夜の自動販売機の光

星屑肇

夜の自動販売機の光

**夜の自動販売機の光**


深い夜、街は静まりかえり、月明かりが薄暗い路地に影を落としていた。そんな中、ひときわ明るく光るのが、一台の自動販売機だった。そこは、人々が行き交う繁華街の外れで、夜の闇の中に、まるで灯台のように立っていた。


ホームレスのケンは、そこのベンチに腰掛けていた。彼の服は薄汚れ、髭は伸び放題で、年齢よりもずっと老けて見えた。彼は、晩ご飯を食べることもできず、空腹のために薄暗い世界を漂うように感じていたが、その目は自動販売機の光に引き寄せられていた。


「今日は冷え込むな」と、ケンは呟き、肩をすくめた。彼にとって自動販売機は、単なる飲み物を買うための場所ではなかった。そこは温もりを感じる場所であり、短い時間でも明るい気持ちにさせてくれる唯一の照明だった。


手元には、数枚のコインがあった。ケンはそのコインを見ながら、何を買うか悩んだ。温かい缶コーヒーか、果汁100%のジュースか。彼は自分の腹をなでてみて、考えた末に「温かいものがいい」と決めた。


自動販売機のボタンを押し、缶コーヒーを取り出すと、その蒸気がふわりと彼の顔にかかる。ケンはその香りを嗅ぎながら、温もりを感じた。その瞬間、彼は思わず笑みを浮かべた。「こんな小さな幸せが、どれだけ素晴らしいか」と、心の奥に小さな火が灯ったように感じたのだ。


その時、ふと視界の隅に子供の姿が見えた。親に手を引かれて歩く小さい男の子だ。彼は自動販売機の光に興味を引かれ、じっと見つめていた。その無邪気な目に、ケンは過去の自分を思い出した。かつて、夢と希望に満ち溢れていた頃の自分。温かな家庭に囲まれていた日々を懐かしく思い、心が少し痛んだ。


男の子は、父親を見上げて「ジュースが飲みたい!」と無邪気にねだる。父親は笑顔で「いいよ、少し待ってて」と言い、その場で欲しいジュースを選ぶ様子を見ていた。ケンは自分も、かつてはこんな幸せを感じていたのだと考えるうちに、胸が熱くなった。


その瞬間、ケンの心に何かがひらめいた。彼は自動販売機の光を背に受け、少しずつ立ち上がった。自分も、人々にとっての光の一部でありたいと感じた。たとえどんなに厳しい状況にあっても、一瞬の優しさを届けられるように生きようと決意したのだ。


再びベンチに戻り、缶コーヒーを一口飲みながら、彼は温かい思い出とともに、その小さな光が持つ力を感じた。自動販売機の明かりは、確かに彼の道を照らしてくれていた。


夜の闇の中で、ケンは自分の足元に光を見いだし、その小さな幸せを手繰り寄せることを、決して忘れないと心に誓った。たとえ辛い現実があっても、その瞬間の光が、彼の人生に希望をもたらしてくれるのだと、信じ続けた。

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夜の自動販売機の光 星屑肇 @syamyu

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