15.VS深淵の鎧武者

 展望台に足を踏み入れると、二つの影が見えた。

 あたしは躊躇うことなく走り出す。

 

 片方はボス。事前情報通り、鎧武者のようなモンスター。

 顔は格子のようなものに遮られてよく見えず、その奥には金色の瞳が爛々と輝いていた。


 鎧武者はその手に携えた真っ黒な刀を振り上げ、もう一つの影――探索者らしき女の子へ向かって今まさに振り下ろそうとしていて――――


「……セーフ……!」


「…………え?」


 呆けたような声が背中から聞こえる。

 間に合った。

 間一髪のところで滑り込み、短剣で黒刀を受け止めた。


「……っ、重っ」


 鎧武者は力で押しこもうとしてくる。

 今は何とか耐えられているが、あたしより向こうの方が強い。

 この拮抗は間もなく破られてしまうだろう。

 なら、その前に。

 

「ここはあたしに任せて、君は逃げて!」


 振り向いてそう叫ぶ。

 そばに撮影用ドローンを連れた、小柄で可愛らしい女の子だ。明るい髪のツインテールに、くりくりとした大きな目が幼さを強調しているが、今は涙でいっぱいに濡れていた。


 ショップで買ったものか、アイドル衣装っぽい装備に身を包んでいる。

 豊かな胸元に添えられた手は、恐怖からか可哀想なくらいに震えていた。


「で、でも……っ」


「いいから早く! 庇いながら戦える自信ないっす!」


 そう言ってやると、こくりと頷き、よろめきながらも一目散に逃げていった。

 これで心置きなく戦える。

 あたしはあえて力を抜くと、相手の力を利用して倒れ込み、勢い余ってつんのめった鎧武者の腹を蹴り上げた。

 

 硬い。

 鎧の上から攻撃を通すのは得策じゃ無さそう。

 

 蹴られて身体を浮かせた武者は、乱れた体勢のまま、その鈍重そうな見た目からは考えられない奇怪な動作で真下のあたしに向かって無理やり黒刀を振るう。


「うおわーっ!?」


 紙一重で刃の軌道から逃れ、想いきり飛び退る。

 切り裂かれた木張りの床に恐ろしい裂け目が残った。

 『第六感』が無かったら死んでたかも……!


 だけど、これでひとまず仕切り直し。

 相手の姿を注視すると、名前が表示された。


「『深淵の手』……」


 知らないモンスターだ。

 あたしは日夜ダンジョンの知識を入れまくってるけど、こんな名前には聞き覚えがない。

 これも”異変”の影響かな。


 考えていると、鎧武者は亡者のごとく不気味な動作で一気に踏み込んできた。

 なんだか、人型なのに人間とは思えない動きだ。力が入っていないように見えるわりにやたら素早い。

 大上段から振り下ろされた刀を、あたしはとっさに横に回避した。


 『心眼』で確認すると、弱点は……妙なことに全身を動き回っている。なんだこれ。

 でも、場所以前に全身を鎧に覆われていて斬れそうにない。


 鎧武者は振り下ろした刀を、そのまま持ち上げるようにしてあたしへ向かって振り上げる。

 早い。だけど『第六感』が教えてくれるおかげで、この不気味な動きにも対応できる。


「『斬空』!」   


 『トルネード・グリフォン』を倒して得たスキルを発動した。

 短剣の刃に風が舞う。

 あたしは鎧武者とすれ違うようにして、その脇腹を切り抜けた。


「やっぱり通らないか」


 とてつもなく頑丈な鎧だ。

 『斬空』で切れ味を上げてなお、浅く傷跡を刻むだけに留まった。

 とにかく攻撃を続けなければ。そう考えたあたしの足元が、がくんと崩れた。

 

「足を取られた……!?」


 驚くべきことに鎧武者はこちらに背を向けたまま、あたしの足を掴んで引き倒したのだ。

 やっぱり変だ。筋肉と骨と神経で動いているとは思えない、まるでマネキンがひとりでに動いてるみたいな……。

 違和感がますます大きくなる中、逆手に持ち替えられた黒刀があたしの肩を切り裂いた。


「ぐ、うう……っ」


 とっさに身体をよじったおかげで傷は浅い。だけど出血は免れなかった。

 痛い。感知スキルがあろうと避けられなければ意味がない。


 この鎧武者、やっぱり強い。体感ではグリフォンに勝るとも劣らない。

 だけど、あたしだって強くなったんだ。

 これくらいの窮地――乗り越えてみせる。


 あたしは鎧武者と同じように短剣を逆手に持ち替え、まずあたしの脚を取る腕の手甲の継ぎ目に突き刺した。

 ぶしゅ、と青い体液が噴き出し、足を掴む力が緩む。

 

「あたしが死ぬか、あんたが死ぬか……勝負!」 


 素早く立ち上がり、背中を向けたままの鎧武者――その腰辺り、鎧の継ぎ目に短剣を突き刺す。

 柔らかい。再び体液が流れ出し、短剣を伝ってあたしの腕を濡らす。

 何か切っ先に蠢くような感触がして、それを無理やり抑え込むように叫んだ。


「唸れ『斬空』!!」


 刃に風を纏わせるスキル、『斬空』を全開にする。

 注ぎ込まれた魔力が風となり吹き荒れ、鎧の内部を切り刻み、青い体液を撒き散らした。


「うわっ!」


 巻き起こる暴風は、あたしまでをも吹き飛ばした。

 くるくると空中で回転する中、風で吹き散らされた鎧のパーツが飛散するのが見える。

 

 あたしはとっさに体勢を立て直して着地。

 武者に相当なダメージを与えたはずだ。そしてあの頑強な鎧は剥がれた。


「これで……え」


 鎧の中身が完全に露出していた。

 あたしは、その中身はアンデッド系だとばかり思っていた。


 だけど、その実態は――――名状しがたき触手の塊。

 うねうねと蠢く大量の触手が、風の刃で刻まれた全身の傷から青い体液を流している。

 体内のあちこちには金色の光が星のように流れていた。これ、もしかして武者の目だと思ってた部分?


「うええキモっ! 『深淵の手』って……触手じゃん!」


 見ているだけで正気を失いそうだ。

 だけど気持ち悪がっている場合ではない。

 『第六感』による予兆の感知――直後、大量の触手が、その体表にびっしりと棘を生やしてあたしに向かって襲い掛かってきた。


「…………っ!」 


 見渡す限り、視界を埋め尽くすばかりに広がり迫りくる触手の群れ。

 あたしは、ためらうことなく駆け出した。

 触手の合間を突き抜ける。正面から向かってきた触手を切り落とす。

 だけど、ダメだ。相手の手数が大きすぎる……!


 避けきれない。そう悟った瞬間、横薙ぎに向かってきた強靭な触手があたしに直撃した。


「が、は……!」


 砲弾のように吹き飛ばされたあたしは壁に激突する。

 ずるずると床に落ち、べちゃりと横倒しになった。

 

(やば、死ぬ)


 触手の一撃で出血がひどい。

 こうしている間にも、『深淵の手』は無数の触手をもたげてあたしにとどめを刺そうとしている。


『マスター、マスター!』


 耳元でシープの声が聞こえる。

 どうしよう、あたしが死んだらシープはどうなるんだろう。

 だけど身体がろくに動いて――――


『バニーを着ましょう!!』


 なんて?


『あの装備の効果があればまだ戦えます』


 …………えー。

 

 いや、迷ってる場合じゃないか。

 あたしは『次元孔』を発動する。この黒い穴はモノを収納できるだけでなく、装備の換装も行える……ということに最近気づいた。

 便利だけど使う機会がないなぁと思っていたら、まさかこんな局面だとは。


 軽く念じると、あたしのジャージが一瞬にしてバニースーツ……『活力の兎衣』に切り替わる。

 途端、全身の傷が癒されていくのを感じた。

 装備者に自動回復リジェネ効果を与えるのがこの服の力。

 

 この服装は不本意だけど、まだ戦える!


「よし、行くぞ!」


 立ち上がり、目の前まで襲い掛かってきていた触手を躱す。

 さっきよりあたしの速度が上がってる。これもこの装備の力か。

 

 斜めから来た触手に飛び乗り、走り、飛び降りるついでに切る。

 切って、走って、切って、切って、走って――――強化された速度と『第六感』の合わせ技で、あたしは圧倒的物量を切り開く。


 バニーを着てから、おそらく10秒もしない時間だっただろう。

 あたしは触手の中心、イソギンチャクのような身体の基盤へとたどり着く。

 

 弱点は、そこから生える亡者の頸のような器官。

 風を纏わせた刃で一閃。

 すると全ての触手が動作を停止し、バタバタと床に倒れていった。

 

「……ふう。なんとか倒せたー……」


 黒い塵になって消える触手。

 その後には、青く禍々しい魔石と、豪奢な宝箱が現れていた。

 

「そう言えばこのボスドロップを目当てに来たんだっけ」


 襲われてる子を見て完全に頭から飛んでいた。

 ともかく、ドロップだ。おそるおそる宝箱を開けると、その中にあったのは――黒い刀。

 ボスが使っていたものだ。


「うおー、刀! これならあたしの『業物』とか『斬空』にも合う!」


 名前は『禍月まがつき』。

 敵を倒せば倒すほどその切れ味を増し、さらに使用者の生命力を与えることで一時的だが爆発的に強化されるらしい。

 異変ボスドロップにふさわしい、まさに”業物”だ。

 ……なんか妖刀っぽくてちょっと怖いけど、まあ大丈夫でしょ! かっこいいし!


「さて、そろそろ帰、ろ……」


 言葉を失った。

 帰還システムを発動させようとスマホを取り出し、踵を返すとそこには――ミキとハスミと、サヨちゃん。

 元パーティメンバーであり、親友だった彼女たちが、唖然とあたしを見つめていた。

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