第5話 奈落の支配者
僕だけの聖域、奈落のサンクチュアリを見つけてから一週間が経過した。
もはやあの狭く湿った隠れ家での日々が遠い昔のことのように感じられる。
ここには僕の復讐計画を加速させるための全てが揃っていた。
天井に煌めく巨大な魔力結晶は尽きることのない魔力をこの空間に供給し続け、中央の地底湖はあらゆる生命の源となっていた。
僕はまずこの広大な王国を盤石にするための支配体制の構築から始めた。
「ガンテツ」
僕の命令を受け、重厚な亀型の人形ガンテツが僕たちが侵入してきた通路の穴をその身をもって完全に塞いだ。
砕いた魔力結晶を練り込んだその甲羅は並大抵の物理攻撃では傷一つ付かないだろう。
これで外部からの侵入経路は僕の許可なくしては存在しないことになった。
さらに僕は通路の壁や天井に採取しておいた『足止め蔓』の種を無数に植え付けた。
僕の【植物育成】スキルとこの地に満ちる魔力によって蔓は異常な速度で成長し、通路全体を覆い尽くす天然の罠と化した。
万が一ガンテツの守りを突破する者がいても、この生きた捕縛網から逃れることは不可能だ。
支配の基本は情報の掌握にある。
僕は新たに作り出した斥候人形『ヤミガラス』をこの広大な空洞の偵察へと放った。
鳥の形をしたヤミガラスの翼には音を立てずに滑空するための特殊な粘菌が塗り込めてある。
その目に埋め込んだ水晶を通して僕の意識は、僕自身の身体が飛翔しているかのような錯覚と共にこの聖域の全景を捉えていた。
眼下に広がるのは幻想的な光景だった。
地底湖の周辺には独自の生態系が形成されている。
湖畔に群生する植物の中には僕の知らないものが数多くあった。
ヤミガラスを降下させ、その一つ一つをじっくりと観察する。
《魔力喰らいの蔦(まりょくぐらいのつた)。
他の生物や植物に寄生しその魔力を吸収して成長する。
吸収した魔力は蔦の内部で強力な麻痺毒へと変換される》
《幻惑胞子(げんわくほうし)。
極小の胞子を飛散させ吸い込んだ生物の五感を狂わせるキノコの一種》
次々と明らかになる強力な植物たち。
これらは全て僕の武器となり僕の城を守る兵士となる。
僕は狂喜し、それらの種や苗を丁寧に採取して僕の苗床へと移植していった。
怨嗟草の周囲に僕だけの毒の庭園が着実にその版図を広げていく。
探索を続けるヤミガラスが地底湖の対岸、巨大な結晶柱の影に何か黒く光るものを見つけた。
近づいてみるとそれは火山活動によって生成されたかのような黒曜石の鉱脈だった。
だがただの黒曜石ではない。
内部にこの地の強大な魔力が凝縮された、いわば天然の魔力合金とでも言うべき代物だ。
通常の人形に混ぜ込めばその強度と魔力伝導率を飛躍的に高めることができるだろう。
僕は僕の王国が無限の可能性を秘めた宝庫であることを改めて確信した。
だがその時だった。
ゴゴゴゴゴ……!
地底湖の水面が突如として激しく波立った。
そして地鳴りのような咆哮と共に湖の中心から巨大な何かがその姿を現した。
それは全長十メートルはあろうかという巨大なトカゲのようなモンスターだった。
だがその全身はまるでダイヤモンドのように硬質で、多角的にカットされた水晶の鱗で覆われている。
頭部には禍々しい角が二本。
そしてその爛々と輝く瞳は紛れもなく古代種たる『バジリスク』のそれだった。
『晶鱗のバジリスク(クリスタル・バジリスク)』。
斥候時代に読んだ古文書にその名が記されていた。
神話級のモンスター。
その視線は万物を石化させ、その水晶の鱗はあらゆる魔法を弾くという。
なぜこんなものが。
いや違う。
こいつは元々この地底湖の底で永い眠りについていたのだ。
この聖域の真の主。
僕がこの地で活動を始めたことで僕の魔力と、そして何より『怨嗟草』が放つ強烈な負の感情に刺激され目を覚ましてしまったのだ。
「ギシャアアアアアァァッ!!」
バジリスクは僕という侵入者を認識すると甲高い咆哮を上げた。
そしてその目が僕を捉える。
――まずい!
直感的に僕はスキルを発動させた。
「【植物育成】!」
僕の目の前に採取しておいた『幻惑胞子』のキノコが瞬時に群生し、濃密な胞子のカーテンを作り出す。
バジリスクの石化の魔眼は直接視認しなければ効果を発揮しない。
胞子のカーテンによって視線を遮られたことで僕は石化を免れた。
だが状況は最悪だった。
バジリスクは僕の小細工に激昂し、地響きを立てながらこちらへと突進してくる。
その巨体から繰り出される突進はノロイちゃんの一撃とは比較にならないほどの破壊力を秘めているだろう。
しかし僕の心にあったのは恐怖ではなかった。
むしろ歓喜に近かった。
これは試練だ。
僕がこの聖域の真の支配者となるための。
そしてこの神話級のモンスターは僕の復讐を完成させるための最高の素材となる。
「ヤミガラス!」
僕の命令を受け、ヤミガラスがバジリスクの頭上を高速で旋回しその注意を引く。
「ミミツキ、情報を送れ!」
斥候人形ミミツキが物陰からバジリスクの全身を舐めるように観察し、その構造、弱点、魔力の流れといった情報をリアルタイムで僕の脳内へと送り込んでくる。
《対象:晶鱗のバジリスク。
水晶鱗の隙間、特に関節部が弱点。
石化の魔眼は魔力消費が激しく連続使用は不可能。
予備動作として両目が強く発光》
「ガンテツ、前へ!」
防御人形ガンテツが僕の前に立ちはだかる。
バジリスクの突進をその重厚な甲羅で正面から受け止めた。
ゴオォォン!と巨大な鐘を打ち鳴らしたかのような衝撃音。
ガンテツの身体が大きく後退するが、その甲羅はバジリスクの突進を見事に受けきっていた。
だがバジリスクの脅威はそれだけではない。
その口から強酸性の毒液が吐き出された。
ガンテツの甲羅がジュウジュウと音を立てて溶けていく。
「ヤミガラス、幻惑胞子を運べ!」
ヤミガラスが僕の足元に群生させたキノコを掴み取ると、バジリスクの顔めがけて投下する。
胞子をまともに吸い込んだバジリスクは混乱してあたり構わず毒液をまき散らし始めた。
チャンスは今だ。
僕は先ほどヤミガラスが見つけた黒曜石の鉱脈を思い出した。
あの硬さなら使える。
僕は新たに数体の小型人形を作り出した。
単純な構造の作業用人形だ。
彼らに黒曜石を削り矢のような形に加工するように命令する。
同時に採取しておいた『魔力喰らいの蔦』をその矢に巻き付けさせた。
「ノロイちゃん、行け」
僕の軍団の切り札、ノロイちゃんがゆっくりと、しかし着実に狂い続けるバジリスクへと歩みを進める。
ヤミガラスとミミツキが巧みにその注意を引きつけ、ノロイちゃんへの攻撃を逸らさせる。
ガンテツが僕自身への攻撃をその身で防ぎ続ける。
全ての人形が僕の頭脳と完全にリンクし、一つの生命体のように連携して動いていた。
やがて作業用人形たちが蔦を巻き付けた黒曜石の矢を完成させた。
僕はそれを一体の人形に持たせる。
それは腕が投石器のようにしなるように設計した僕の『砲台』だ。
「狙え。
関節を」
砲台人形の腕が大きくしなり、黒曜石の矢が風を切ってバジリスクの脚の付け根、水晶鱗の隙間へと突き刺さった。
「ギッ!?」
バジリスクが初めて明確な苦痛の声を上げる。
『魔力喰らいの蔦』がその傷口からバジリスクの魔力を貪欲に吸い上げ始めたのだ。
魔力を吸われたことで石化の魔眼の輝きが目に見えて弱まっていく。
好機は熟した。
ついにノロイちゃんがバジリスクの巨体の真横に到達していた。
その歩みの中で一体どれほどの時間が経過しただろうか。
僕が命令を発してからずっと、ずっとこの一撃のためだけにノロイちゃんは歩き続けてきた。
ノロイちゃんの泥でできた腕が静かに持ち上がる。
そして振り下ろされる。
標的はミミツキが特定した心臓に最も近い水晶鱗の僅かな亀裂。
ズドンッ!!!
それはもはや攻撃の音ではなかった。
山が崩れるような地が裂けるような、圧倒的な質量と怨念が叩きつけられた音。
バジリスクの巨大な身体がまるで紙細工のようにくの字に折れ曲がり、その命の輝きを宿していた瞳から光が急速に失われていく。
巨体はしばらく痙攣していたがやがて完全に動きを止めた。
静寂が戻った聖域に僕の荒い呼吸だけが響いていた。
僕はゆっくりと倒れたバジリスクの骸へと近づく。
その水晶の鱗は僕の復讐のための最高の鎧となるだろう。
その石化の魔眼は僕の植物に移植すれば最強の罠となるだろう。
その猛毒は怨嗟草の肥料とすればこれ以上ないほどの呪いを育むだろう。
僕はバジリスクの亡骸の上に立ち僕だけの王国を見渡した。
もう僕を脅かすものは何もない。
僕はこの奈落のサンクチュアリの正真正銘の支配者となったのだ。
だがこれはゴールじゃない。
始まりに過ぎない。
僕はヤミガラスを傍らに呼び寄せた。
「ヤミガラス。
お前に新しい任務を与える」
僕の視線はこの地下空洞の遥か上、光の届かない天井の先――地上へと向けられていた。
「地上へ続く道を探せ。
そして調べてこい。
勇者アレク、魔術師リリア、神官セラ。
あいつらが今どこで何をしているのかを」
ヤミガラスは僕の命令に静かに頷くと、音もなく漆黒の翼を広げ星々が瞬く天井の闇へと一直線に舞い上がっていった。
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