第五章 第二節  嘘つき

挿絵 5-2

https://kakuyomu.jp/users/unskillful/news/16818622177306572619


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関東でも有数の、名のある料亭。

ここは料理長も女将さんも、養父と深い関係にある。

その一室を借りて、野党の桝川(ますかわ)議員との席を用意する。

目の前に並ぶ、美しい小鉢たち。

二人だけにしては、大きなテーブルを挟んで、私と桝川議員が座る。


桝川議員の政党、国民革新新党は議席が多くないながらも、

メディアを通して国民の支持を得ている、

此処数年で大躍進を遂げている政党だ。

彼は若手のエースとして注目され、高い発言力を持っている。



「参考人招致、日取りが決まりましたわね」


とっくりを持ち上げ、桝川の持つおちょこへ注ぐ。


「え、ええ」


桝川議員は、明らかな警戒感を醸し出している。


「桝川議員は、以前の答弁では、三隅大臣に鋭い質問をされていましたね」


桝川のおちょこがピクリと揺れて、端からお酒が少しこぼれる。


「それはね…。私どもの政党の考えは、桐ケ谷さんもご存じでしょう?」


桝川が緊張を隠すように、くいっとお酒を飲み干す。

私はもう一度、議員のおちょこへお酒を注ぐ。


「ええ。大変、的を射た、鋭いご意見でしたわ」

「ああ、それはどうも…」


桝川議員の目がチラっと泳ぐ。


「桝川議員は、いつも国民の個人個人の意見が大切だとおっしゃっていらっしゃる。大変、素晴らしいお考えです」

「…ありがとうございます」

「高濃度汚染者に対しても、国民の一人として、意思を尊重すべきだというご意見。人道に重きを置かれる姿勢には、私も通ずるところがあります」

「ほう…」

「しかしながら…」


桝川議員はおちょこを、コトっと静かに置く。

より警戒感が増したように見える。

私は議員を真っ直ぐに見つめる。


「インスタントリプレイス制度の崩壊は、国家運営の根幹に関わることです。議員も、これが“不可侵”であることは、ご理解いただいているでしょう?」


お互いを真っ直ぐに見つめあう。

彼の目が、私の目を一直線に見つめる。


「なるほど。過激な追及をやめろと…。釘を刺しに来たわけですね」


桝川の表情は少し笑顔に見える。

その目だけを覗いては。


「まさか。次の参考人招致、こちらとしても万全の準備をしております。どうぞ、ご自分の信念のままに、発言頂いて構いませんよ」

「…ならば、わざわざ私を呼びつける必要も、なかったのではありませんか?」


桝川議員は柔らかい物言いをする。


「ええ。しかしながら、もしも参考人が、こちらの想定外の証言をしたら、どうなるでしょう?」


桝川議員の唇が、ピクリと動く。


「……何をおっしゃりたいのですか?」

「追及できる“ほころび”が見えたとしても、議員は何もせずにいられるかしら」

「……どういうことです?」


あきらかに目が泳いでいる。


「次の選挙、御党は今の勢いのまま、議席を伸ばしたいとお思いでは? 党の支持者のご意思を無視できるでしょうか?」

「……私に何をしろと、おっしゃりたいのですか?」


私は真っ直ぐに彼の目を見る。


「変わったことは何もありませんわ。ただ…。私どもにも想定外のことは起こりえます」

「…」

「与党の誤りをただすことは、野党の責務。議員は責任感の強いお方。御党の信念に従って頂きたいと、お伝えしているだけですわ」


私は正座を正し、向かい合う。


「……。不可侵を破れと。…そうおっしゃりたいように思いますが?」

「防衛大臣の三隅も、制度の影で人生を狂わされる人がいることに、内心では胸を痛めております」

「…。大臣も…」

「誰かが、真に正しい行いをすることを、大衆は望んでいるとは思いませんこと?」

「…」

「それに…。お父様も、桝川議員には一目置いているようですよ。議員の地元の活性に、お力を添えてくださると思いますわ」


桝川議員が驚いたように目を見開く。

崩れた表情が私に悟られていないかと、焦るようにおちょこをグイっと飲み干した。






「有瀬君、緊張してはいないかね?」


窓の外の雲を見ていた私に、二藤陸佐が声をかける。

私たちは、太ったツバメのような輸送機で関東へ向かっている。


「はい。ありがとうございます」

「そうか」


二藤陸佐は軽く微笑んで、斜め前の席に座った。

窓から下を覗く。大きな山を、ぼーっと眺める。

あれが富士山なのかな。


流れていく景色。

私は関東に行き、何を言うことになるのだろうか。

なんだか胸の奥がモヤモヤとしてくる。





「桐ケ谷君。今日はメディアが多いようだが?」


控室で三隅防衛大臣が私を睨む。


「世論が過熱していますから…。お断りしては、熱を上げてしまいますわ」

「わかっているが…。大丈夫かね? 未成年の適合者が答弁など、危険だろう」


三隅大臣の語気が荒い。


「制度の不信を払拭するためとは言え、前代未聞のことだ。強行過ぎないかね」

「その未成年の適合者から、自発的な意思で戦闘に参加していると発言があれば、世論も次第に鎮静化します」

「そうだがな…」

「原稿は先生もご確認なさったではありませんか」

「ああ…。しかし、ここほどの博打をせねばならんとは…」

「適合者の死亡者リストが流出して、連日メディアはその話題で持ちきりです」

「わかっている…」

「それに参考人の彼女は18歳。従軍していても不思議ではありません。とても利口な人物ですわ。ましてや、制度の重要性は、議員であれば誰もが理解している。野党からの追及も強くは出ないでしょう」


落ち着かない大臣。

組んだ腕の、人差し指がせわしなく動いている。





キイーー!


関東の基地に、太ったツバメの輸送機が降り立つ。

セミがジージーと騒がしく喚く。

ギラギラと刺すように、眩い日差し。

私たちの方へと、黒塗の大きなセダンが向かってくる。


「二藤陸佐。お待たせしました」

「ああ、よろしく頼むよ」


運転手の男が降りて来ては、さっと後部座席を開ける。

二藤陸佐は開いた座席に向かって手のひらを向け、

私に先に乗るよう諭す。


見知らぬ街。

私たちを乗せた黒い車が、広いハイウェイを走っていく。

胸の奥底に、暗い物が溜まってくるように思う。


議事堂は見るからに古い建物だ。

陸佐の後ろをついていくように、広い階段があるロビーに入る。


ロビーの中央でこちらを見つめる女性。

議員の桐ケ谷さんだ。


「お待ちしておりました。二藤陸佐、有瀬さん」

「…ああ、よろしく頼む」

「どうぞこちらへ」


案内され、控室へと入る。

大きなソファーに陸佐が座り、隣へ座るよう諭される。

対面には、桐ケ谷さんが座る。


「こちらです」


桐ケ谷さんはスッと原稿を陸佐に渡す。

陸佐は黙ってそれを見つめる。


「ああ、わかった」


陸佐はそれだけいうと、パラっと机に原稿を置く。

びっしりと書き込まれた原稿を見て、私は身構える。

桐ケ谷さんが私を見る。


「有瀬さん。陸佐の次に、あなたのお話の番が来ます。こちらを」


桐ケ谷さんから原稿を渡される。


“本日はお招きいただき、ありがとうございます。

光体災害の対応をしている、有瀬ハルカと申します。

国民の皆様の生活を守るため、空間崩壊を防ぐことが私の使命です。

お時間を頂き、ありがとうございました。“


「……。これだけ…、ですか?」


陸佐のびっしりの原稿とは比較にならない、短い文章。


「ええ。あなたはただ、ご自分の使命感を伝えて頂ければいいのよ」


桐ケ谷さんがフフっと笑う。


「この紙を読んでいただいて大丈夫よ。覚えなくていいわ」

「はい」


顔を上げると、桐ケ谷さんと目が合う。


「難しいのは、この後の、質疑への答弁よ」

「質疑?」

「ええ。あなた方の行いに、疑わしいことがないか、他の議員が揺さぶりをかけてくる」

「……」

「大丈夫よ。そのときは目の前のプロンプターに出る文字を、あなたは読むだけ。裏で私たちの“党の者”が、解答を考えてくれるわ」

「…はい」


私の肩が硬く固まり、身構える。


「はい。いいえ。わかりません。この三択のどれかが出る形ね」

「…」

「あなたは、それを読むだけよ」

「…はい」

「大丈夫。あなたはまだ若いし、質問は来ないと思うわ。それにね。議員ならこの、制度の重要性を理解しているし、誰しもが維持したがっている。おそらく何も上がらないはずよ。」

「わかりました」


はい、か、いいえ。

九州でのポーカーを思い出す。



広い部屋に案内される。


ふかふかのカーペット、

高級そうな柄の入った、一人用のソファーが並ぶ。


高台のように一段上がった席の前に、

二つのソファーが、少し離れて置かれている。

案内されるまま、その一つに座る。

目の前、斜め左右を囲むように、

背丈より高いガラスの板でソファーが囲まれている。

これがプロンプターだろうか。


ぞろぞろとスーツ姿の人達が入ってくる。

笑顔で談笑している人、疲れたようにどさっと座る人、書類を真剣に眺める人。

それぞれをチラチラとみる。

その中の一人、桐ケ谷さんと目が合う。

真っ直ぐにこちらを見つめ、わずかに微笑む。

私は静かに目を伏せる。



「これより、空間崩壊災害対応委員会を開会いたします。

本日は、現場対応人員の選定に関する問題、ならびに人権上の課題について議論を行うため、参考人の方々にご出席をいただいております。

参考人の皆様には、公務ご多忙の中ご出席いただき、誠にありがとうございます」


高台に座る、壮年の女性がマイクに向かって話す。

少し離れた隣の席で、二藤陸佐がお辞儀をする。

それを見て、私も慌てて頭を下げる。


「尚、本日ご出席いただいております有瀬様は、未成年者ということを鑑みまして、

心理的負荷の軽減のため、パーテーションで仕切らせていただいております。

皆様の熱い視線からの保護が目的です」


はははは、と前に座る大人たちが笑う。

遠い壁際には何台かの大きなカメラがこちらを見ている。


「それでは、最初にご発言いただきますのは、陸上防衛軍西日本方面、二藤一佐でございます。よろしくお願い申し上げます」


二藤陸佐がお辞儀をして、着席したまま、目の前のマイクへ話しかける。


「えー、ご紹介に預かりました、二藤と申します。ご発言の機会を頂き、感謝申し上げます。

私が預かっております、西日本方面Z.A.Λ対策室では―」


手元の紙に時折目をやり、スラスラと話しを続ける陸佐。

目の前の大人たちは、手元の資料をまじまじと見る人、

二藤陸佐を真っ直ぐに見つめる人。

腕を組んで、うな垂れる様な姿勢の人。

天井を見ている人。

みんな、静かに話を聞いている。


「空間崩壊の予兆発生時には、ここにいる有瀬君をはじめ、対応隊の優秀なメンバーによる速やかな―」


二藤陸佐の方に目を向ける。

話を続ける陸佐の向こう、高台の席を挟んだ向こう側にも、

何人かの大人たちが座っている。

その中の中央辺り。

座っている桐ケ谷さんと目が合う。

私は目をそらすように、桐ケ谷さんにもらった原稿を見る。


「―以上となります。御拝聴頂き、ありがとうございました」


二藤陸佐が立ち上がって一礼する。


「ありがとうございました。引き続きまして、二藤一佐のもとで現場対応に従事されておられます、陸上防衛軍西日本方面Z.A.Λ対策室、特別対応隊所属の有瀬ハルカ様にご発言頂きます。有瀬様、どうぞよろしくお願いいたします」


私の番が来た。

すっと立ち上がってお辞儀をする。

たくさんの大人たちの視線。

たくさんの目。

ああ嫌だな。

心拍数が上がってくる。


静かに座り直す。

小さく深呼吸をして、マイクの前に口を持っていく。


「…本日はお招きいただき、…ありがとうございます」


大人たちはみんな、シーンと静まり返っている。

私は誰の目も見ないように、少し持ち上げた原稿をマジマジと見つめる。


「光体災害の…、対応をしている、…有瀬ハルカと申します」


小さく口を開け、深呼吸をする。

息が吸いにくい。


「国民の皆様の…、生活を守るため…、空間崩壊を…、防ぐことが…、私の…使命です」


唾をごくんと飲み込む。


「お、お時間を…頂き…、ありがとうご、ございました」


原稿を目の前の小さな机に置く。

静かに立ち上がり、誰の目も見ずにお辞儀をする。

すとんとソファーに座る。

二藤陸佐がこちらをにこやかに見ている。



「有瀬様、ありがとうございました。引き続きまして、質疑に入らせて頂きます」


私の斜め前に座る男性が手を上げる。


「はい、桝川君」


桝川さんという男性に、若い女性が駆け寄っていき、マイクを手渡す。


「国民革新新党の桝川です。二藤一佐、有瀬ハルカさん、お二人のお仕事に対する真摯な姿勢、大変感銘を受けました。国民の一人として、感謝申し上げます」


桝川さんが私を見る。

私は小さくお辞儀をする。


「有瀬ハルカさんにお聞き致します」


ぴくりと肩が上がる。


「おいおい…」「質問をするのか…?」

ざわざわと大人たちが騒ぎ始める。


「先ほど、国民の生活を守ることは、あなたの使命であるとおっしゃっていましたね。素晴らしいお気持ちだと思います。それは、有瀬さんが、その尊い使命を得ることを、ご自身のご希望から担われたのでしょうか?」


桝川さんが私を真っ直ぐに見つめている。

心臓がどきどきとしてくる。


パッパッと目の前のガラスに薄く文字が浮かぶ。

“はい”


なるほど。

これが、桐ケ谷さんが言っていた、“党の人“が裏から回答を送ってくるということか。

目の前に浮かぶ文字を読むことが、私の役目。


桐ケ谷さんに目をやる。

にっこりと笑う桐ケ谷さん。


他の人には、この文字が見えていないのだろうか?

桝川さんは、変わらずこちらを見つめてくる。


「…はい」


口に溜まる唾を飲み込む。


「ありがとうございます。あなたのような立派な未成年の方が、国民を守っているという事実に、深い感銘を受けています」


私はまた小さくお辞儀をする。


「続いて、有瀬さんにお聞きします」


ぴくっと人差し指の先が反応する。


「空間崩壊の前兆である光体の収束、所謂かぐや姫との戦闘を有瀬さんは行われていますね。怖くありませんか?」


奥歯をぐっと噛む。

パッパッと目の前のガラスに浮かぶ文字。

“わかりません”


「…わかりません」

「…。わかりませんというのは、怖くないかもしれないと、そういうことですか?」


パッパッ

“いいえ”


「…いいえ」

「怖いと、いうことですよね?」


パッパッ

“はい”


「はい」


桝川さんが、桐ケ谷さんのほうをチラっと見る。

桐ケ谷さんはうつむいたまま。


「…。ありがとうございます。勇気を振り絞って、正直に怖いとおっしゃっていただきましたね。その言葉をきいて、本当に胸の奥が熱くなる思いです」


桝川さんの目線が、私と、桐ケ谷さんを行ったり来たりする。


「…有瀬さんは正直な方だ。このような真っ直ぐな若者に、かぐや姫と戦わせるという、国民にとっての一大事を背負させてしまっている。本当に、感謝と、そして、罪悪感すら覚えます!」


桝川さんが私を見る。

私はぎゅっと拳を握る。

大人たちのざわつきが大きくなる。


「続けてお聞き致します。有瀬さんは、鬼塚ナオキさん。ご存じですよね? 最近ニュースで話題となっている、かぐや姫の戦闘で残念にも亡くなられた方々の名簿が、世間に流されました。あなたと同じ対応隊の鬼塚ナオキさんの名前もありましたが。知っていましたか?」


「おい!」「もうやめないか」

大人たちが一層大きく騒ぎだす。

ぐっと奥歯を噛みしめる。


パッパッ

“わかりません”


「…わかりません」


ぎゅーっと奥歯を噛む。


膝の上で拳をぎゅーっと握る。


「参考に対する、個人的な質問は控えてください」


委員長が桝川議員に注意する。


私は目を伏せる。

膝の上の拳が、硬くなる。


「…大変お辛い想いでしょうね。防衛相に確認すると、あなたは、一度九州方面にも赴任していましたよね?」


ビクっと肩が上がる。


「加藤ユーキさん。この方は九州方面に赴任した際、ご一緒に戦われた方ですよね?この方のお名前も亡くなられた方々の名簿にあります。どう思いですか?」


パッパッ

“わかりません”


「…。わかり…ま、せん」

「ともに戦われたのですよね? 目の前で、彼が亡くなるところも見ていた。違いますか?」


パッパッ

“わかりません”


「わ、わかり…ま…せん」


目の奥が熱を持ったように熱くなってくる。

向いあう桝川さんも、少し驚いたように見える。



「やめないか! 未成年に対して!」

「敬意を欠いた発言だ!」


ヤジが飛ぶ。

防衛大臣の近くに座る大人たちが、

桝川さんへ怒ったような顔を向ける。

少し焦るようにしながら、桝川さんが桐ケ谷さんを見る。

桐ケ谷さんはうつむき、静かに座っている。


「次に! 次に有瀬さんにお聞きします」


桝川さんが私に向き直る。


「加藤ユーキさん、彼は、あなたの大切な仲間だった。なぜ大切な仲間である加藤ユーキさんが、亡くならなければならなかったのか。大切なお仲間が亡くなったのです。本当はあなた自身、悔しい思いをしている。未成年の立場でかぐや姫と戦って亡くなったのです。

なぜ彼が亡くならなければならなかったのか。

加藤ユーキさんは若干15歳でしたね。国民を守るために自分が戦うと、強い正義と責任感があったと思います。彼も、有瀬さんと同じように、国民を守ることが自分の使命だと、どこかで言っていたのを聞いたことはありませんか?」


パッパッ

“わかりません”


「わかりません」

「使命感を持って戦って、加藤ユーキさんは若い命を散らせてしまった。しかし、その命のおかげで、宮崎は空間崩壊に巻き込まれずに済んだのです。彼は、使命を全うし、納得されていると思いますか?」


パッパッ

“わかりません”


「わかり………っ、ま、せん!」


頬を涙が伝う。

さっと指のひらでそれをぬぐう。

桝川さんが一瞬目を見開き、すぐに穏やかな顔に戻る。


「ありがとうございます、有瀬さん。あなたは仲間が戦闘で死んでいくのを、

心から悲しんでいらっしゃる。その涙が何よりも証明している。関西のチームメイトにも、あなたと同年代の方が働いているんです」

「…」

「今のチームメイトが次は戦闘で亡くなるかもしれない」


「なにを言っている!」「そうだ!」

「もう下がらせろ!」

大人たちのヤジが、怒鳴るように大きい。

桝川さんはマイクを握るのをやめない。


「国民の、大多数の命を守っていらっしゃるのです。そのために、チームメイトが亡くなることは、誇りに思うと。そうお思いですか?」


パッパッ

“わかりません”


「…わかりません」

「…。そうですか。最後に確認させてください。先ほど有瀬さんは、国民の生活を守ることが、自分の使命だとおっしゃった」

「…」

「こうして、仲の良いチームメイトが亡くなっていく中で、次は誰が、そう思いながらも、国民を守るために、かぐや姫と戦う。その過酷な使命を、あなたもチームメイトも、自分から選び取られた。」

「…」

「本当にそうなのですね?」



パッパッ

“はい”



「………」


「いかがですか? 有瀬さん」


ぎゅーっと握られる拳。

フルフルと震える肩。

桝川さんを真っ直ぐに見る。

睨むように。



「……。はい」



私の両の頬を、溢れた涙が流れ落ちる。




※ 次回 2025年8月13日 水曜日 21:00 更新予定

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