釣り 向日葵 靴
今回はヤマシタ アキヒロ様より「釣り」、そして以前、帆足じれ様からいただいた、「向日葵」「靴」を三題噺に仕上げてみました!ご協力、ありがとうございます!
さて、段々と慣れてきた三題噺ですが、今回は更にルールを追加して挑戦しました。
「頂いたお題を、各々、作中一回しか登場させない。」と言うものです。皆様のお口に合うといいのですが……。
そうそう、前回の「深夜2時」で、「同じお題で書いてみたい」と言うコメントをいただきました。ありがとうございます。とっても面白そう!
もし同じお題で書いた方がいたら、コメントで教えてください!必ず見に行きます!色んな視点から同じお題を捉えるの、楽しそうですよね。
では、「釣り」「向日葵」「靴」の三題噺、よろしくお願いします!どうぞ!
…………………………………………………………
「こんばんは。」
声をかけられて、夜空を見上げていた私はハッとした。
振り返ると、ご同輩が道具を持って立っている。
「隣、いいですかね?」
と言われて私は、ええ、どうぞ、と低い声で返す。
夜の闇の中、相手は帽子をかぶっているのでわかりずらいが、相手の口元に笑みが浮かんだ様にも見えた。
お相手は少し離れたところに陣取ると、いそいそと用意をし始めた。
今夜の堤防は静かだ。
いつもならもう少し同好の士たちが、糸を垂らしている物なのだが、今夜は何故か、彼が来るまで私一人だった。
成果は丸坊主。いつまで経っても浮きが沈むことはなく、私も半ば諦めて、暗い闇の向こうで打ち寄せる波を、静かに聴いていた。
ちょっと、仕事で嫌なことがあった。
些細なミスと不運が重なって、大きな損害が出た。方々に謝罪をして回るなかで、かなり痛烈なことを言われたし、上司や同僚からも、随分となじられた。
責任転嫁するつもりはないが、俺だけの責任でもないのに……と思っても、俺に反論する権利はなく、精神はだいぶボロボロになった。
まあ、それでも事後処理が終わり、やっと時間が空いたので、趣味の夜釣りに来た。
成果が無くても、こうして糸を垂らして潮騒を聞いているだけで、鬱憤は静かに引いていった。
隣にご同輩が来てから、どのくらい経ったろうか。
「どうですか?」
という声に振り返ると、先ほどのご同輩がいつのまにか、両手に缶コーヒーを持って横に立っていた。
「いえ、今夜はさっぱりです。」
「私の方も中々来ません。今日はお互いハズレの様ですね。」
そう言いなが、缶コーヒーを差し出してきた。
それほどコーヒーは好きじゃなかったが、断るのも悪いと思い、すみません、と受け取った。
すると相手は、
「ちょっと、失礼させてくださいね。」
と言うと、俺の隣に座った。
話し相手が欲しいんだろうな、何となく察した俺は、構いませんよ、と彼の方にあった道具を避けた。
そして、胸ポケットからタバコとライターを出すと、相手にスッと差し出す。
お相手は一瞬考え込んだが、軽く手を挙げると一本とって咥え、俺はライターで火をつけた。
夜の闇に、一瞬ライターの小さな火が灯り、お相手の顔が見えた。
おそらく五十がらみの中年男性だった。
自分も一本くわえると火をつける。お互いにしばし紫煙を
ちびちびと口に運んでいると、
「少しだけ……話を聞いてもらってもいいですかね?。」
と男は言ってきた。
どうせ坊主だし、何と無く帰る気もなかったので、
「いいですよ。」
と返事をした。
男は、ありがとうございます、と言うとぽつりぽつりと話し始めた。
「私がまだ、小学生だった時の話なんですけどね……。
クラスに、仲のいい友達がいた。
昔からの腐れ縁で、保育園から高学年になるまで、ずっと同じクラスだった。よくふざけて二人で悪戯をして、先生に怒られた。
下校途中、禁止されていた買い食いを駄菓子屋でして、二人で公園で分け合った。
人様の畑の中に入って、背の高い作物の間に、二人の秘密基地をつくった。
茂みに落ちていた卑猥な雑誌をみつけて、二人でゲラゲラ笑っていた。
ある夏の日、クラスメイトの私物が盗まれると言う事件があった。目新しいタイプの文房具で、そのクラスメイトはみんなに自慢げに見せびらかしていた。
昼休みに遊びに出て教室に戻った時には、すでにクライスメイトの筆箱からそれはなくなっていた。
昼休みに入る前に友人に見せびらかしていたこともあって、ちゃんと筆箱に戻した所を何人かが見ていた。そのため、盗難が発覚した。
先生に泣く泣く訴えた結果、緊急で犯人探しが行われた。
誰が捕ったんだ、正直に言え、と担任は鬼の形相で言った。当時は体罰なんて当たり前だったし、担任は筋金入りの鬼教師だった。
皆怖がって俯く中、私は何と無く犯人の察しがついていた。
友人だった。
その文房具をとても羨ましそうに見ていたし、盗まれたクラスメイトと言うのは、友人が好意を持っていた女の子だった。
さらに、その昼休み、校庭からふと教室を見上げた時、妙にコソコソしている友人が教室にいたのを、窓の外から見かけたのだ。
私は黙っていた。名乗りでなければ、おそらく犯人は見つからない。うやむやになる、と踏んでいた。
誰も名乗り出ないと見た教師は苛立った顔をして、
「全員の持ち物検査をする。」
と言った。
思わず、友人の方を見ると、真っ青な顔をしていた。
ダメだ……これは庇うことはできない。
私は諦めて、教師の言う通り、ランドセルを机に持ってきた。他の生徒たちと同様、自分の持ち物を机に広げる。
そして……私のランドセルから、例の文房具が、転がり出てきた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
なぜ?なんで?
私が逡巡していると、隣の席から、
「あ、それ!」
と言う声があがった。
ち、ちが……!
私がしどろもどろになっているうちに、鼻息荒く教師が近づいてきて、私に平手打ちをした。
ひどい音がして、耳鳴りがした。痛みで涙が溢れて声にならない。教師が喚きながら、私の言い訳も聞かずに
私は、助けを求めて友人を見た。
友人は私と目が合うと……顔を背けた。
私は……信じられなかった。
今まで、あんなに一緒に遊んだ友人が、たったこの数分で、私を見捨てた。私は彼を守ろうとしたのに、彼はあっさり私を見限った。
生まれて初めて……絶望というものを味わった。
結局、親が呼び出され、女の子のご両親にまで謝罪をした。
私は、違う、私じゃない、あいつが私のランドセルに入れたんだ、と主張したが、親は私の顔を
その日から私は、泥棒と呼ばれる様になった。
当時の学校なんて、村社会と同じだ。一度あぶれてしまえば、あとは格好のイジメの対象になった。
誰も、私の言い分を聞くものはいなかった。友人は私と目を合わそうとせず、話しかけてくることも無くなった。
そしてあの日、私は、通学路で待ち伏せをして、下校途中の友人の前に立ち塞がった。私が現れると、友人は青い顔をして、ブルブルと震えていた。
私がついてくる様に言うと、友人はしぶしぶ私の後についてきた。友人なりに、罪悪感があったのだろう。
無言で二人は歩き、この辺で一番大きな
高台から見ると、一面敷き詰めた様に黄色い花が広がっているのだが、中に入ってしまうと、周りからはほとんど見えない。夏限定の、私たちの隠れ家だった。
人目につかない程度に奥まで進んで立ち止まると、私は本題を切り出した。
頼む。本当のことを話してくれ。
もう、耐えられない。つらいんだ。
私はつらい胸の内を、友人に曝け出した。
友人は蒼白になりながら、私の訴えを聞いていたが、なかなか首を縦に降らなかった。
事実が明るみに出れば、今度は自分がイジメの対象になると、分かりきっていたのだろう。
でも、友人なら……私の気持ちを汲んでくれると、心のどこかで期待していた。
「……知らない。お前が勝手にやったんだ。」
とうとう友人は、視線を彷徨わせながら、そう言い放った。
「お前の荷物から見つかったんだ。お前が犯人だ。俺は何も知らない。俺に構うなよ。どっか行けよ!」
それを聞いた瞬間、私の中で何かが弾けた。
全力で友人に掴み掛かると、地面に押し倒す。不意を突かれて友人は驚いた顔をしていたが、しばらく二人は揉み合った。
そして……私は友人に馬乗りになると、手近にあった拳より大きい石を拾い……思い切り振り下ろした。
鈍い手応えと共に、友人の額が割れる。
声にならない叫びをあげる友人に、私は何度も何度も、石を振り下ろす。
友人の叫びは、短い呻きにかわり、返り血が私の顔に飛ぶ。それでも構わず、私は石を振り下ろし続けた。
……どのくらい経ったのだろう。
泣きじゃくって息を切らしながら我に帰った私は、ピクリとも動かなくなった友人を見下ろして、血の気が引いていくのを感じた。
あっ……。
やってしまった。
そう感じた私の手足がガタガタと震え出し、一目散にその場から走り去った。
耳を閉じ、喚きながら家まで走って私は、体についた血糊をあらい、血のついた服を袋に入れて捨てた。そして、自分の布団に潜り込むと、ガタガタと震えた。
取り返しのつかないことをしてしまった……警察がくる……もう逃げられない……。
人生が終わってしまったことに気がついて、私は一睡もできぬまま一晩過ごした。
あくる朝から、私は熱を出した。
40℃を超える高熱の中、朦朧とした意識に、友人の顔が何度も浮かんできた。
時にそれは、幼い頃の仲の良かった友人の顔であり、またある時には、血まみれの形相だった。
私は混濁した意識で、三日三晩、うなされ続けた……。
「……でもね、結局、友人の遺体は見つからなかったんですよ。」
男はタバコをふかすと、遠い目をしながら、細く紫煙を吹き出す。
「無論、捜索願いは出ていた。警察も動いていたし、地方ニュースにも行方不明の記事が出ていた。
でも……どれだけ経っても、友人の遺体発見の記事は出てこなかった。
私のせいで村八分状態だった両親に連れられて、地元を離れる頃になっても、友人の遺体が発見されることはなかった。」
「クマが出る様な田舎だから、もしかしたら野生動物が友人の遺体を持っていったのかもしれない。
実際がどうだったかは、分かりません。私もわざわざ確認しに戻るつもりはなかったですし、気がつけばこの歳になっていました。」
俺は、黙って海を見ていた。
男が話す内容の、真偽がわからない。悪趣味な妄想癖かもしれないし、仮に真実だとして警察沙汰は真っ平だった。
でも、俺は黙って耳を傾けていた。
「不思議なもんでね。最近、友人が私の夢に現れるんですよ。それも、一番楽しかった幼い頃の姿で、私の名前を呼んでいるんです。
近頃じゃ、私が目覚めてても、ふと目の前に立って、こっちを見てるんですよ。
ほら、ちょうどあんな風に。」
男は海の方向を指差して、静かに笑った。
私は、男が指差す方向に視線を向けた。
当然、そこには真っ暗な夜の海と、穏やかな潮騒があるだけだった。
俺は、背筋を冷たいものが落ちていくのを感じた。
真っ暗な水面で魚が跳ねた音がした。
そこそこ大きい魚が跳ねたのかと思って、水面に目を向けるが、そこには真っ黒く何もない空間しかなかった。
俺は、何かを聞こうとして、横を見た。
堤防には、誰もいなかった。
男がいたはずの場所には、丁寧に揃えられた靴が、一足置いてあるだけだった。
いつからそこにあったのだろう。
所々擦り切れたそれは、風雨にさらされて変色しているように見えた。
俺は深くタバコを吸うと、ゆっくり吐き出し、吸い殻と空き缶を海に投げ捨てた。
そして、身体中が冷たく
背後で、潮騒が変わらず同じリズムを刻んでいる。
何かに急かされるように、俺は堤防を後にした。
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