2話 彩瀬とあの頃の記憶
『久しぶりだね、淳也。元気にしてたかな?』
それは、2年ぶりに届いた彩瀬からのメッセージだった。あの日を迎えるまで、僕たちは毎日やりとりをしていた。そう――あの日までは。
彩瀬が生きていた。
それは、思っていた以上に、僕にとって喜ばしいことだった。彼女を失ってから、僕は毎晩、彩瀬の夢を見ていた。手を繋ぎ、笑い合い、肩を並べ、口づけを交わす夢。
現実では付き合っていたわけじゃなかったけど、僕はずっと、もっと素直に気持ちを伝えればよかったと後悔していた。
もしも本当に彼女が生きていて、僕にメッセージを送っているのなら、僕は服を全部脱ぎ捨てて、外を走り回るくらい喜んでいたと思う。
――でも。
どうしても腑に落ちないことがいくつかある。僕の記憶が、それを否定している。
失踪。
遺体。
葬式。
もしも彩瀬が生きていたとしても、その記憶たちは都合よく書き換えられず、僕の前に立ちはだかる。
おばさんの悲痛な叫び。
血の気を失った肌。
空っぽになった部屋。
それらは僕を現実へと引き戻し、「夢じゃない」と信じたい気持ちを打ち消す。
じゃあ、これは誰なんだ。
誰が彩瀬のアカウントを使って、僕に連絡してきた?
彩瀬は、もうこの世にいない。
けれど、確かに今、メッセージは届いている。
『久しぶりだね、彩瀬。君こそ元気にしていたかな?』
僕は、まるで昨日からメッセージをしているかのように、いつも通りに返信してみた。
本当は、どうして彩瀬のアカウントを使用できている?お前は何者だ?なんて問いかけたいけど、僕の中で、微かに彩瀬はまだ生きている、と言う希望を捨てきれなかった。
『急に送ったりしてごめんね。私、今までお父さんの出張の関係で、ずっと海外にいたの。長いこと報告できなかったの。驚かせたね』
『別に構わないよ。こうやって、また僕にメッセージを送ってくれたことが嬉しいよ』
平静を装っているように見せているが、僕の手は震えていた。そのまま、生きているという事実を受け止めたい都合のいい自分と、どうやってこの文面を送っている人物が本物の彩瀬だと証明するにはどうしたらいいのか、必死に頭を巡らせている。
『淳也は変わらないね。いつも人に気を遣って、優しくしてくれる。でも、そのせいで友達ができにくいところがあるんだよね』
「……ほっといてくれよ」
思わず、そう口で呟いてしまった。
お節介で、余計なひと言を加えるところ。
昔と変わらない“彩瀬らしさ”が、メッセージの中に滲んでいた。
そう――僕が友達を作れずにいた頃、彩瀬は他の男子のところへ僕を引っ張っていった。
「古賀淳也君です。彼はまだ友達がいないから、仲良くしてあげて」
あれは恥ずかしかった。逃げ出したくなったのを、今でも覚えている。
『君は覚えてるかな? 僕がまだ友達を作れなくて、加藤のところまで僕を引っ張ったこと。あれは本当に恥ずかしかったよ』
試すように、僕は“罠”を投げた。加藤というのは、架空の人物だ。本当は――中田涼真という、今でもたまに話すクラスメイト。
中田は誰とでも平等に接するけれど、基本は群れたがらない。そんな彼を、彩瀬は「友達がいない」と思い込み、僕の“友達候補”にしたのだった。それはそれで、失礼な話だったけれど。
――そして返ってきたメッセージは、こうだった。
『うん、覚えてるよ。私、淳也に友達を作ってほしくて連れて行ったんだよね。でもその人は、ただ一人が好きな一匹狼みたいな人だった。今思うと、すごく失礼なことをしちゃったなって思う』
『でも――加藤君って誰? 私、中田君に声をかけた気がするんだけど』
……罠は通じなかった。
名前を一度も出していないのに、正確に“中田”の名を挙げてきた。
これは、どう考えても偶然ではない。
じゃあ――本当に、彩瀬なのか?
それとも……天国から、LINEを送ってきたのか?
いや。そんなの、あるはずがない。僕は天国も地獄も信じていないし、死後の世界を証明した者などいない。
ならば、第三者の可能性は?
僕らと中田の関係を知っていて、彩瀬のスマホにアクセスできる人物。果たして、そんな奴が存在するのか。他にそんなことができるとしたら———。
『君はもう、こっちに帰ってきてるんだよね? 学校には来られるの?』
……生きているのかどうかを考えるより、直接会えば済む話だ。
会えば、すべてがはっきりする。
返信を送ってから、1時間。
スマホを握る手に汗がにじむ。
……既読がつかない。
もしかして、もう返信は来ないのでは?
そう思った矢先、メッセージの角に「既読」のマークがついた。
数分後、画面に文章が表示される。
『うん。学校には行くよ』
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