちた地点から次々にガイコツのモンスター……『スケルトン』が這いだしていた。


 攻撃と共に部下を召喚するボス。

 素手で戦うこのダンジョンで、対多数戦は……かなり厳しいぞ……!


「まあでもゾンビの集団とかよりはマシかな……?」


 とにかく冷静になろう。

 数ある素手の弱みのひとつはリーチの無さ。

 相手が単体ならそこまでのデメリットじゃないけど、複数の敵に囲まれてしまうと最悪だ。

 例え雑兵が相手だとしてもタコ殴りにされかねない。戦いは数だ。


 先ほどの戦いで手に入れた『徒手空拳』でどれだけやれるかといった勝負になってくるのかな……。


「…………いや」


 ゆっくりと迫ってくるスケルトン軍団、そしてまたもやギターの弦に指をかける大公を前に、ひとつのアイデアが降ってくる。

 そうだ。武器が無いならこの場で調達してしまえばいい。


 あたしは一番手近なスケルトンに目を付けた。


「よこせ!」


 前提として、スケルトンというモンスターは手ぶらである。

 攻撃パターンは噛みつきかパンチ、それと抱き着き。

 ならばスケルトンからどう武器を調達するのかというと――――あたしは渾身の両手チョップをガイコツの両肩にそれぞれ叩き込んだ。

 

 木の枝が折れるような乾いた音と共に、スケルトンの両手がへし折れて地面に転がる。

 これだ。


「武器ゲット!」


 腕骨の二刀流。

 間に合わせだけど、これがあたしの武器だ。

 

 喜んだのもつかの間、電流のような感覚と共に落雷を察知する。

 夢魔との戦いで習得した『未来視』だけど、精度と速度の高さに伴って反動が重くて取り回しが悪いので、普段は以前の『第六感』にスケールダウンして使用することにした(そんな器用なこと出来るんだ、と自分でも驚いている)。


 さっきは不意打ちで食らっちゃったけど、今は問題なく避けられる。

 学習学習。一度食らった技をみすみす受けるほどあたしは甘くない。

 

 群がるガイコツの群れを腕骨で薙ぎ払う。

 なかなかの固さだ。思い切り振るえばスケルトンでも殴り倒せる。


「うわ、砕けた」


 だけど、脆い。全力で叩きつければすぐに壊れてしまう――けど、まだ生きているスケルトンから、次は足の骨を頂戴する。


「待ってろ大公!」


 群れを蹴散らし、道が空く。

 武器は無いけど、スキルは別。『健脚』による速度で、雷電大公へと一気に距離を詰める。

 足骨が届く距離――だけど、大公がにやりと笑ったような気がした。


「…………っ!」


 ギターが閃く。

 骨の指が弦をつま弾くと、大公の眼前にエネルギーが塊となって凝縮され、そこから雷の矢がいくつも発射された。

 何とか回避する――だけど、両手の武器……足骨が打ち砕かれる。

 握った手元だけを残して、骨がへし折れてしまった。

 大公の狙いはあたしに直接当てることよりも、武器を奪うことだったらしい。


 今すぐこの大公から離れて、残ったスケルトンからまた調達するか。

 いや――――


「倒す! 今ここで!」


 まだまだスケルトンは何体もいる。

 その全員が、大公と対峙するあたしに後ろから接近してきている。

 追いつかれたら、また乱戦に持ち込まれる。そうなればジリ貧だ。

 そしてまた骨を奪おうとした場合、背を向けたあたしに大公は容赦なく追撃してくるだろう。


 だから引かない。迅速に、このボスを仕留める。


「骨キック!!」


 骨は全く関係ないヤクザキックが大公の胸部に突き刺さる。

 身一つとは言え、『徒手空拳』が適用された脚が大公の肋骨にヒビを入れた。

 どうやらあたしが握りしめた骨の残骸は武器の判定から外れているらしい。


「骨パンチ! 骨パンチ! 骨キック! 骨……パァァァァァンチ!!」


 ばき、べき、ごき、ぼき。

 人体から鳴ってほしくない破砕音が次々に響き、雷電大公の身体が砕けていく。

 もうギターを弾く腕はへし折れてしまっていた。

 かわいそう。


「骨……っ、あ、もう死んじゃった……」


 一心不乱に殴っていたら核ごと叩き潰していたらしく、雷電大公は黒い塵となって消えていく。

 振り返ると彼(?)が召喚したスケルトンたちも同じ末路を辿っていた。


《スキル:雷轟を習得しました》


 息をついていると、そんなメッセージが躍り出る。


「わ、またスキルゲット? 運良いなあ今日」


 また強くなれた。

 久々の夢遊郷攻略だったけど、この達成感はやっぱりたまらないものがある。

 

 夢魔がらみの使命感とは別に、これからも鍛錬は続けていきたいな。

 改めてそう思い、あたしは『徒手の迷宮』から帰還するのだった。

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