第五章 第三節  私の言葉

挿絵 5-3

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議事堂の大きな部屋で、

私は静かに涙を流した。

手のひらで頬をぬぐう。


マイクを握っていた桝川さんが、

防衛大臣を見る。

恐ろしい形相で桝川さんを睨む大臣たち。

桝川さんは不安そうな顔で、桐ケ谷さんを見る。


うつむいていた桐ケ谷さんが桝川さんを見る。

かすかに笑う口元。

そして僅かに頷く。


桝川さんは私に向き直る。

穏やかそうだった表情は消え、

不安そうにしているように見える。


「有瀬さん。あなたのいう使命は素晴らしいものだ。しかし、世間ではあなた達のような若者が命を懸けることに、疑問を抱いている人もいます」


「だまれ!」

「失礼にもほどがある!」

「何が言いたいんだ!」


防衛大臣の周りから、桝川さんへヤジが飛ぶ。

桝川さんはぐっとマイクを握る。


「有瀬さん。あなたは高濃度汚染者の中で、災害従事に当たる人、いわゆる適合者の代表として、ここに来ていただいています。」


ざわざわと防衛大臣の周りの大人たちが騒ぎ出す。


「有瀬さん。あなたがた適合者が選ばれる制度、インスタントリプレイス制度の中にこうあります。

第9条、適合者は、国家の災害対処方針に基づき、必要な任務に従事する義務を負う。任務遂行の中断または辞退は、特別な事情がある場合を除き認められない。有瀬さんたちが、かぐや姫に対応するのは、義務と決められています」


「もう下がれ!」

「これ以上何を言う!」

「ここは参考人の意見を聞く場だぞ!」


大人たちのヤジが怒号のようにも聞こえる。

桝川さんも負けないように大きな声で怒鳴る。


「有瀬さん、聞いてください。

第8条、機密保持ならびに社会的混乱の防止の観点から、

任務期間中の情報発信および対外活動は制限される場合がある、とあります。

有瀬さんは、本当に言いたいことを言っているんですか?」


「静粛に! 参考人に対する、個人的な質問は控えてください!」


パッパッ

“はい”


「…はい」


「有瀬さん。いま世間では高濃度汚染者に対する隔離政策などに、疑問視する人が増えています。私たちの党は、そうした声を拾い上げ、改善すべきと考えています。あなたの使命感は尊いものですが、また誰かが、あなたと同じように選ばれ続けるのです。それを使命と受け入れる人が、何人もいると思いますか? あなたが戦う使命を受け入れていると言えば、また誰かが選ばれ、傷つくのです!」


ざわざわざわざわざわざわ

大人たちの声がうるさい。


私は文字を見る。


二藤陸佐がマイクに口を近づける。


「口を挟み恐縮ですが、桝川議員! 彼女たちは苦しみながらも、責任の重さから逃げずに今日まで戦ってきた! 使命と思うかは個人の問題でしょう。ですが、それによって多くの人の生活が守られていることは事実なのです!」


二藤陸佐が怒ったように声を荒げる。


「命を懸けて災害対応に当たっているのです! 怖いと思うことは当たり前です。それでも、覚悟を決めて戦っているのです。適合者だけではない。軍全体が国民の生活を守ろうと、必死に光体災害にあたっている。桝川議員、隔離政策に疑問を持つ人へ寄り添うという、お考えは素晴らしいものと思います。しかしながら、自身のお考えや、正義感で、実際に現場で身体を張っている、個人の想いを踏みにじるような物言いはやめていただきたい!」


二藤陸佐が真っ直ぐに桝川さんを睨む。


ざわざわざわざわざわざわ。

大人たちがうるさい。


顔を上げ、桝川さんをぐっと睨みつけ、

マイクに口を近づける。


「私はこれからも、かぐや姫と戦います。でも、それは、私と同じような境遇の人を作らないためです。そして、同じように戦っている友人を守るために、私は戦います。誰かのためじゃない。私自身がそうしたいと思うから、戦います」


大人たちがシーンと静まり返る。


「友人が死ぬのは嫌です。私の友人は、戦地に向かう途中で、かぐや姫と戦いたくないといいながら、死にました」


ざわざわざわ!!

大人たちが騒がしくなる。


「中断だ!! 一時、一時休憩!!」

「そうだ!」

「中断しろ!! 中断!!」


大人たちが騒ぎ立てる。


桐ケ谷さんが静かに俯く。

その表情は見えない。




「本日はありがとうございました。陸佐。」


議事堂の裏に、黒いセダンが止まっている。

桐ケ谷さんが私たちを見送りに来ている。


「桐ケ谷議員、これは君のシナリオ通りなのかな?」

「ふふ。なんのことでしょうか」


桐ケ谷さんは陸佐に微笑みかける。

陸佐は無表情で桐ケ谷さんを見ながら、

片手で車の奥へ入るよう、私を招く。

私は桐ケ谷さんに一礼する。


「有瀬さん」

「はい」

「ひとつ、聞かせていただけないかしら」

「…なんでしょうか?」

「あなた達適合者は、制度によって戦いに巻き込まれている。友人も失ってしまったわね」

「…はい」

「この制度を恨んでいるのかしら?」


桐ケ谷さんの真っ直ぐな視線。

私も向い合う。


「…わかりません」

「今のご自分が置かれた状況に、納得しているのね?」

「納得はしていません。…でも、この生活の中で、いろんな人と出会えました」


桐ケ谷さんが胸の前で腕を組む。


「…そう。それが、制度を恨まない理由かしら?」

「私は制度のことはよくわかりません。恨みがあるか、どうかもわかりません」

「ええ、でもこの制度が、あなたたちを戦わせている。いずれ、あなたの友人は死ぬかもしれないわね」

「…」

「あなたも、いずれ死ぬかもしれないわよ」

「…かぐや姫と戦い続けたいとは思いません」

「そう」

「前に、僕は戦いたくないと言って、逃げようとした人もいました。そういう人が戦わなくてもいいって言ってもらえるように。そんなふうに変わってほしいとは思います」


桐ケ谷さんは空を見上げる。


「…ええ、もちろんよ」




夕焼けの空を、太ったツバメの輸送機が飛ぶ。

窓から見える雲は、赤く照らされ美しく輝いている。


二藤陸佐がペットボトルのお茶を手渡してくる。


「ありがとうございます」

「私を恨んでいるかね?」

「え?」

「あんなところに君を連れて行ってしまったことを、怒っているのではないかね」

「…わかりません」


二藤陸佐が窓の外を見つめる。


「私を恨んでくれて構わないんだ」

「…」

「私はね、君たちの置かれた現状を少しでも変えたいと願っている。以前、柳原君が家族と会いたいと言っていたね」

「…はい」

「今のままでは、機密保持を理由に、連絡を取ることすらままならない」

「…」

「人間らしい、当たり前の欲求すら満たされないじゃないか」

「…はい」

「そのために私ができることは何かと考えている。有瀬君、今日、君が証言してくれて、私は心の底から感謝しているよ」

「…」

「ありがとう」


二藤陸佐が軽く頭を下げて席に戻った。

私たちを乗せた飛行機が、

眩しい夕陽に向かって進み続ける。



“本日、国会では、疑念の高まるインスタントリプレイス制度をめぐり、参考人招致が行われました。参考人への質疑のなか、議場は一時騒然となり―”


「あ、ハルカちゃん!」

「ただいま戻りました」

「おかえりー!」


日の暮れた夜の警戒室で、ミナモが迎えてくれる。


「ハルカちゃん! ニュースに映ってたよ!」

「え?」

「ちょこーっとだけど!」


ミナモが嬉しそうに笑っている。


「…そう」


ミナモに近い椅子に座る。


「大丈夫か?」


前のソファーに座る水野先輩が、小さいタブレットを見ながら言う。


「…はい」

「今晩は非番だ。ゆっくり休むといい」

「ありがとうございます…」


タブレットを見つめる水野先輩の横顔。

今日、私たちに起きたことを、この人はどこまで知っているのだろう。



二藤陸佐がカチャカチャと、自室のテーブルに紅茶を並べる。


「なんだ。珍しいな」


橘先輩が不思議そうに、おしゃれなカップを見つめる。


「ああ、お前もたまには、こういったものを飲むのもいいだろう」


赤く輝くお茶を、カップに注ぎ入れる。


「…有瀬はどうだった?」

「ああ、予想以上の反応をしてくれた。これで世論が動いてくれればいいが…」

「ニュースでは、ほとんどわからなかったがな」

「少しずつだ。少しずつ変化していけばいい。有瀬君たちが、生きているうちにな」


陸佐が湯気の昇るカップを静かに持ち上げ、

口へと運んだ。





「やってくれたな、桐ケ谷君!」


議員控室で、三隅防衛大臣が私に詰め寄る。


「なんのことでしょう?」


私は大臣に静かに微笑みかける。


「あの参考人は適切ではなかった! なんだあれは!」

「参考人については、先生もご理解頂いていたではありませんか」

「そういうことではない!」


三隅大臣がどさっとソファーに座る。


「君は進退を考えておきたまえ、派閥も黙ってはいないぞ」

「そうでしょうか?」

「なに?」


大臣の語気が強い。

窓際に立つ私を睨みつける。


「革新新党の桝川議員の質疑。参考人への同情。与野党からも、制度の疑問は上がり始めています」

「それがどうした」

「先生。今、注目が集まっているのは、防衛大臣であられる先生ですわ」

「あ、ああ…」

「メディア各社も、今回のことは騒ぎを大きくしないように、忖度をしていただいているようですが…。いつまで続くでしょうか?」

「何がいいたいのだね」


胸の前に組んだ腕を解き、

三隅大臣に真っ直ぐ向かい合う。


「世論の政権への不満は高まりつつありますわ。今、先生が何をおっしゃられるか。人道に則した判断をなさるのか。民衆は期待しているのではないでしょうか?」

「…」

「先生。今の先生は、政権の支持を回復させる力をお持ちです。どうか、我が党をお救いになってくださいませんか」

「…光体災害への対応人員は、ギリギリのバランスで成り立っている。制度を崩すような真似はできんぞ」

「ええ、しかしながら、制度を堅持するように振舞えば、次は党が傾く火種にもなりえます」

「しかしだね…」

「先生。どうかお力をお示しください。人道を示されれば、先生の支持も高まりますわ」


三隅大臣は、むうっと唸った。


私は三隅大臣へ微笑みかける。




“インスタントリプレイス制度の一部見直しを求める決議が、衆議院で行われ、

賛成多数により修正案が可決されました―”


“三隅大臣、今回、制度の見直しについて賛成の立場を取られましたが。どのようなお考えからでしょうか?“


“えー、インスタントリプレイス制度の制定から30年近くが経過し、

空間崩壊、及び光体災害は年々増加の一途を辿っております。

高濃度汚染と判定される方々も、それらと比例しているのが現状ですから、

法制度は時代に即し、また人道を優先する形で修正されるべきだと考えております“




「え! 家族に手紙を書いてもいいんですか!?」


柳原さんが二藤陸佐に驚いたような表情を向ける。


「ああ、制度の修正案が施行されるのは、まだ先だが、テストケースとして認められたよ」

「あ、ありがとうございます!」

「内容は省庁で確認の上で手渡されることになる。人に見られて困るようなものは、書かないようにな」

「はい!」


柳原さんは陸佐にお辞儀をする。

私はその様子を後ろで見守る。


「君のやり取りが問題ないと見られれば、河嶋君や、葉山君たちも、同じように認められるだろう。気に留めておきたまえ」

「もちろんです! ありがとうございます!」


陸佐が私を見る。

微笑み。

以前言われた。

恨んでくれていいという言葉を思い出し、

何とも言えない気持ちになる。

私たちは一礼して陸佐の部屋を後にする。


「これって、ハルカさんのおかげですよね? ありがとうございます!」

「…。そうなのかな…? 私は何もしてないよ…」


照明に明るく照らされた廊下を、二人で並んで歩く。


セミの鳴き声だけが響く、静かな夜。

グラウンドの周りの芝生で寝転ぶ、水野先輩を見つけて立ち止まる。


「どうしたんですか?」

「…。んーん。ごめん。先に戻ってて」

「わかりました」


夜空は薄いモヤがかかったように、星の光が滲んで見える。


「水野先輩」

「ん、ああ」

「今日もここにいるんですね」

「そうだな」


寝転ぶ水野先輩の隣に、膝を抱えて座る。


「桐ケ谷さんは、水野先輩のお知り合いなんですね」

「…二藤陸佐から聞いたのか?」

「はい。親しい中だと…」

「…昔の知り合いだ。何年もろくに話もしていない」

「そうですか」


私も滲んだ星空を見上げる。


「それがどうかしたか?」

「…桐ケ谷さんに、今の自分が置かれた状況を恨んでいるのではないかと聞かれました」

「…ああ」

「私は上手く答えられなくて…」

「…かぐや姫と戦うことは、嫌じゃないのか?」

「嫌です。かぐや姫と戦うこと。でも、今の状況になって出会った人達もいて…、悪いことばかりでもないのかもしれない…と、思う時もあります」

「…。有瀬。それはお前の中で消化するべき問題だ。そして、強制のような形で戦闘を強要される今の制度は、俺は好ましいとは思えない」

「そうですね…」


私も膝を伸ばして、水野先輩のように寝転んでみる。


「制度とか、よくわかりません。母が死んでから、人に言われるままに、諦めたみたいに生きてきました」

「…ああ」

「どうして私たちは、こんな事をしているんでしょうか?」

「…そうだな」


水野先輩がにじんだ空を指差す。


「50年ほど昔、この星が宇宙を漂うΛ粒子の雲に入った。空間崩壊がその辺りから起き始めたことは、歴史で習っただろう」

「…はい」

「国内でも空間崩壊が起き始めたころだ」


水野先輩が手を下ろし、頭の後ろで組む。


「空間崩壊が起き始めて数年、習志野に現れたかぐや姫が倒された。国内では初めて空間崩壊を阻止できた事例だ」

「はい」

「その時かぐや姫を倒したのは、軍内にいた数名の高濃度汚染者だった」

「…聞いたことはあります」

「偶然近くにかぐや姫が現れた。身体は光を放ち、光線を受けても消滅しなかった。銃も手にしていたからな。同じような事例は世界中にある」

「ええ」

「その後、Z.A.Λ観測網ができあがり、システムが整えられた。ここまではいい」

「…ここまでは?」

「発生頻度が増えすぎたのさ。かぐや姫の発生は国内でも、年に10件を軽く超えている。これに対応するためには、それなりの適合者が必要だ。消耗も激しいからな」

「そうですね」

「高濃度汚染者の中から、正義感や、責任感の強い者、かぐや姫を恨む者など、志願者だけで対応するには無理がある。そもそも、制度が決まったのは、高濃度汚染者の数も多くない時代だ。戦闘に適した人材、運動能力を持つ者は貴重だからな。消耗した人員を、強制的にでも置き換える必要があったのさ。選ばれる人が断れないような、強制力の強い制度で、な」

「それが、今の制度…。ひどい話ですね…」

「誰だってこんなことは望んじゃいなかっただろう。必要だから整えられたんだ」

「…」

「だが、少しずつ変わっていく。国内の高濃度汚染者の数も、千人を超える規模に増えた。

無視もできなくなってきている。現状を見直す必要があるんだろう。有瀬は、今回そのきっかけとなった」

「私が?」


顔を傾けて、水野先輩の横顔を見る。


「そうだ。そこに導いたのは、桐ケ谷だったかもしれない。しかし、有瀬が風穴を開けたことは確かだろう」

「そうでしょうか…」

「ああ、今後も変わっていくだろう。少なくとも、そう願っている」


水野先輩が目を閉じる。

暗い夜空。

昼間の暑さが和らぎ、ヒンヤリとした、そよ風が気持ちいい。






※ 次回 2025年8月17日 日曜日 21:00 更新予定

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