第35話 風が呼ぶもの

 大竹林の旧街道。

 俺たちは舞姫候補のココノを護衛しながら奥地へと向かっていた。


 大昔、この地に流れついた巫女一族は大竹林の奥に隠れ住んでいたらしい。追手がいなくなり、この地に根づくと決心したときに、住みやすい今のカムンコタンに移り変わったようだ。


 降臨祀。ようは先祖参りだ。


 大竹林の奥地に旧カムンコタンがあり、巫女一族が流れ着いた際、初めて精霊交信を果たした場所がある。舞姫候補はそこで祈りをささげて神秘と契りをむすび、舞姫となる。とのことだ。


 ただ相当辺鄙な場所にあるようで、旧街道はボロボロ。


 というか道らしき道がほとんど残っていない。

 お地蔵さんなる道祖神がたまーに置かれているので、それを目印にして進む。人間を心よく思っていない精霊もいるようで、方向感覚を狂わせたりするらしい。


 なので少人数、そして舞姫候補しか進めない。

 これも試練の内らしく、舞姫を試すように化生がでるとかなんとか。


 いやまあ、ただの野生モンスターなのだが。


 ただ俺が驚いたのは、ココノがきちんと戦える子だったことだ。


「まっけないぞー」


 大竹林にゆるーい声がひびいた。ココノだ。


 彼女の正面には、紅白模様の大きな熊がいる。カムンコタン特有の熊らしい。モンスターらしく爪が異常発達しているが、彼女は臆していない。


「きませい」


 ココノが鉄扇をひらくと、紅白熊が爪を光らせる。

 うおおんっとうなりながら右腕を大きくふりかぶった。しかしココノはとーんっと舞うように避けて、鉄扇を脇に叩きこむ。


「ガウッ⁉」


 紅白熊にそれなりにダメージを与えたようだが、致命傷じゃない。

 熊は反撃をしようとしたが、ココノの本来の持ち味は別にあった。


「かしませかしませー、舞い踊らん。梅にうぐいす!」


 トントントーンと足を華麗にさばき、鉄扇をかまえたまま舞い踊ると、彼女の全身がうっすらと光る。光りから半透明のウグイスが飛び立ち、俺たちの周りを順繰りにくるくると回るように飛んでから消えた。


「グルッ?」


 紅白熊は攻撃呪文がこなくて戸惑っていたが、すぐに敵意を向けてくる。

 が、飛びかかったフィリオの細剣があっさりと熊の首を貫く。


「はっ‼」


 致命の一撃になったようで、紅白熊はずずーんと地に伏せる。

 これで一息ついたと思いきや、大型のクジャク鳥が2匹、空中から刃物のような羽根を飛ばしてきた。


 ココノはトトンッと跳ね避ける。地面に羽根が突き刺さった。


「かしませかしませー、舞い踊らん。花王かおうに蝶!」


 くるり踊ると、今度は蝶が2匹あらわれて、俺とフィリオの武器に宿った。


 どーぞと言いたげな笑顔にしたがうよう俺は剣をふるう。

 斬撃が飛んでいって、見事空中のクジャク鳥を撃墜した。少し遅れて、フィリオが細剣をふるい、残り1匹も飛ぶ斬撃で落としきる。


「みんなー、おつかれさまだよー」


 ココノは明るい笑顔を俺たちに向けた。


 ……驚いたな、舞って戦っているところがキキノそっくりだ。

 神秘で身体能力を底上げしているのだとしても、モンスターを前に臆せず戦えるとは思わなかった。


 舞姫に目覚めていなくても、バッファーとして十分だ。


 というかバッファーが貴重だ。

 本人の戦闘能力が低くても、パーティー全体の継続戦闘能力があがるのが強い。さっきみたいに武器強化されたり、特殊効果が付与されるしな。


 神秘も自然の力を借りたものだから、ものすごく燃費がいい。

 リリィの信仰力、フィリオの魔力が温存できるのは本当にありがたい。


 普段はほんわかしていても、舞は一級品だから舞姫候補になったわけか。


「ハルヤさん、どーしたのー?」

「……いや、ココノはすごいなって」


 俺が褒めると、ココノは照れ照れになる。


「えぇ……そーかな? そ、そうなのかなー。うち、踊りはがんばってきたからねー」


 ココノは、もだもだと嬉しそうに動き回った。

 そうやって調子に乗ったのが悪かったのか、笹の葉でずるりと足をすべらせる。


「ふにゃ⁉」

「おっと……大丈夫かい。ココノ君?」


 フィリオがすぐに背中を優しく抱きとめていた。


「は、はい、だいじょうぶー……」

「よかった。お姫様に怪我をさせるわけにはいかないからね」

「はわー……フィリオさん、王子様みたいー……」


 ココノにキラキラした瞳で見つめられて、フィリオは恥ずかしそうに微笑んだ。

 ほんわか笑顔でいるココノに、リリィが静かに近づく。


「手の甲を少し擦りむいたようですね、見せてください」

「だ、大丈夫だよー……。ちゃんと避けれたし……」

「貴方を守るのが私たちの任務です。それに、一生懸命がんばっている人は労わなければいけませんから」

「ほえー……リリィさん、聖女さまみたいー」

「まあまあ、一介の神官が聖女だなんて、もったいないお言葉でございます」


 ココノの純粋な笑みを、リリィは優しい微笑みで受けとめていた。


 ふふ、三人とも仲がいいみたいだな。

 キキノは神を降ろした舞、神舞しんぶを使えて強かったが、仲間内で会話は特になかった。


 だいたい『……ん』『……そう』『…………わかった』ぐらいで、仲間と積極的に話そうともせず、あんなふうに親睦を深めることはなかったな。あれがココノの良さの一つなのだろう。


 この温かい光に俺のよこしまな気持ちも……気持ちも……。


「うぇいうぇいうぇーい‼ 俺ちゃんも女の子の輪にまぜてほしいーなー!」


 我に返って俺は、慌てて腰をヘコヘコした。


 あっぶねええ‼ 優しい気持ちになるあまり、勇者目線で見守りかけた‼

 本能をむき出せ! 人間みんなドスケベよ! そこで王子様しているやつも聖女面しているやつも、しょせんドスケベなのだ!


「ハルヤさんはどーしたの?」


 ココノは軽蔑したわけでもなく、不思議そう顔だ。


「ハルヤ様は照れ屋なだけでございます。ちょっといい空気を感じて、己を誤魔化したくなったのでございましょう。ちゃんと周囲の警戒は忘れていませんよ」


 リリィに理解されきったように言われてしまう。


 当たらずも遠からずだがよう!

 まあ、隠れていた紅白熊はザックリ倒しておく。


 くっそー、全裸腰ヘコびったんこ踊りをご披露してやろうか。

 ……ココノは泣きそうだし、リリィは逆に利用しそうだし、フィリオならノリノリで食いついてくるか?


 俺がフィリオの反応を想像していると、リリィが治療を終えて近づいてきた。


(それでリリィ、どーよ?)

(どう、とは?)

(彼女の適性を治療の善意ついでに調べたろ?)

(私を理解しきった物言い、なかなかに堪えるものがございますね)


 不服そうな瞳だこと、俺も同じ気持ちだったんだぜ。

 リリィは嘆息つき、フィリオと楽しくおしゃべりしているココノを横目で見た。


(門外漢なので正確には測れませんが舞姫候補になるだけあり、精霊との相性はとても優れているかと。……ただ)

(ただ?)

(…………


 リリィはとてもよろしくなさそうに言った。


(相性が悪いとマズいのか?)

(よくはありません。相性が悪いまま神をその身に降ろすわけですから、本人への負担が相当なものになるかと。なにかしらの反動があると思います。神の力を宿すのは特別なこと。後天的にはそう鍛えられず、天賦の才が必要なんです)


 天賦の才が必要なんですよーと、瞳でも再度訴えられた。

 しらんしらん俺はなーんもしらんな顔で会話をつづける。


(儀式は止めたほうがいいか?)

(神をその身に降ろさなければ問題ありません。降ろす前に本人も異常に気づくでしょうし、私からも注意しておきます。精霊交信は向上するでしょうから、そうですね……ちょっと強い舞姫になるでしょうか)


 それは俺にとって都合のいい話だが、ココノ本人は歯がゆい思いをするだろうな。旧カムンコタンに辿り着く前に、一度彼女とちゃんと話せる機会ができればいいが。


 と、リリィが表情をひきしめた。


(どったの?)

(フィリオ様がカムンコタンでよくない匂いがするとおっしゃっていまして……)

(なんか精霊の調子が悪いみたいだな)

(ええ、フィリオ様も具体的にはわからず、旧カムンコタン方面をペルシャ様に斥候してもらったそうです)

(あの鷹か……それで?)

(近づけずに戻ってきたようで、足にくるんだ紙が濡れていたことから……深い霧がでている可能性があると……ただ、この地方はよく霧がでるそうです。そして旧街道に入ってから匂いが強くなったそうで……こちらは私でも感知できました)


 俺は黙って耳を近づける。

 リリィは周囲を探るように小声で告げた。


(死霊の気配です)


 そのとき大竹林に風がふき、葉がザアザアとこすれあう音がした。


 肌にまとわりつくような生ぬるさは俺に凶兆を感じさせ、『なんかぼちぼちタイミング的に、誰かがオナりそうだよなー』と淫らさをも感じさせた――

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