14.異変・天守閣

 ガコン! とけたたましい音を立てて自販機横のゴミ箱が倒れる。

 苛立ったミキちゃんが蹴り飛ばしたせいだ。


「レムのやつ……生意気なんだよ。サヨもそう思うでしょ?」


「う、うん……」


 思っても無いことを口にして、胸がずきりと痛む。

 ミキちゃんとハスミちゃんはここ最近、ずっと機嫌が悪い。

 理由はひとつ。レムちゃんのことだ。


 私たちのパーティから追い出されたレムちゃんは、生き残っていたばかりかソロでダンジョン探索を始めていた。

 しかも、最近はいくつものE級ダンジョンをクリアしているらしい。


 いったい何があったんだろう。

 いつの間にそんなに強くなったんだろう……。

 

 その知識と優しさでこのパーティを陰から支えてくれていたレムちゃん。

 だけど自分自身の実力が伸びないことにいつも悩んでいた。


 私が言えたことではないけど、生きていてくれて本当に嬉しかった。 

 本当はまた話したい。謝りたい。


 なのにどうしても勇気が出ない。

 あの子を見捨てた私にそんな資格があるのかと、どうしても思ってしまって――ううん、そんなのはただの建前だ。


 本当は……怒っているんじゃないか、恨んでいるんじゃないかって……そんな保身ばかりが頭に浮かんで、私の勇気を腐らせる。

 あのときだって私は自分が死ぬのが怖かったから、レムちゃんを捨ててミキちゃんの後を追った。

 レムちゃんが罠部屋に閉じ込められたら死ぬってわかってたはずなのに。


「ねー、ちょっとサヨ、聞いてるー?」


「え?」


 自己嫌悪に陥っていたところから顔を上げると、ハスミちゃんが私の顔を覗き込んでいた。


「ほら、最近話題になってる異変ダンジョンあんじゃん? あっこ行こうよーって話してたんだけど。聞いとけってー」


「う、うん……ごめんね」


 異変ダンジョン。

 その噂は私たちの耳にも届いていた。

 レムちゃんが徐々に活躍し始めていることに業を煮やしたミキちゃんたちは、件のダンジョンをクリアすることで箔をつけようという考えみたいだ。


 今はそこに向かっているところ。

 異変ダンジョンは隣町の高校の校庭に出現しているらしく、その関係でその学校は現在休校になっているらしい。


(こわいな……)

 

 気が進まない。

 私たちでクリアできるんだろうか――そんな不安を抱えて住宅街を歩いていると、その学校の校門が見えてきた。

 門は警察が使うようなバリケードテープが張られていて、一般人は通行できないようになっている。


 そんな門に、すでにテープをくぐって通ろうとしている”先客”がいた。


「ねえ、あれレムじゃね?」


 ミキちゃんが指さす先にいるのは確かにレムちゃんだった。

 内容は聞こえないが、何やら独り言をつぶやきながら門を通っている。

 どくり、と心臓が高鳴った。


「えー? もしかしてあいつ異変ダンジョンに行く気?」


「さすがに無謀っしょ。レムがソロでクリアなんて出来るわけないじゃん」


 そうかな。

 今のレムちゃんの実力は知らないけど、今見えたあの子の横顔に、不安みたいなものは感じられなかったよ。

 ただ前だけを見て進んでる人の顔だったよ。

 そう言いたかった。でも、言えない。

 

 レムちゃんは……後ろばかり見てる私とは、違う。


「どーする? ミキ」


 ハスミちゃんから問われたミキちゃんは、少し考え込むと、にやりと嫌な笑顔を浮かべた。

 

「後を尾けてやろうよ。あいつが道中でやられたら笑ってやればいいし、ボス戦でやられたら削れたボスを私らが仕留めればいい」


「それいーね。行こ」


 ケラケラと笑いながら二人は歩き出した。

 私は……迷ってから結局後を追う。

 二人を止めることが、私には出来なかった。

 

 レムちゃんなら、できるのかな。


 * * *


『マスター。そのモンスターを倒したら、次は向こうの階段です』


「わかってる……よ!」


 ダンジョンの内部は日本城の天守閣のような内観だった。

 ただ、構造はかなり複雑だ。階段と床が異常な組み方をされており、まるで迷路のようになっていた。


 そんな中、あたしはモンスターと対峙している。

 白い着物にやたら長い黒髪と、貞子のようなモンスターが薙刀を豪快に振り回してくる。

 短剣で何とか受けるものの、とてつもない馬鹿力だ。

 打ち合いは得策じゃない。


「……今だ!」


 『第六感』で得た刺すような感覚に従い、あたしは大股で一歩踏み込む。

 同時に貞子は飛び上がった。そのまま薙刀を振り下ろしてくるつもりだったんだろうけど、あたしはその下をくぐり抜けた。

 直前に攻撃がわかっていたからこその対応だ。


「ガアアアアァァァァ!」


 甲高い叫び声とともに振り下ろされた薙刀が床に突き刺さる。

 抜けないでしょ。

 あたしは『心眼』で弱点を確認する。頭か心臓。


「ふっ!」


 振り返り、貞子の背後から心臓に短剣を突き立てる。

 そのまま全力で切り払うと、貞子は糸が切れたように倒れて消え去った。

 後に残った魔石を拾って、『次元孔』に収納する。


「うーん、強かったなぁ。全然E級レベルじゃない」


 朽ちた床の穴から下を覗くと、結構な高さまで登ってきたのがわかる。

 このダンジョンで、すでに何度もモンスターと戦ってきたが、ここまで戦ってきた相手はどれも粒ぞろいだった。

 気を抜けば命を落とす危険を感じさせる、そんな強さだ。


『異変の影響で通常のモンスターも強化されているのでしょう。濃く、禍々しい魔力が満ちています』


 あたしのそばでふわふわ浮いてるシープが神妙な調子で所感を述べる。

 確かに、いつものダンジョンと比べても嫌な空気を感じる。

 城の外を眺めると、真っ赤な空がいっぱいに広がっていた。

 

 見上げれば頂上は――展望台は近い。

 シープがさっき言っていた階段を駆け上ると、そこには三人の探索者がいた。

 男の子が二人、女の子が一人。その全身は光に包まれていて、今まさに帰還機能を使っているのだと分かった。

 

 たぶん、まだボスは倒されていない。

 なら逃げ帰ってきたんだろうか。

 彼らはあたしの方を見ない。そんな余裕がないのか、三人の表情は揃って焦燥感に支配されていた。


 あたしは固まっている彼らの横を通り過ぎる。

 すると、囁くような声が聞こえてきた。

 

 ――――俺たち、悪くないよな。


「……え?」


 振り向いた途端、帰還機能が発動し、彼らの姿はダンジョンから消えた。

 何か嫌な予感がして、向こうに見える階段を目指して歩き出した途端、上階から悲鳴が聞こえてきた。


「的中早いなあもう!」


 何が起きているのかはわからないが、立ち止まっている場合じゃない。

 嫌な鼓動を感じながら、あたしは駆け出した。

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