第4話 光

 ロエルはノルの好物のキノコを採りに村の近くの崖へ行った際に、崖崩れに巻き込まれた子供たちを庇って共に転落したらしい。前日に降った雨で地盤が緩んでいた事が原因の事故だった。


 ロエルが身を挺して守ったためほとんどの子供は助かったが、今回の事故で子供1人とロエルが命を落とした。その行いは誰にでもできる事ではなく、とても勇敢だったらしい。診療所のお姉さんは、あの怪我で即死ではなかったのが不思議なくらいだと言っていた。


 だがノルにはそんな話を頭に入れる余裕は残っていなかった。



 ♢♦︎♢



 エアはその晩、初めて父親が泣いている姿を見た。城へ帰ると紙のように真っ白な顔をしたラミウに、母の死を伝えられたのだ。


 遠巻きに何回か見たあの美人な人間の女の人のことだ。エアは物心ついてから母と会った事は無かったが、父がその分厳しくもしっかりと愛情を注いでくれている事を理解している。だがあの女の人が亡くなってもう会う事はおろか、見る事も叶わないと思うと悲しかった。


 父を見上げるとその白い頬には涙が一筋輝いている。エアはハッとした、ノルは今どんな心情かと。少しホッとしたように「あのオルゴールが役にたったか。私は行って一緒にいてやる事ができないが、ノルが心配だ」と呟く父の言葉を聞いてか聞かずかエアは村へ走った。



 ♢♦︎♢



 今年初めて降った雪が地面をうっすらと覆っている。そんな道をノルはとぼとぼと家へ歩いていた。家の前に人影が見える。


 エアと度々ノルに手を振ってくれた少年だ。


 2人の姿を見た瞬間ノルは抑えていたはずの涙がドッと溢れてこぼれ落ちていた。エアに駆け寄ると幼い子供のように泣いて、泣いて、泣きじゃくる。その間エアはただ静かに抱きしめ、少年も心配そうにノルの足をそっと撫でていてくれた。


 しばらくしてやっと落ち着いたノルはシワシワする目を上げると、エアの目と鼻も赤くなっていた。ハッとしてノルはエアにしがみついていた手を離す。


「そ、そういえば、お母さんに聞いたわ。あなた私の弟なんだって?」


「そうか、ついにノルも聞いたか」


「もう、お姉ちゃんって呼んでよ〜」


「えーそんな鼻声で言われてもなぁ」


 くすくすと笑うと2人は少し元気を取り戻せた。それから再び3人は無言になると、少し気まずそうにエアが口を開く。


「俺もしょっちゅうは来られないけど、たまにそっちに顔出すからさ。ノルもメソメソすんなよ」


「うん、ありがとう」


 ノルの様子を見たエアは良い事を思いついた。


「そうだチラ、お前ノルのところにいてやってくれよ」


「わかったー」


 少し驚いた様子のノルにチラと呼ばれた少年は微笑みかける。


「初めましてじゃないわね。チラちゃん?」


「うんっ! チラだよ」


 それを聞いたエアがニヤリと笑うと口元から犬歯が覗く。


「こいつシラカシの木の精霊なんだけどさ、舌っ足らずでシラカシって言えないんだ」


 チラはぷうっとむくれるとエアの足をポカポカした。


「ふふっ、よろしくね。チラちゃん」


「うんっ! ノル、よろちくね」


 それからノルが家に帰ると診療所のお姉さんに渡された母の遺品を引き出しにそっとしまった。今はまだ見る勇気が出なかったからだ。


 部屋の中を見回すと母との思い出が蘇ってまた涙がポロポロとこぼれ落ちる。母と他愛の無い話をして笑ったテーブル。一緒にシチューを作ったキッチン。怖い話を聞いた夜に一緒に眠ったベットからは母の匂いがした。


 チラが心配そうにノルの服をツンツンと引きながら声をかける。


「ノル、元気だちて」


「ズビッ、大丈夫よチラちゃん。──なんて言ったって私はお姉ちゃんなんだから!」


 そう言うとノルは不思議と元気が湧いてきた。


 突然出来た弟と同居人に初めこそ戸惑ったが、ノルはもう1人じゃない。出窓からは朝日が差し込んでいた。






【次回、人の思いの暖かさに触れ、残された家族達が前を向く】

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