第6話 支配種が探すもの

支配種たちが世界を渡り歩くのには理由がある。

「聖骨」を探し求めているのだ。


聖骨とは白い物質の塊で、削った粉を舐めるだけで脳や身体の能力を著しく活性化させる。

常に口にする事で生物としての進化と呼べるほどの変化を心身にもたらす。


聖骨による変化はキシャール達の場合、空間を超える能力として現れた。

3次元世界を抜けて4次元や5次元空間を介して別の3次元世界へ移動するのだ。

こうして別の3次元世界へ移動する事を「跳躍」と呼ぶ。

大抵のキシャールが本人と触れているものを跳躍させるのが限界だが、総統ともなれば一人で全ての支配層を跳躍させることなど造作も無い。


総統程ではなくとも、幹部や一親等の子供達も総統に準ずる力を有している。

跳躍に際して、キシャール内でどのように役割を分担しているのかは知ったことでは無いが、総統が道を開き、幹部がアンシャールを連れて跳躍し、低位の元達が資材を運ぶ。概ねそんなところだろう。


そう、キシャールの他に跳躍に耐えられる生物は、キシャールと肩を並べるアンシャールのみ。


土地の者や土地で育まれた生物たちは次元を移動する事に耐えられない。だから取り残され、その土地が崩壊したとき、彼らは聖骨の糧となるのだ。


惑星が崩壊し、かつて生き物の脳だったアミノ酸やらタンパク質が岩石に付着して岩石同士の衝突や惑星への落下による衝撃を受けて結合し、やがて結晶となり、聖骨が出来上がる。


聖骨は元となった生物の脳が発達していればいるほど良質なものとなる。

だから支配種達は留まる土地の者達に文明を作らせ、知識を与え、自らの血筋を混ぜて発展させるのだ。

聖骨を探し求め、聖骨を口にし続け、キシャールもアンシャールも一体どこへ向かっているのか。

総統の意向を知るものは誰もいない。そもそもこの跳躍の旅の目的を探り、疑問に思う者が居ないのだ。

支配種にとって聖骨は手の届きやすい嗜好品で、当たり前のように口にするもの。

跳躍の旅も、それが支配種の生き方というだけで意味などないのだ。


跳躍の時、支配種達は身一つで次の土地に赴くわけではない。

生活に支障がないように都市も次の土地へ移動させるのだ。それを担うのは、おそらくキシャールの中でも低層の者たちの仕事なのだろう。


今支配層たちが暮らしている都市は総統と同じ、或いはそれ以上に世界を渡っている。

それが叶うのも、都市の全てが石造りで、無機物は跳躍に耐えることができるからだ。

しかし生物はもちろん植物の多くが跳躍には不向きだ。

だから跳躍のたびにヴィザナが森を育てる。

都市の中央にある中庭もまた然り、ここはヴィザナとは別のアンシャール達が手入れしているらしいが、草花が咲き誇り、愛玩用の動物達が放たれていて、ヴィザナの森ほどではないが自然の営みが感じられる。


中庭は支配層の居住区の中央にある。

支配層の居住区は、中庭を臨む高台に総統の住居と幹部の住居があり、それ以下の黒髪のキシャールと白髪のアンシャールの居住区が庭の左右にそれぞれ別れて配置されている。その中でさらに順位ごとに分かられているが、低位の区画といえど、外界からしたら遥かに豊かな生活だ。


住む場所は分けられていても、中庭を使うのは自由。ここは各区画の交差点でもあるから、庭の外縁の遊歩道には常に誰か歩いている。

遊歩道を外れて林を抜けた先には、湖がある。ここが都市の一角である事を忘れさせるほどの広さだ。


手漕ぎの小舟に乗ることもできるので、時折り支配層の男女が相乗りして楽しんでいるようだが、普段は支配種の気配は殆どなく、もっぱら動物や鳥達の憩いの場となっている。

静かに過ごすのにはちょうどいい場所だ。


そしてこの湖の中には、水に愛された者たちだけが知る秘密がある。5層造りの建物が並ぶ居住区が沈んでいるのだ。

かつてここで誰かが暮らしていたのか、いつか使うためなのかはわからない。

少なくともヴィザナが生まれた時にはここは既に湖だったそうだ。


岸からは想像もつかない程深い水の中を、鯱が優雅に泳いでいる。

建物の雨樋や折れた柱が時折障害物になるが、それを交わすのもまた楽しみだ。


そんな遊泳を楽しんでいると、鯱の更に下に黒い影が迫ってくる。

エラや背から伸びる透き通ったヒレを優雅にはためかせながら、巨大な蛇は悠々と鯱の下を過ぎ去っていく。

彼はジャタールの親縁で、この湖の街が水に沈む前の事を知っていると聞いたことがある。

年も離れているし、あまり話したことはないが、中々に思慮深い者だ。


この水場は彼のものと言ってもいい。

彼が使うというのなら、若輩者は譲るべきだ。

鯱は頭を上げて水面を目指した。

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