第3話 セイなる勇者

 暗黒神殿の大広間……から、さらに奥の奥にある棺の間。

 棺には魔王クロノヴァが眠っているはずだ。俺は剣をかまえて忍びよると、背後から声がした。


「我の眠りを妨げるものは貴様か……」

「……チッ、気づかれたか」

「よからぬ気配を感じたと思えば、何者だ……んんんっ⁉」


 大神官っぽい服装の魔王クロノヴァが驚きの声をあげた。


 それはそうだろう。寝室に忍びこんできた男は、なにせガスマスクに全裸姿だからだ。

 ガスマスクに全裸姿な俺に、魔王の声はひっくり返っている。


「こっわ⁉ こっわ⁉⁉ な、なぜ全裸なのだっ⁉」


 ふははっ! 魔王の威厳はどこへやら、突然の全裸男に恐怖しているな!


 誰だって怖い。俺だって怖い。ガスマスクに全裸で寝室に忍びよってきた男が本当に俺自身でよかった。


「なんだ貴様は⁉ 変態か⁉ 不審者か⁉ なにかしらの特殊性癖の持ち主か⁉」

「お前を倒す者だ!」

「そうは見えぬぞ⁉」

「くたばれえええ‼」


 先手必勝、俺は剣をかまえて突撃する。

 しかしさすが魔王、混乱からすぐに立ち直ったようで両指をたくみに操作する。奴の足元がブウンッと光り輝き、すぐさま半円形の魔法陣が展開された。


刻印・絶対障壁クロノウォール!」


 ガキンッと、俺の剣が防御魔法にふせがれてしまう。

 魔王クロノヴァは冷や汗をかきながらも罵ってきた。


「こ、この変態が! どこから侵入した⁉」

「はんっ! 正々堂々と正門から来て欲しかったとでも⁉ アホか! 気配を殺して窓から侵入したに決まっているだろうが!」

「貴様! それでも魔王を倒す者か⁉」


 もう体面なんて気にしなくていい。

 数百年は語られる勇者像なんて気にせず、お子様に配慮しない言葉遣いでいこう。


「お前をギタギタにしてぶっ殺し、この世界に光を取り戻す者だ!」

「光の欠片もない言葉を‼ ええいっ! ぶらぶらさせるでないわ!」


 魔王クロノヴァは俺の下半身のぶらぶらっぷりに激怒した。

 死に戻り前でも格式にこだわる奴だったよなあ。


「だいたい貴様! そのような被り物で我が瘴気を防ごうなど正気か⁉」

「瘴気だけにな!」

「やかましいっ!」

「ってか聖なる装備を身に着けていたら、お前遠くからでも感知するじゃねーか‼」


 魔王クロノヴァは痛いとこを突かれたのか、口を堅く閉じた。


 そうなのだ。聖装備は便利だが奴の感知にひっかかりやすいようで、そのせいで前世では暗黒神殿に辿り着く前にモンスターの大群に襲われた。


 ならばと全裸。そしてガスマスク。


 人の匂いと鉄の匂いがする物はなるべく捨てて、全裸で奇襲する。素肌は瘴気でチリチリとして焼けたような痛みはするが、吸いこまなければ平気だ。こんな芸当以前の俺ではできないだろう。周囲や仲間に止められるだろうし。


 でも俺はここに一人できたし、勇者もやめたので、できまーーーーす!

 今の俺はただの全裸男(ガスマスク)でーーす!

 寝こみも平気で奇襲できるんじゃい‼‼‼


「くたばれ! いや、脳髄ぶちまけて死にさらせ! 魔王!」


 俺は防御魔法の障壁に剣を押しこんでいく。

 魔王クロノヴァは両手を組み、障壁へさらに魔力を込めているようだった。


「ふんっ! 我が魔法が破られると思うて……なっ⁉」


 障壁に、メキメキとひびが入りはじめる。

 魔王クロノヴァは目を疑うように叫んだ。


「ありえぬ⁉ 我の絶対障壁が人間ごときに破られるなど……⁉」

「ふはははははっ! ほーらほらもう割れちまうぞー! 怖いかー、魔王ー!」

「ま、まさか、この変態! 当代勇者なのか⁉」

「勇者? しらんなあ!」


 まったく存じあげませんと返しながら、俺は力をこめる。

 パリーンッと障壁が割れたが奴は即座に身をひるがえして、後退しながらも紫色の炎蛇を放ってきた。


刻印・炎蛇王牙クロノスファング‼」

「ふんぬっ‼」


 俺は剣で炎の蛇を切り裂いた。チリチリと火花が散る。

 奴は驚きの連続で呆気にとられたのか、その場で固まった。こうもあっさりと魔術が破られるとは思わんわな。


 死に戻りで俺のステータスは下がったと思いきや、大幅な低下はなかった。


 ほぼ据え置き。ただ女神の加護を失い、光の勇者専用技がいくつか使えなくなっていた。これは時間が巻き戻ったことで他人との関係性が失われて、修得イベントがなかったことになったのだろう。


 だが、それで十分。

 俺は勇者イベントを無視して、暗黒神殿に単身潜りこみ、魔王を滅ぼしにきた。


 魔王クロノヴァはすでに数時間は戦ったかのようにお疲れ気味に言う。


「なあ、貴様……勇者だろ?」

「しらん」

「勇者なのだろう? ……光と闇の戦いが、かような戦いになるとは。のちの歴史家もさぞ頭を痛めるであろうな」

「しらんなあ」


 この戦いを歴史にするつもりはない。吟遊詩人にも歌わせない。

 勇者と魔王の戦いは存在しない。

 ここには全裸ガスマスク男と魔王がいるだけだ。


 と、魔王の瘴気が濃くなった。俺を強敵と見定めたらしい。小競り合いはやめて、一気に決着をつけにきたか。


 俺は剣に生気をこめる。刀身が淡い緑の光を放ちはじめた。

 魔王は眉をひそめる。


「聖剣技か……。女神が貴様の姿を見たら卒倒するであろうな」

「女神なんて出会ったこともないが……ぶっ倒れるだろうな。超潔癖症だし」

「勇者だよな?」

「しらんしらん」

「……聖なる心で人との絆を力に変える技であろう、それは?」


 魔王は会話しながらも俺の隙を探っている。

 次の一手ですべてが決まる。なら、俺は俺の決意を表明しようじゃないか。


「ちがうな」

「なにがだ?」

「セイなる心で、人と繋がるための技だ」

「ちがわないではないか」


 魔王がゆらりと指先を蠢かした。極大の闇魔術をぶっ放す気だろう。


 俺はふうと一息吸いこむ。

 死んだときに丸裸にされたんだ、いまさらいまさら。身も心もとっぱらってしまえ。


「この技は! ドスケベな心で女の子に腰をへこへこするための……ハーレムな未来へ繋げるための技だ‼‼‼」

「ハ、ハーレム???」


 魔王は動揺したのか一手が遅れた。

 俺はその隙を逃がさんと刀身をさらに輝かせて、性剣をふるう。


「クッ⁉ 刻印・蓮華クロノ――」

「遅い‼‼‼」


 手ごたえあり‼‼‼ くたばれっ、俺の最大最強の障害‼‼‼


 卑怯? カス? ドスケベ野郎?

 いいさ! 俺もう聖なる勇者じゃないし!


「ぐ、ぐわああああ‼‼‼ こ、これで終わったと思うなよ勇者!」

「二手! 三手! 四手目!」

「ちょ⁉ 第二形態があるん――」

「滅びよ! そして俺のいしずえとなるがいい‼ 輝かしいハーレムのためにいいいい‼‼‼」


 第二形態から最終形態になる前に、魔王クロノヴァを魂ごとめっためったに斬る。

 そして奴は断末魔をあげることなく、この世から完全消滅した。


 ……よし、道連れ自爆もないな。


 やはり起動するために魔力の溜めが必要だったようだ。前世では勇者らしい立ち居振る舞いを気にするあまり、魔王の会話に付き合っていたからな……。


「さて、と」


 最大の障害であり、世界の敵はこうして誰に悟られることもなく滅んだわけだ。


 俺が勇者であることを知るのはこの世でただ一人。

 そう、俺だけだ。


「ふふふっ……」


 かるーい! かるいかるい肩が超かるーーい!

 圧が強い仲間もいない! 責任を負わせる王族貴族もいない! 超潔癖症の女神もいない! 勇者の重責からこれで解放だーーーーーい!


 俺はルンルンステップで暗黒神殿のバルコニーに向かう。


 常に暗雲がおおい、太陽がさすことのなかった神殿に光がさしている。強大な魔性が滅びて、世界に希望が降り注がんとしているのだ。


 俺は平穏をあますことなく全身で受けとめる。

 もちろん全裸でだ。


「ああっ! 自由と平和っていいな!」


 俺はまばゆい太陽を愛おしそうに見あげる。

 これからの未来を思い、ワクワクとムラムラとムクムクが抑えきれなかった。

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