骨の記憶

長谷川 優

古い骨の声

午前五時。ワシントンDCの灰色に濁った空気のなかで、ノア・ハーランは冷めきったコーヒーのカップを握りしめていた。


部屋には音がなかった。ファイルの紙が風でめくれるわけでもなく、通りを行く車の音さえ、この時間には遠慮を覚えていた。ただ、彼の中にだけ何かが鳴っていた──それは、骨の中に閉じ込められた記憶の音。かつての悲鳴、呻き声、そして笑い声。断片的な、人間の死にざまが蓄積された静かなアーカイブ。


デスクの上には、大学構内で発見された少女の遺体写真が広げられていた。被害者の名はイヴ・ハドリー、十八歳。中流家庭、学業優秀、交友関係に問題なし。遺体は講義棟の裏手にある資材倉庫で発見された。頸椎を切断され、血痕は一滴も残っていない。冷徹な手際。だが、それ以上にノアの目を引いたのは、その死体の「演出」だった。


両手は胸元で組まれ、口元には花弁が挟まれていた。凍結した視線は天井ではなく、真横──誰かが立っていた方向を向いている。殺したあと、何かを語ったのか。あるいは、語りかけさせたのか。


「またか」と、ノアは喉奥で呟いた。


かつてバンディがそうしたように、死体をただの結果としてではなく、語らせる媒体にする手法。それはFBI内部では「儀式殺人の応用型」と分類されるが、ノアにとってそれは分類しがたい何か──愛撫のような暴力の名残に見えた。


そのとき、ドアがノックもなく開いた。


「聞いたわよ。新しい怪物の噂。」


アシュリン・コール。検死官、32歳。真っ白なコートのポケットに手を突っ込み、無遠慮に部屋へと入ってきた。彼女の動きには、何かを切り分けるナイフのような直線的な鋭さがあった。


「今朝、第一報が入ったわ。遺体を見に行く?」


「……いや。君に任せる。僕はここで話を聞く。彼女の、骨の声を。」


アシュリンの目がわずかに細められた。その一瞬、ノアの内に潜む空洞が、彼女の瞳に映ったような気がした。

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