第4話 人生で一度きりの大事な装備
魔王が没して半年後――俺はいまだ童貞でいた。
童貞を捨てられないのではなく、きちんと計画あってのことだ。
童貞は捨てられるのならば捨てたい。捨てたあとでは羽化した昆虫のように、生物として生まれ変わるとも聞く。
しかしだからと言って、焦りは禁物。
なぜなら童貞は捨てると、二度と装備できないからだ。
童貞は人生で一度しか装備できない。脱童貞時に、失敗でもすれば一生引きずってしまうかも。だがもし素晴らしい体験だったのなら、一生の思い出になるかもしれない。
だからこそ脱童貞のシチュエーションは、練るに練りたいのだ。
交易都市グランニュール。
大河沿いにある大都市で、さまざまな国や町への中継地だ。気候が穏やかであり、荷馬車や船や魔行船(空飛ぶ船)に交通網も豊富ときている。駆け出しから有名どころまで、いろんな冒険者が集まる都市でもある。
グランニュールの大通りは魔導街灯が並び、道も綺麗に舗装されている。
華やかな店が都市を彩り、活気に満ちていた。
俺はここで、ソロ冒険者として生活している。
平凡なブレストアーマーにロングソード。大きめの腰カバンには、便利な冒険道具を詰めている。上級魔術で別空間にアイテムを収納することもできるが……俺はただの冒険者でいるために使っていない。
ふっはっは! 誰も俺を見向きもしないぜ!
以前は気軽に町を歩けなかったな。
小腹を満たすために店に立ち寄れば、やれ『勇者が立ち寄った店!』だの『勇者が座った椅子!』だの『勇者大好物のキノコスープ(一回食べただけ)』と宣伝に使われるわで、プライバシーなんてなかった。
「けど、その勇者はもういない」
俺は静かにほくそ笑む。
魔王クロノヴァは、世間では何者かの手によって倒されたことになっている。
いったい誰が倒したのか、もしや自然死だったりするのか。
臆測と混乱はあったが、平和になったのならと人々は事実だけを受け容れた。
各国の交易も正常化していき、侵入禁止地域もだんだんと解放されている。
開拓と冒険の時代がやってきたのだ。
俺は、大通りの冒険ギルドに足をはこぶ。
数十名の冒険者たちでにぎわうフロアを横切り、受付けで報告を済ませた。
「――はい。フローズンエッグの討伐依頼、受領いたしました」
眼鏡の美人ギルド員が依頼書をたしかめたあと、事務的に言う。
それから俺の冒険者カードに特殊な印鑑を押しあてる。印が一瞬だけ青白く光って、スッと消えると、冒険者カードに記された数字が変動した。
「ハルヤ様のギルド貢献度が規定値に達しました。以後、冒険ギルドからの上級サポートを受けることができます。また、銀鉄位への昇給試験を受けることができますよ」
「ほんと? やった! がんばった甲斐があるなあ!」
俺がにっかりと笑っても、ギルド員は真顔でいた。
冒険ギルドは、冒険者ランクを定めている。
ランクは上から順に【虹鋼】【白金】【銀鉄】【青銅】【灰】だ。
知名度や貢献度でランクが上昇して、ギルドから受けられるクエストやサポートが変わる。白金位の冒険者にもなると、専用ギルドハウスが与えられるぐらいだ。
っつーても白金は上澄み。
強い冒険者はだいたい銀鉄位だ。
「ハルヤ様、銀鉄位への昇級試験を予約いたしますか?」
「……いや、まだいいや。自分のペースでがんばっていくさ」
「さようですか」
ランクがあがれば恩恵もあるが、責任も増える。
魔物の群れをソロ撃破できる白金冒険者にもなれば、国や冒険ギルドからの緊急招集があるしな。それでは以前と変わらない。
ほどほど、稼げればいいのだ。
ほどほどでいいのだ。
「ハルヤ様は青銅位のまま、と……。ですが、ギルドサポートは銀鉄位と同様のものが受けられますよ。魔導鞄もすぐにご用意します」
魔導鞄とは、圧縮魔術が施された鞄だ。
見た目より容量があるので冒険に必須。でも高価。冒険ギルドから有用だとみなされる銀鉄位冒険者から無料でいただくことができる。
「なんだか特別待遇みたいだな」
「ハルヤ様はたった半年……しかもソロで、銀鉄位相当の冒険者まで駆けあがった期待の新人ですから」
眼鏡の美人ギルド員は俺を探るように見つめてくる。
目立つ気はなかったのだが、童貞を早く、気持ちよく捨てたかったからな。
「俺には夢があるからさ」
「さようですか」
眼鏡の美人ギルド員は感情を押し殺したように言った。
たぶん、俺を生理的に嫌っているのだろう。
というのも冒険ギルドに登録する際、登録理由を問われる。
夢や理想……まあ、なんでもいいが俺は半年前にこう答えた。
『ハーレム王に、俺はなる‼』
冒険者が集まっていたこの場所で、はばかることなく大声で。
いや、死に戻り前はかっこうをつけるために『みんなが笑顔になれる世界のため、俺が魔王を倒します!』なんて言ってしまった。そのせいか変に期待されてしまい……まあ勇者ルートへのフラグを叩き折りたかったのだ。
効果は絶大。
今だって、周りの女冒険者たちが小声で話している。
「うっわ……ハルヤがいる……」「今日は厄日だわー」「えー、アイツ銀鉄位になるの?」「品位が落ちるからやめてくれないかなー」
はっはっは! 評判最悪だぜっ!
ちなみに男冒険者からの評判はすこぶるいい。なんならよくしてくれる。
高級娼館の誰々はとてもいい子だとか、娼館のマナーだとか、裏サービスを受ける方法だとか。
エッチで叡智な情報を俺に授けてくれる。とてもありがたい。
童貞を捨てたいのなら女冒険者にもよい顔すべき?
たしかに冒険を通じて仲を深め、愛でアイーンな行為で果てるのは最高だろう。
だが、俺は遊びたいのだ!
後腐れない関係を求めているのだ‼
ゆえに俺の脱童貞計画はこう。
高級娼館でトップクラスの嬢を何人も同時指名して童貞を捨てさり、そのあとは娼館をひたすらにはしごする。
そこから真のハーレムロードがはじまるのだ‼
童貞をこじらせた俺のそんなぶっちゃけを、男冒険者の前で宣言したら。
『あんた勇者だよ!』『あけすけすぎだぜ!』
『勇者!』『勇者!』『勇者!』
俺の正体は明かしていないのに勇者扱いされた。
あれは新鮮な反応だった。死に戻り前は『きどってんじゃねーぞ』と男には若干嫌われていたものな……。
「ハルヤ様?」
考えこんでいた俺は、眼鏡の美人ギルド員に呼びかけられた。
「あ、ああ、ちょっと考えごと。新しいクエストはあるかな?」
「本日付けのものを何件か、案内板に張り出しております」
「お、じゃあたしかめよー。夢のために稼がなくちゃいけなくてさー」
「さようですか」
美人ギルド員は眼鏡の奥で目を細めて、さっさと行けんといわんばかりに案内板を手で指し示した。
はっはっは! その反応も新鮮だな! よきよき!
俺はルンタッターとスキップしながら案内版に向かう。
ああっ! 交易都市グランニュールに来てよかった!
交通の便はよいし、飯はうまい! 娼館街があるのが最高だ!
胃と下半身が直結しているのって、人間の町って感じだ。勇者だったときは交通の中継地として利用するばかりで、素通りが多かったからな……。
それは駆け出し冒険者だった頃もそう。
それもこれも神官リリィ=アルシアナがいたからだ。
リリィは俺の素質に気づいた大女神教会が、派遣してきた少女。
勇者の教育係でもある少女は、ことあるごとに『勇者たれ』と俺に説いた。大女神教会から援助を受けられることもあって強くは言えず、彼女には頭があがらなかったな。
リリィにも逆らえないオーラがあったし……。
たとえば食事だ。
脂質制限中、あまりにもキツくて俺が文句をいったとき、リリィはこう言った。
『勇者さまと苦痛を分かちあうために私はいます。同じ辛さを共有しあえば、勇者さまの痛みも和らぐでしょう』
そして彼女は一か月、キャベツと水だけで過ごした。
あきらかに体調を崩していたし、俺が無理に食べさせても吐きだすものだから、最終的に俺が折れた。食生活に二度と文句を言わないとも誓わされたものだ。
……鉄の乙女っていえばいいのかな。
そんな彼女だから終始頭があがらず、なんならトラウマ気味だ。
だが! 彼女はもういない!
今世では二度と会うこともない!
この街の娼館街を露骨に嫌っていたし、教会に反する行為はぜんぶアウトなんだろう。今頃は神官として、教会でのんびり平和を満喫しているだろうさ。
俺は案内板に立ち、面白そうな依頼書をはがそうとする。そのときだ。
「おっと」
女の子が先に取ろうとしたので、手が触れてしまった。
死に戻り前の仲間のことを考えていたせいもある。早く謝らなければいけないと思っていたのかも。
俺はつい、慣れ親しんだ名前を反射的に口にしてしまう。
「すまない、リリィ」
「?」
神官リリィ=アルシアナが不思議そうな顔をして立っていた。
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