鍵のいらない家

朝倉 澪(あさくら みお)

1 夢のマイホーム

日曜の午後、悠斗と美咲は郊外の分譲地で光り輝く真新しい家を見上げていた。四月の柔らかな陽射しが白い外壁を照らし、窓ガラスに反射して夫婦の顔を程よく暖める。


「どうですか、この開放感。そして、何より安全性。オールインワンで最高安全です」


営業マンの西条は胸を張り、新車のセールスマンのように家の周りをくるりと歩いて見せた。彼は四十代前半、いつも同じ紺のスーツに身を包み、やや薄くなった頭頂部を気にしているようだった。スマートフォンを取り出し、アプリの画面を二人に見せる。


「鍵はスマホで共有、壁や床は最新素材、図面なんて見なくても大丈夫。とにかく"すぐ住めます"!今月のキャンペーンで諸経費も大幅カット」


取り出した資料には「安心・安全・シェアハウス」と大きく書かれている。銀行員の悠斗(32歳)とアパレル企業勤務の美咲(30歳)は、互いに視線を交わした。都内の狭いアパートで五年も過ごし、ようやく手が届きそうな理想の家。


「本当に、この価格で大丈夫なんですか?」美咲が恐る恐る尋ねる。


「もちろん!弊社はコストカットの技術に自信があります。無駄なプロセスを省き、シンプルで効率的な家づくりを追求しています」


共働きで忙しい二人は、その言葉に弱かった。手付金も格安、入居は来週。値段は予算内、立地も悪くない。西条の言葉と笑顔に押され、契約書にサインする手が震えるほど、念願の新居に胸が躍った。帰り際、西条はにこやかに付け加えた。


「何かあっても、いつでも対応しますよ。私たちのモットーは"スピード第一・改良自由"ですから」

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