仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件 〜村をざわつかせる三人娘よ、俺を踏み台に傑物に育て!〜
第41話 大丈夫だよ。クー、学校やめたから。
第41話 大丈夫だよ。クー、学校やめたから。
ケティルの件は、まだ取り調べがつづいているようで、よくわからない。
いまは、この平和な日常を噛み締めよう……と思っていたのだが。
俺が朝食の準備を終え、食卓に温かいスープとパンを並べた頃、娘たちが眠い目をこすりながらぞろぞろと起きてきた。
「おはよう、パパ」とピヒラ
「おはようなのにゃ!」
「おう、おはよう。顔を洗ったら、さっさと制服に着替えてこい。もうすぐ出発の時間だぞ」
ピヒラとミーシャは「はーい」「にゃーい」と元気よく返事をすると、洗面所へと向かう。
その後、制服に着替えて戻って来る。
だが、一人だけ。
クータルだけが、まだ寝間着のまま、ソファにちょこんと座って、足をぷらぷらさせている。
「あれ、クータル。どうしたんだ? なんで制服に着替えてないんだ?」
俺が不思議に思って声をかけると、クータルは、さも当然といった顔で、にぱっと笑って答えた。
「大丈夫だよ。クー、学校やめたから」
「…………は?」
思わず、手に持っていたパンを落としそうになる。
「が、学校をやめるって……ど、どういうことだクータル!? 誰かにいじめられたのか!? それとも、何か嫌なことでもあったのか!?」
俺は完全にパニックに陥り、その小さな肩を掴んで問い詰める。
ミーシャの一件が解決したばかりだというのに、今度はクータルか?
王都のガキどもは、うちの娘に何か恨みでもあるのか?
だが、クータルは俺の剣幕にも動じず、ただ、ふるふると小さく首を横に振るだけだった。
「ちがうよ。嫌なことはないよ」
「じゃあ、なんで……」
「やめるから、やめるの」
それだけ言うと、彼女はぷいっとそっぽを向いて、リビングのソファにちょこんと座り込んでしまった。
理由を言う気はないらしい。
その小さな背中からは「てこでも動かん」という、鋼鉄の意志が感じられた。
まずい。
これは、本格的な登校拒否、いや、『登校ストライキ』だ。
◇◇◇
結局、クータルはその後、何を言っても「やだ」「いかない」の一点張り。
困り果てた俺は、ひとまず彼女を休ませることにして、自分だけ学園へ『出勤』することにした。
「クー、じゃあ、行ってくるからな」
その時だった。
「クーもいく!」
ソファでふてくされていたはずのクータルが、タタタッと駆け寄ってきて、俺のズボンの裾をぎゅっと掴んだ。
「いや、お前は休んでていいんだぞ?」
「やだ! パパといくの!」
そして、彼女は家の隅に置いてあった、あるものを指さした。
ウィッカーデイルで、まだ赤ん坊だった彼女を運ぶために俺が手作りした、あの懐かしい『背負い籠』だ。
クータルは、その籠に、よいしょ、と自ら入ろうと試みる。
「んー……んしょ……」
だが、もう、その小さな体は、あの頃とは違う。
お前は大きくなったんだ。
「あれ……? はいんない……」
お尻が籠に完全につっかえてしまい、どう頑張っても収まらない。
それでも諦めきれないのか、角度を変えたり、足を無理やり折りたたんだりして、籠と四苦八苦の格闘を繰り広げている。
その、あまりにもコミカルで、どうしようもなく愛おしい姿に、俺は思わず吹き出してしまった。
さっきまでの深刻な悩みが、馬鹿みたいに思えてくる。
「はは、もう無理だろ、クータル。お前、大きくなったんだから」
「むー……」
頬をぷうっと膨らませる娘の頭を、俺は優しく撫でてやった。
◇◇◇
結局、俺はクータルの小さな手をつなぎ、二人で王立学園へと向かうことになった。
まあ、たまにはこんな日もいいか。
俺が『特別顧問』として上級生の授業に立ち会っている間、クータルは訓練場の隅っこで、ちょこんと体育座りをして大人しく見学していた。
その、小さな銀髪の塊は、殺伐としがちな訓練場において、異質な、だが圧倒的な癒やしオーラを放っていたらしい。
休憩時間になると、生徒たちが次から次へとクータルの元へ集まってくる。
「クータルちゃん、これ、お母様が焼いてくれたクッキーよ。どうぞ」
「僕の家の果樹園で採れた、とっておきの果物だ! 食べてくれ!」
すっかり人気者じゃねえか。
クータルは、もらったお菓子をもぐもぐと頬張りながら、満更でもない顔をしている。
そんな和やかな光景を、俺は少し離れた場所から、目を細めて眺めていた。
ふと、視線を転じると、訓練場の、そのまた隅の方。
誰とも交わらず、一人で黙々と剣の素振りをしている生徒がいた。
ソルヴァだった。
その背中は、まだどこか寂しそうで、痛々しかった。
その時だった。
クータルが、そんなソルヴァの姿に気づいた。
彼女は、生徒にもらったばかりのクッキーを、その小さな両手で大事そうに握りしめると、てちてち、と覚束ない足取りで、ソルヴァの元へと駆け寄っていく。
そして、その無防備な背中に向かって、精一杯の声を張り上げた。
「おねーちゃん、どーじょ!」
突然の声に、ソルヴァの肩がびくりと震える。
振り返った彼女の顔には、驚きと、戸惑いの色が浮かんでいた。
だが、目の前で差し出されたクッキーと、その一点の曇りもない、太陽のような笑顔を前にして、拒絶することなどできるはずもなかった。
「……ありがとう、ございます」
ソルヴァは、消え入りそうな声でそう言うと、おずおずとクッキーを受け取った。
その、凍てついていたかのような表情が、ほんの、ほんのわずかだけ。
和らいだように、俺には見えた。
「おい、見たか……?」
「あのソルヴァ様が……笑った……?」
遠巻きに見ていた生徒たちが、信じられないものを見たかのように、ひそひそと囁き合っているのが聞こえた。
◇◇◇
その日の帰り道。
俺は、隣を歩くクータルに、もう一度、尋ねてみることにした。
「なあ、クータル。朝の話だけどな」
「ん?」
「本当は、どうして学校に行きたくなかったんだ? パパにだけ、こっそり教えてくれよ」
俺の言葉に、クータルはぴたりと足を止めた。
そして、俺の顔を、じっと、真剣な瞳で見上げてくる。
その小さな唇から紡がれたのは、俺がまったく予想もしていなかった、あまりにも健気で、切実な言葉だった。
「さいきん、ぱぱとずっとはなれてて、つまらなかったの」
ぽつり、と彼女は言った。
ああ……。
そうだな。
そうだった。
ウィッカーデイルにいた頃は、何をするにも一緒だった。
俺が日銭を稼ぎに行く時も、あの手作りの背負い籠に入れて、いつも背中にその温もりを感じていた。
この王都に来て、クータルが立派に成長している、そのことばかりに気を取られて……一番大事なことを見落としていたんだ。
俺が「父親」として過ごす時間が、この子と「一緒」にいる時間が、以前よりもずっと、短くなっていたことに。
寂しいに、決まってるよな。
俺は、なんて馬鹿な父親なんだ。
俺が何か言葉を返そうとする前に、クータルは、さらに言葉を続けた。
小さな胸を、精一杯に張って。
「パパ、すぐあぶないことしそうだから、クーが、ちゃんとみててあげないとだもん! だから、ずぅっといっしょ」
その、あまりにも健気な愛情。
俺は、その言葉に、胸の奥を強く、強く打ち抜かれた。
迷惑ばかりかけて、寂しい思いをさせて、俺はなんてダメな父親なんだ。
そんな自己嫌悪と、それ以上に込み上げてくる、どうしようもない愛おしさ。
もう、こらえきれなかった。
俺は、その場にしゃがみ込むと、その小さな体を、壊れ物を扱うように、だが力いっぱい、抱きしめた。
「そうか。そうだったのか……。すまねえ、クータル。心配、かけたな。寂しい思いをさせて、本当に、すまなかった」
俺の腕の中で、クータルは「うん」と、こくりと頷いた。
「ありがとうな。パパ、もう大丈夫だから。お前がいてくれたら、パパは、最強だからな」
俺の偽らざる本心。
それを聞いたクータルは、俺の胸に顔を埋めたまま、くすぐったそうに、そして最高に嬉しそうに笑うのだった。
――――――――――――――――――
【★あとがき★】
皆様のおかげで★100達成できました。
ありがとうございました。
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