1話 彩瀬の幼馴染

彩瀬とは、気がついたらいつもそばにいた。



きっかけは、幼稚園からずっと一緒にいたとか、近所の親たちが仲が良くて、それでよく遊んでいたとか。

そんな細かいことはよく覚えていない。


彩瀬は、まるで最初から家族だったかのようにずっとそこにいたんだ。



家で一緒に宿題をしたこと——


手を繋いで夏祭りに行ったこと——


下校中に、二人乗りで自転車で帰ったこと——


今思えば、どれも大切な俺の宝物のような思い出だ。




彩瀬は美しかった。



陶器のようななめらかな肌。

とろんと潤んだ奥二重の瞳。

夜の底を滑るような、艶やかな黒髪。



中高生になると、彩瀬の人気は一気に爆発した。


男も女も、誰もが彩瀬を取り囲むようになった。



俺の幼馴染は、こんなにも魅力的で、人気があって、頭が良くて、運動もできて、美しい。



それに比べて俺は、地味で、いつも一人で、成績も平均的で、運動音痴で、言わば普通だ。



ただの幼馴染だと思っていた彩瀬は、俺の中で、いつの間にか、憧れの人になっていた。





不思議なことに、学校では口をきくことがないのに、なぜか帰り道になると、彩瀬と俺は帰り道が重なった。


俺と彩瀬は、毎日下校中にたくさんのことを喋った。


学校のこと。


友達のこと。


勉強のこと。


家族のこと…


今では住む世界が違うみたいになっているけど、俺は、俺だけが彩瀬とこの時間を共有していることが誇らしかった。



だけど、日々を過ごしていくうちに、彩瀬は少しづつ影を落としていくようになった。



目の下にはうっすらと隈が張り付き、どこか上の空で、うつらうつらと放心しているように見えた。



(彩瀬、顔色悪いよ。大丈夫?)



俺がそう言うと、彩瀬はハッとしたように表情を切り替え、にっこりと笑顔を作って、こちらを見つめた。


(大丈夫だよ。最近徹夜して寝不足なんだ。淳也は優しいね)




次の日、彩瀬は先生にバレない程度に、うっすらとメイクをしていた。



目の下は隈は綺麗に隠れていて、パッと見ても健康そうに見えた。

だけど、彩瀬の疲れは隠しきれてなかった。


どれだけ疲れを隠そうとしていても、ずっとそばにいた俺には彩瀬の体調が手に取るようにわかった。


—————————

彩瀬はクラスの中心にいた。


特別目立つわけじゃないのに、そこにいるだけで、まるで周りに華をそえる一輪の花のようだった。



みんなが彩瀬のことを頼り、

みんなが彩瀬のことを崇め。

みんなが彩瀬のことに憧れていた。


カースト上位のイケてる男女も、中間層も、地味な下層部のクラスメイトたちも、彩瀬はみんなに分け隔てなく誰にでも優しかった。

そこが彩瀬の素敵なところだと思う。


……だけど。


俺は一つ気に食わないことがあった。


——それは、誰も彩瀬の変化に気が付かないことだった。


うっすらとメイクをして綺麗になっていることはみんなわかっているみたいだけど、かける言葉がみんなズレている。


「彩瀬、メイクしているの?すごく綺麗」

「中学デビュー?私もメイクしてみようかなー」


違う。そこはそんな言葉をかけるところじゃない。

そこは、こうかけるべきだ!


(彩瀬、最近疲れているの。大丈夫?)


俺は、誰よりも早く彩瀬の体調不良に気付き、心配の声をかけた。


だけど、誰もそれを言わなかった。


それが許せなかった。




中学の秋頃、彩瀬は学校を休むようになった。


それが、1日、2日、3日——

一週間、そして1ヶ月と、ずるずると長引いてしまった。

最初のうち、クラスメイトたちは⦅心配しているフリ⦆をして喋っていた。

「彩瀬、長いこと休んでるけど大丈夫かな?」

「風邪みたいだよ。早く学校に来れるようになったらいいね」


だけど、3日を過ぎると、それはまるで、最初から彩瀬なんてクラスにいなかったかのように、話題から消えていった。


表面では「心配だね」と言ってるくせに、実際に心の底から心配している奴なんていなかった。



なぜそう断言できるのか?


俺は、彩瀬が学校を休んだその日から、毎日彼女の家を訪れていたからだ。



—————————


「いつも来てくれてありがとうありがとう淳也君」


俺は彩瀬の母にお辞儀をした。

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