第2話
第2話
不意に、低い音がして非常灯がつく。
エレベーターの中が、ぼんやりと明るくなった。
自分に的確に忠告してくれた同乗者に挨拶してみようと、振り向きかけたその時。
ぽんという軽快な音に続き、ぱちぱちと火花の音がした。
瞬く間に、再び真っ暗になる。
「君が金切り声を上げる娘ではないこと、僕は祈っているよ」
「だ、大丈夫よ。十六歳のわりには落ち着いているって、よく言われるの」
瞬時にきこえてきた言葉や現況に、目をぱちくりさせ、いつものようにおっとりとした声音を保ちつつ言う。
それでも、どうしようもなく沸き立つ不安を滲ませていた。
狭いエレベーターに、閉じ込められたことからくる息苦しさ。
このままの状況が、あと何分くらい続くのだろうか?
でも、まだ大丈夫。
募ってくる恐怖心を抑えながら、自分に言いきかせている。
「それはよかった。君は金切り声を上げ、すぐさま気絶するようなか弱い娘とは違うらしい。それではいろいろと困るだろうしな」
「気絶しないとは、言っていないわ。金切り声を上げるタイプじゃないだけ」
何だか韻を含んだ声音に、私は思わず反発した。
「へえ。それじゃあ、気絶する傾向があるのかい?」
「そんなものはないわよ」
私は、小さく首を振り、暗くて狭い空間を意識しすぎていた。
冷や汗を滲ませながら、私はぎゅっと拳を握りしめている。
「ならば、これからどうする?」
「ともかく、外に出る方法を考えるわ。私、携帯電話は持ってこなかったのよね。あなたは?」
「そんなものは、持っていない」
「そう」
相手から試すかのような問いかけや、あっさりきこえてきた非情な答えに動揺しながら、自分の頭を振り絞った。
私は、外部と電話することができる、コントロールパネルがあったことを思い出す。
すぐさまそろそろと、それを探しはじめる。
すぐ近くの男性は、動く気配一つもない。
「どうだ?」
私は、暗闇の中、コントロールパネルをどうにか探しあてた。
備えつけてあるインターホンに耳を当てるが応答はなく、小さく首を振る。
「……駄目ね。どうやらしばらく、時間がかかりそう。電気系統と一緒に、非常電話も故障したみたいだわ」
それを口にし、本当に閉じ込められたと、私自身強く意識してしまう。
それは、濡れた毛布のように、重くのしかかる圧となってしまう。
「さて、どうする?」
「どうするって。きっと私たちには、何もできないから、このまま助けを待つしかないわよ」
換気装置も止まったようで、やけに熱く感じて、私は深呼吸をしようとした。
だが、うまく肺に空気が入ってこない。
「名前をきいていい?」
「……」
名前が残っている空気と、何か関係があるのだろうか?
応じることができず、私は混乱する頭の中で、そんなことをぐるぐると考えていた。
「シフィルだ。名前は?」
再度呼びかけられ、その声音の穏やかさと心地よさに我に返る。
「もえよ」
自国では珍しい名前に、私自身多少なりに疑問に感じつつ応じる。
酸素が薄くなり、肺の働きが悪くなる前に。
今、こんがらっているこの状況を打開するため、自分自身に冷静にと念じている。
「酸素かい? 大丈夫だ。そう簡単になくならない」
私の意図を読んだかのように言うシフィルと名乗った男性の声音は、面白がっている響きがある。
思わず、目を吊り上げる。
「もし、なくなったら?」
「面白いことを言うな。酸素なんて、そう簡単になくならない。それよりもえ、これからどうする?」
「どうするって、そう言われても……。そうね。まず体力温存のため、座るしかないわよね」
私の中で憤りや焦りがあっても、いつものおっとりとした口調は、以前と変わることはない。
それでも自分が小刻みに震えていることには、私は気づいていた。
自分の過剰な反応に驚きながら、絨毯を敷いてある床に座り、壁に背中をもたせかける。
少しして、シフィルも着ずれの音を立て、その場に座った。
わずかに覚えのある爽やかな香りが、こちらへ漂ってきたのはわかったけど。
今はそのことについて考えている余裕は、私にはなかった。
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