勇者ハナブサ探訪録
秋鮫がぶりゅー
勇者ハナブサ探訪録 1
勇者パーティが、魔王を打ち倒した。
それから、5年ほどの月日が経った。
高原で夢から覚めた小動物が、前世の記憶を取り戻した。
今、ザドという名の彼は、ハムスターやモルモットのようなずんぐりボディであるが…
だがたしかに彼は魔王だった。
前世は孤独に生きていた。魔力で魔物を従えることしかできなかった。
勇者はそんな魔王に慈悲をもって、浄化の奥義で決戦を制した。
「…我が転生できたのは」
勇者のおかげである。
そしてこの5年ほど、魔物の残党が人々に虐げられている様子がないのも、旅の道中で勇者が魔物に理解を示していたからであろう。
だから、なんだ、その
勇者に一言、礼を言いに行くことにした。
「…変わっとらんな、此処は。」
“ヴォノジア荒土”
まず辿り着いたそこは、いくら見渡してもつまらない荒れ地。枯れきった木々に木枯らしが吹くような荒れ地である。
勇者の故郷に近いから、初めて勇者を妨害した土地だ。
「キーーーーッ」っと
突如奇声が上がったかと思うと、遠くで激しい光が立ち昇る。
近づいてみると、そこには奇妙な光景が繰り広げられていた。
暴れ狂って目から光線を放つ鳥が1羽。その鳥を追っかけ回している…勇者の剣と盾。
鳥はザドに気がつくと、途端にじゃれついてきた。面識もないのに。
今の今まで自分が最強の武器に光線を放っていたのを忘れたかのように。
しかし、剣と盾が視界に入るとまた暴れ始める。
怪鳥とでも言うべきか。
「(この鳥小僧、最強の武器にメンチ切りおって……そのうちミンチにされて……ミンチ…ミンチは…メンチ……)」
ザドはその鳥をメンチと名付けた。
「勇者の武器共…勇者が失くしたのなら届けてやらんでもないな……。だが何故にメンチを付け回しておるのか……。」
ザドはメンチを観察することにした。
1. 懐っこい。異様なほどに。
2. 時々、不意に奇声を上げる。けたたましい。
3.↑ のに喋らん。
4. 自分で自分の手をかじる。翼をつつく。
結論:情緒不安定か。
仕方がないから、メンチごと勇者探しに連れていくことにした。ついてくるし。
勇者の故郷に着いたが、勇者の家には誰も居なかった。
…いや表札に勇者と書かれているが。どういうことだ。
勇者の剣と盾は布で覆ったが、メンチは何だか不機嫌である。
住民たちに聞き込みを始めた。
「あー、勇者ならいねえよ。行方知らずさ。」
「む?何故だ」
「5年くらい前だったか…世界を救ってすぐ、勇者パーティの魔法使いが死んぢまってな。そんでハナタレ…いや、勇者様、気が狂ったように村人に当たり散らして村を出てったんだよ。
まあ昔からバカな小僧だったしな。気にすることもねえけど。」
それが勇者に対する言葉か…?
他の住民にも聞き込みをしてみたが、冷たい対応ばかり。勇者に対して尊敬の欠片も無い。
村おこしで忙しくて気が立っているらしいが、そんなん態度に出すなよ。
「あー、苛つく野郎共だ!」
ザドの怒声にメンチが驚く。
「あ…すまん。」
布越しに剣と盾の冷たい視線を感じる…気がする。
まあ、ろくでもない聞き込みになったが1つだけ有益な情報を入手した。
勇者パーティの仲間だった戦士と僧侶が、丁度この村に依頼を受けに来ているとのこと。彼らは勇者の帰りを諦めきれないらしく、今でも頻繁にここに来るとか。
「アヤツらには話しておこうか……」
ザドは彼らに声をかけ、事情を説明し…ようとした。
戦士アードはわかりやすく驚く。
「魔王だあ!?」
相変わらずのおどけた風貌だ。
僧侶イースは淡々と口を動かす。
「今度は本当に殺されたいのかしら。」
口数は少ないが強気で恐ろしいヤツだ。
何とか事情を説明した。
「そういうことなら!俺らも探してっからよ、一緒に来るか?」
「何処へ行くのだ?」
「人探しが絶対に当たるっていう占いの魔女に頼んだんだけどよ、アイツんことを占うにはなかなか貴重な素材が必要みてえでな…。」
そんなこんなで、彼らの素材探しの旅に同行することとなった。
メンチは彼らに何だかおどおどしているようだが、どうしたのだか。
旅の道中、勇者ハナブサや魔法使いアイラの話を聞いた。
「まあおアツいカップルだったわね」
「ハナブサが村で"ハナタレ小僧"ってバカにされてた頃からアイラは親しくしてくれたって、言ってたな。」
「アイラも
「村人たちはハナブサが勇者だと分かるなり優しくなったんだと。だからハナブサにとってはアイラが誰より大切だったんだ。」
僧侶は顔を伏せて呟く。
「彼は世界を救ったんじゃない、アイラを救ったと言った方がいい程にね。それなのに…。」
その張本人が、突然の死を迎えたわけだから。
「そう、アイツは金も名誉も望んじゃいなかった。勇者として崇めてるだけの奴らのことは、ずっと嫌ってたんだ。
怒り狂って、大事に手入れしてた武器まで投げ出したときゃあ驚いたが……
失くなったと思ったらまさか、自分で動くようになってたたあなあ」
「不思議に思うのが我だけでなくてひと安心だ。」
そんなこんなでしばらくして、素材を集め終えた一行は占いの魔女を訪ねた。
「ほう、よく集めてきたもんだ。使っちまうのが惜しい代物ばかりだが…。無駄話は要らんって顔だね。そんだば。」
追跡する魂の過去が、水晶玉に映し出される。魔王はそこで勇者の幼少期を初めて目の当たりにした。
大人の手伝いも上手くいかず、頭もよくなかったハナブサが、ハナタレ小僧とバカにされていた幼少期。
彼が勇者として、魔王であった自分や魔物に慈悲をもっていたのは…
似たもの同士だから、だった。
孤独に生きていた魔王は、勇者として慕われる彼を妬んですらいたが…
彼もまた孤独、だったのだ。
水晶は時代を進めてゆく。
幼い頃には荒れ地で犬と戯れ、村に拾われたアイラと出会い、勇者となって魔王を倒し、アイラを失って狂い果てたハナブサが、
…あの荒れ地にたどり着き、木枯らしに身を包まれて鳥になった。
メンチは勇者ハナブサだったということだ。
「……。」
魔女は古びた本を取り出し、語り始めた。
「神の棲む処、奇跡有り。否、この地その物こそ神と見たり。
風が木を枯らすように、化けの皮を剥ぐように、その姿を在るべき姿に変えてしまう…。
木枯らしの逸話は耳にしたことがあったが、こうして見ることができるとはねえ……
気分が良い。ちょいとサービスしてやるかね。」
冒頭に映った犬をもう一度映し出した。
魔王はその犬に見覚えがあった。
昔、孤独を埋めようと魔力で犬を作ってみたことがあった。ペットにしてみた。ただ虚しいだけだった。そしていつの間にやら居なくなってしまった。
そして今、とんでもない事実が水晶玉に映り込んでいたことを知る。
ハナブサに懐いた犬が木枯らしに包まれ、幼い人間の女の子になったのだ。
死んでしまったアイラは、魔王の作り出した魂だった。
「……あ。」
魔王が浄化されたとき、魔王の魔力も消え去った。魔王が魔力で作り出したものも、消えたのだ。それはつまり、彼女も。
「我のせいではないかー!」
「そもそもアンタ、自分のつくったペットに裏切られて負けたのね。ダサ。」
僧侶の毒舌が胸に刺さる。
冷たい空気の中、魔女が口を開く。
「…特別サービスだ。その魂を最期まで追うことができた。どうやら転生したようだよ。」
ザドはハッとした。
「そうか、勇者が我を浄化した故に我が転生できたように……。」
「メンチ…いや勇者よ……。オマエ、我を救って良かったなあ。まだ希望が残っておるぞ。」
そこに魔女が一言。
「だが残念、アタシは一度転生した魂を探すことはできないのさ。あの世を通っちまったら別モンだからね。」
戦士と僧侶は口々に言う。
「マジかーっここだけが頼りだったのになあ。」
「見つけたとしても記憶が戻る保証もないわよ。」
「それでも見つけたいさ!なあハナブサ」
メンチは…ハナブサはポカンとしている。わかっていないのか?いや、大人しすぎる。何かの兆しか…?
ザドは考えた。考えても何も分からないが。
「…ひとまず、荒れ地だ。荒れ地で木枯らしに…勇者を元に戻してもらえるかもしれん。今のコヤツなら…戻れるような……気がする」
気がしただけだった。
虚空にいくら声をかけようが一向に何も起きない。
当たり前である。
その日の晩。戦士と僧侶が緊急事態だと指令を受けて村に駆り出されたので、一旦別れた。
そのすぐ後だった。
荒れ地に大量の魔術師が押し寄せ、地面をえぐり始めたのだ。
後ろには村の“お偉いさん”たちの姿があった。
「おい!何なのだこれは!!」
ザドは必死の形相だが、今や小動物なので村長に平然とつままれる。
「なんだこのちんちくりん。邪魔をするな。今からここにドームを建てるんだ。私が村起こしを成功させなくてはならん。ハナタレの末路のおかげで、村のイメージが落ちぶれっぱなしなんだ。」
末路だ?村のイメージだ?ザドが怒声を上げそうになったところ、
「ギュィィィーーーーーッッ!!!」
メンチの奇声が今までにないほどに響いた。
メンチは光線を放ち、魔術師たちと戦い始める。
勇者の剣と盾が、メンチを守っている。
「ええいさっさと追い払ってしまえ!」
村長は腹を立てて魔術師たちは慌てふためく中、ザドは小さな身体で、出せる限りの声で説得をし始める。
此処が神聖な土地であること、大切な場所であること。この鳥が勇者であること。
…長年放ったらかしにした荒れ地に今さら我がモノ顔の村人共がイラつくこと。
だが村長は強気である。
「黙れハムっころめ。弱い犬ほどよく吠えるという言葉は今日この時の為にあるようだ。
貴様なぞ魔術師共の手を借りずとも、私がこの手で──」
勇者の剣と盾がザドを守る。
「オマエら、我のことまで……!」
だが村長はニヤついている。
「おっと、そうだな、村の宝であるこの武器も返してもらわねばな。いつの間に盗んでどんな力で動かしているのか、さっぱり分からんが…あのハナタレの仕業であろ?」
「違う!第一、オマエらのではない!」
全く、武器が自分で動いてまで村を出てくるわけだ……。
争いは激化する。
さらに村人が集まってくる。
いくらザドが説得しても、村人たちの文句が大きくなる。
「邪魔をするなー!」
「反逆行為だー!」
「あのバケモノを殺してしまえー!!」
ザドはブチ切れた。
「いい加減にしろ!
オマエら正気か?コヤツは勇者だぞ!?
世界を救った!勇者!なのだぞ!!」
対して村長も血相を変える。
「勇者だと!?
村の総意に仇なし
人々を傷つけ
ワガママに奇声を上げる
それが!勇者の姿か!?」
ザドの怒りが頂点に達した。
「オマエらがそう育てたんだろうがーーーーーーーっ!!!!!!!」
直後、どこからか吹いてきた風がザドを包み込み、風の通った後には魔王の姿があった。
それを目の前にして、とうとう村の軍は撤退した。
「…またこの姿になろうとは」
なんて思っていたら風が吹いて、小動物に戻された。
……うむ、忘れよう。
「あー、二度と会いとうない。あんなヤツら。
あの様子では暫くは来ないだろうが…我らが此処を離れてしまえばどうなるやら……。」
話を聞いているかのように風が吹くと、剣と盾が魔王のような姿になった。
「いや、我はここにおるし…。何だこの複雑な心境は。一体何を見せられて……」
もう一度風が吹くと、剣と盾が元に戻った。
さらにまた風が吹くと、剣と盾に収まれと言わんばかりの台座が現れた。
そして剣と盾はキッチリと収まった。
「もしやオマエら…留守は任せろと」
頷くように風がザドの頭をなでる。
もしもこの地が危機に晒されても、最強の武器とこの地の力でどうとでもなるのだと。それは何よりだが……。
「我の怒りは要らんかったと…?」
頷くように風が吹く。
この野郎。
「……よし、メンチ。
もっと遠いとこ行くぞ。
カノジョさんは何処にいるか分からんし…とっととあんな村から離れたいし……」
小言を零したザドだったが。
「……キュイ!」
メンチが珍しくを返事をしたから、忘れることにした。
「なあ、荒れ地さんよ
絶対カノジョさん見つけ出してやるから…
帰ってきたら、2人とも人間に戻してやってくれよ。」
背中を押すように風が吹いて、ザドとメンチは荒れ地を後にした。
「…あ、すっかり忘れておった。
勇者ハナブサよ、なんだ、その……
ありがとう、な。」
メンチは涼しい顔をして…、
ザドにじゃれつくのであった。
勇者ハナブサ探訪録 秋鮫がぶりゅー @Gaburyu-AutumnShark
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