第25話 畑の管理者

 王都行きを決めたはいいが、畑をどうするかが問題だった。

 ギュンターの店との契約もある。

 なにより、あそこは俺たち家族の大切な畑だ。

 三ヶ月とはいえ、放置していくわけにはいかねえ。


「うーん……」


 俺が腕を組んでうんうん唸っていると、台所で夕食の準備をしていたピヒラが、心配そうにこちらを覗き込んできた。


「パパ、どうしたの? 難しい顔をして」


「ああ、ピヒラか。いや、畑のことだよ。俺たちが留守の間、誰かに管理を頼まねえとなって」


「そっか……そうだよね。あそこは、みんなの大事な場所だもんね」


 ピヒラの言葉に、俺は一つの考えに思い至る。

 そうだ、専門家がいるじゃねえか。


「よし、ピヒラ。ちょっと付き合え。お見舞いがてら、人に会いに行くぞ」


「え? うん、わかった!」


 俺は収穫したばかりの、ルビーみたいに輝くトマトと、黄金色のトウモロコシをいくつか籠に入れる。

 それから、畑の隅の土を、こっそりと小さな革袋に詰めた。


 口実はお見舞い。

 だが、本当の目的は、未来への投資と、スカウトだ。

 俺たちは、先日助けた魔法使い、リーネが療養しているという街の宿屋へと向かった。


◇◇◇


「あ、ダンスタンさん! わざわざお見舞いに……? こちらの可愛い方は?」


 俺が紹介しようとする前に、ピヒラが、もじもじしながらも、小さな声で自分から口を開いた。


「あ、あの……ピヒラ、と申します。先日、パパが……いえ、父がお世話になりました」


 ぺこり、と小さな頭を下げるピヒラ。


「まあ、ご丁寧にどうも。リーネです。こちらこそ、あなたのお父さんには命を助けていただきました」


 和やかな自己紹介が終わったところで、俺は本題を切り出す。


「具合はどうだ?」


「はい、おかげさまで。ただ、お医者様には全治一ヶ月はかかると……」


 リーネは悔しそうに自分の足を見つめる。


 俺は「まあ、焦るな」と声をかけ、持ってきた見舞いの品をテーブルに置いた。


「これ、うちの畑で採れたんだ。大したもんじゃないが、食ってくれ」


「わあ、ありがとうございます! ……って、え?」


 籠の中の野菜を見た瞬間、リーネの動きがぴたり、と止まった。

 農学魔法の専門家である彼女の目が、カッと見開かれる。


「こ、このトマト……なんていう生命力……! それに、このトウモロコシの粒に満ちた魔力量……ありえません! 学園のどんな魔法薬を使ったものより、ずっと上質です!」


 彼女は野菜を一つ一つ手に取ると、食い入るように観察し、ぶつぶつと専門用語らしきものを呟き始めた。

 その姿は、もうただの怪我人じゃない。

 完全に研究者の顔だ。


 俺は、にやりと口の端を吊り上げ、とどめとばかりに、懐からあの革袋を取り出した。


「ついでに、そこの土もだ」


「……失礼します!」


 リーネは革袋を受け取ると、中から一握りの黒土を取り出し、指先でその感触を確かめるように、そっとすり潰した。

 次の瞬間、彼女は絶句した。


「嘘……こんな……こんな魔力量を秘めた土壌、どんな文献でも見たことがありません! まるで、大地そのものが生きているみたいです。ダンスタンさん、一体どんな魔法を……いえ、これはもはや魔法というより、奇跡の領域です!」


 興奮のあまり、彼女は早口でまくしたてる。


 よし、食いついてきた。


 俺は、この瞬間を待っていた。


「なあ、リーネ。単刀直入に言う。俺たちが王都に行ってる間、三ヶ月だけでいい。あんたに、この畑の管理を任せたいんだ」


◇◇◇


「……え?」


 俺の言葉に、リーネの興奮がぴたりと止まった。

 彼女は、目の前の奇跡のサンプルと、俺の顔を交互に見つめ、やがて、悔しそうに顔を歪めた。


「これほどの畑の管理……専門家として、これほど心惹かれるお話はありません。ぜひ、やらせていただきたい。ですが……」


 彼女は、包帯の巻かれた自分の足を、力なく叩いた。


「この足では、まともに歩くこともできません。畑仕事なんて、とても……。本当に、申し訳ありません……」


 その、諦めに満ちた声。


 だが、俺はまだ切り札を隠し持っていた。

 いや、俺じゃない。

 俺の、自慢の娘が、だ。


 俺とリーネのやり取りを、ずっと黙って隣で聞いていたピヒラが、一歩、前に進み出た。

 そして、小さな革袋から翡翠色に輝く液体が満たされた小瓶を取り出す。


「あの……これ、飲んでください」


「え? これは……?」


「私が、うちの畑で育てた『レクナール草』で作った、治癒薬です。きっと、あなたの助けになります」


 リーネは戸惑いながらも、その小瓶を受け取った。

 半信半疑、といった顔で、彼女はその翡翠色の液体を、こくり、と一口飲み干す。


 その、瞬間だった。


 ふわり。


 リーネの足の傷が、淡い、温かい光に包まれた。

 光は、まるで意思を持っているかのように、傷口を優しく撫でていく。

 そして、光が収まった時。


「……うそ」


 リーネが、呆然と呟く。

 あれほど分厚かった包帯は、もう必要ないとばかりに、はらりと床に落ちた。

 その下から現れたのは、傷一つない、滑らかで美しい肌。

 医者が「全治一ヶ月」と匙を投げた怪我が、たった数秒で、完全に、跡形もなく消え去っていた。


◇◇◇


「な……なんで……。私の足が……」


 リーネは、信じられないといった様子で、自分の足を何度も曲げ伸ばししている。


「ダンスタンさん! ピヒラさん! このご恩は一生忘れません……! そして、一人の研究者として、お願いします! ぜひ、私に畑の管理をさせてください!」


「ああ、頼む」


 俺が頷くと、リーネは「ありがとうございます!」と、ぱっと顔を輝かせた。


「それで、給料についてなんだが……」


「あ、あの、お給料のことですが、私はこのご恩と、研究の機会をいただけるだけで十分なので……生活できる最低限で、いえ、食住をご提供いただけるなら無給でも構いません!」


 必死に、そして謙虚にそう申し出てくるリーネ。

 その真面目さが、なんだかおかしい。


 俺は思わず、ふっと笑みをこぼした。


「馬鹿野郎。そんなわけにはいくか」


「で、ですが……!」


「報酬は、この畑から上がる収益の七割。それでどうだ」


「な……ななな、七割ですって!? そ、そんな法外な! 絶対に受け取れません! 多すぎます!」


 リーネが、ぶんぶんと首を横に振って猛烈に固辞する。


「じゃあ六割五分」


「無理です! 一割でも多いくらいです!」


「ちっ、頑固なやつだな……」


 うーん。

 実は、いまギュンターからもらってる分だけでも、数年は何もしなくても暮らせるんだよな……。


「分かった! これが最終案だ! 収益の半分をあんたに渡す! これ以上は一歩も譲らんからな!」


 リーネは「う……」と言葉に詰まる。


「いいか、リーネ。対等なパートナーなんだから、収益を半分こにするのは当たり前だろ? ……よろしく頼むぜ」


「うー……はい……。ダンスタンさん、この畑は、三ヶ月間、私が命に代えても、必ず、守り通します!」


 命に代えられても困る。

 いざというときが来たら畑を捨てて生きてくれ。


――――――――――――――――――

【★あとがき★】


 なかなかコメント返しができておらず、すみません。

 皆さんからいただいていたコメントのお陰で小説を書けております。

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