バイト先が猟奇殺人コンサル会社だった件
柳屋玄吾
永遠芸術科技株式会社へようこそ
小さなカンファレンスルーム。
壁はコンクリート、吸音パネルが妙に静けさを強調する。
ホワイトボードにはマジックで「案件進捗」。
会議の名残みたいなコーヒーの染み。
会議室に入ると、壁にはカラフルな“夜店のお面”がずらりと並べられている。
狐、おかめ、ピカチュウ、アンパンマン、ウルトラマン……
どれもプラスチックで安っぽいのに、
今この部屋に置かれるだけで、やけに不気味だ。
コンサル担当は白い狐のお面。
俺はなぜかアンパンマンを手に取ってしまい、顔に当てると視界が少し狭くなった。
顧客の殺人鬼が部屋に案内され、素顔のまま椅子に座って、仮面の二人をじろじろ眺めている。
自分だけが“素”という異様さを楽しんでいるようにも見えた。
「では、今回の案件ですが……」
狐面のコンサルが書類をめくる。
その横で、俺はアンパンマンの口元の穴から小さく息を吐いた。
“夜店のプラお面で殺人案件の進捗会議”
我ながら、人生の終わり方としてなかなか斬新だと思った。
椅子の端に腰掛けた俺は、ただひたすら無言で“議事録”をタイプしていた。
コンサル担当は、どこにでもいる地味なスーツ姿。
だけど、その声だけやけに親切で柔らかい。
隣に座る殺人鬼は、明らかに目がイッてる。
柄シャツに派手なスニーカー。
笑いながら指先でテーブルをトントン叩いてる。
「さて、今回の案件ですが…
まず“どんなゴールイメージ”を持っていますか?」
俺はノートPCを開きながらこの会話が本当に現実なのか、頭がバグりそうになる。
殺人鬼は少しだけ考えて、
「うーん、“自己顕示欲”を満たしたいね。
ニュースになるかどうか、話題性を狙いたい」
と満面の笑み。
コンサルは何でもないことのように、
「なるほど、じゃあメディア露出もKPIに含める形で…
ターゲット選定は?属性やロケーションのこだわりはありますか?」
「若くて派手な子、目立つ場所で、インパクト重視で」
「承知しました。
“バリューチェーン”で一番重視されるのは“アクション”か“演出”ですか?
つまり“プロセス”か“アウトプット”か…」
自分でも何の打ち合わせなのか一瞬忘れそうになるが、殺人鬼は目を輝かせて、
「演出も!でも最終的には達成感が欲しい」と嬉しそう。
コンサルはすぐメモしながら、
「KGIは“自己顕示・話題化・達成感”、KPIは“手順のオリジナリティ”と“現場残留物のアート性”で設定します」
とビジネストーン。
「PDCAでいえば今回は“Do”より“Check”…過去案件の課題分析も行いますか?」
「もちろん。前回、清掃員が“引いた”ってクレームがあったんで、もうちょっと“遊び”が欲しい」
「改善点ですね。
今回は“現場アーティスト”のエターナル君も同行しますので、彼のクリエイティブ力も借りて“唯一無二”を目指しましょう」
突然、自分の名前が出て、反射的に会釈する。
(“現場アーティスト”……俺、ただのバイトなんだけどな)
殺人鬼は満足げに頷き、
「やっぱプロに頼むと違うね。
自分だけじゃPDCA回せないからさ」
コンサルは爽やかな営業スマイル。
「“結果を出す殺人”をサポートするのが私どものミッションです。
今後とも永遠芸術科技をよろしくお願いします」
その横顔を眺めながら、
(地獄の会議室って、案外“普通の会社”と変わらないんだな)
と、どこか他人事みたいに考えていた。
空気に混じるのは生温い成功の匂いと、淡々とした狂気だけだった。
なんで、こんなことになったんだろう。
殺人鬼とコンサルの会話を斜め横から眺めながら自分の人生がどうやって“この会議室”にたどり着いたのか、頭の中で何度も巻き戻してみる。
半年前、俺はまだただのフリーターだった。
大学もやめて、家賃も滞納し、セブンスターの煙に紛れて自分の人生の“行き先”なんて考えないようにしていた。
…たしか、きっかけはあの日の夜だった。
履歴書の紙に、
“山田永遠”と自分の手で書きつけながら、
「本当にこれが俺の名前か?」と半ば現実逃避しながらも、
どこか投げやりな気持ちで求人サイトを開いた。
気づけば、あの妙に怪しい会社…
永遠芸術科技株式会社の求人票が目にとまっていて……。
……まさか、その時は思いもしなかった。
この“地獄の最前線”に自分が立たされるなんて。
俺は無意識のうちに、あの日のことを思い出していた。
* * *
履歴書を書きながら、俺は一度も“自分の名前”を好きになれたことがない、と改めて思う。
山田
ペンでこの名を書くたび、手が震える。
「何やこれ」「本名?」「ウケ狙い?」
生まれて二十年、出席簿でも、コンビニでも、市役所でも、同じ質問を三千回は受けた。
何が“永遠”だ。
「流行ってたから」ってだけでキラキラネームを授けてくれた両親に、今日も静かに殺意を覚える。
…俺の人生は、最初から呪われてた。
コタツの古い灰皿に、セブンスターの灰が落ちる。
部屋はワンルーム、家賃二ヶ月分滞納中。
入学したはずの大学も、一年で単位4つだけ取ってドロップアウト。
貯金はもう底を打った。
冷蔵庫にはコンビニ弁当の残りと、安い発泡酒。
「神童」「天才」「将来有望」…全部昔の話。
今はバイトの面接履歴だけが増えていく日々。
財布の中には千円札が一枚、今日落ちれば明日はもう、飯抜きだ。
だから、どんな怪しい求人でも、応募しない理由はない…
これが、俺の現実。
求人票は、いかにも“怪しい”の極みだった。
永遠芸術科技株式会社
イベント企画、ホテル運営、コンサルティング、ITベンチャー。
どれもどこかで聞いたような業種ばかりだが、会社名からして現実味がない。
日給は明らかに相場を外れて高すぎるし、「履歴書不要」「友人紹介歓迎」「即日入寮可」と条件も揃いすぎている。
表向きは、
「イベント設営・会場整理・施設管理」
「夜間勤務歓迎」「特別手当あり」
なんて当たり障りのない内容。
けれど、よく読むと、
「細かい業務内容は現場説明」「体力・忍耐力が求められます」
「作業内容の守秘義務」
やたら曖昧で、どこか“裏”の匂いが濃い。
正直、まともな神経なら避けて通る求人だろう。
けど、俺の財布はもうとっくに限界を迎えている。
貯金は底をついたし、家賃も滞納中。
昼飯は昨日のコンビニ弁当の残り。
バイトを落ち続けて、気がつけば現実のほうがよっぽど“ホラー”だ。
「どうせ俺の人生、ろくなもんじゃないし」
やばい仕事でも、別にどうということはない。
自分の人生に何も期待していない。
もはや“安全”とか“普通”とか、そんな価値観はとうに擦り切れている。
とりあえず、煙草代と飯と喫煙所さえあれば、それだけで十分。
生きていくための条件は、どんどんシンプルになっていく。
これが今の俺の“リアリズム”だ。
画面の「応募」ボタンを、ただ無感動に押した。
何が待っていようと、もう驚かない。
たぶん、どんな地獄も、今日の現実よりはマシに思える気がした。
返信はすぐに来た。まるで、応募ボタンを押すのを見越していたかのようなタイミングだった。
時刻はすでに夜の九時を回っている。
この時間帯に即返事が届くということは、向こうもそれなりに“夜型”な会社ということか。
人手不足か、ブラック企業か、あるいはただの狂気か。
スマホの画面に浮かんだ「本日25時に面接を行います」という一文を、俺はしばらく見つめた。
25時…?
24時が“0時”なら、25時は……深夜1時ってことか。
どんな職場だよ。
やる気を測るにしても、夜中の面接は常識の範囲をはるかに超えている。
ブラック臭が一気に濃くなった。
だが、それでも“応募してくるバカ”がいるのが、この社会の底辺というものだ。
しばらく画面を見つめてから、
俺はスマホをそっと伏せた。
「……全部、無かったことにしよう」
そんな気持ちだけが、部屋の安っぽい灯りの下に残った。
***
深夜一時。
スマホの画面を眺めていた手が、ふいに硬直する。
玄関のドアが、コン、コン、と静かにノックされた。
この時間に来訪者なんて、ありえない。
俺は呼吸すら止めて、ベッドの隅で気配を殺す。
……気のせい、部屋間違い、もしくは強盗、いや、それよりやばいものかもしれない。
ドア越しに声が響いた。
「山田さーん、いらっしゃいますか?
永遠芸術科技株式会社の者です。お約束の時間になりましたので、お迎えに上がりました」
心臓が、ひとつ跳ねる。
さっきの求人、応募したのは確かに自分だが……
常識のはるか彼方で、現実感が剥がれ落ちていく。
やばい、これはもうブラックどころじゃない。
夜の闇にすら飲み込まれそうな“漆黒”。
あれだ、確か光を吸収して何も反射しない“最黒”の塗料があったっけ…
バカみたいな現実逃避をしながら、次の瞬間、
ドアの鍵が「カチャ」と内側から音を立てて回った。
あれ? 鍵、閉めてたはずだろ……
声にならない言葉が喉で消える。
ドアが静かに開き、そこに立っていたのは、黒いパンツスーツの女…
頭には鹿の被り物。
隣には天井に頭をぶつけそうなほど背が高く、筋肉でスーツがはち切れそうな大男。
こっちは馬の被り物。
黒と黒のペア。
馬と鹿。
夜中一時のワンルーム、その異物感が、冗談みたいに現実を塗りつぶしていく。
俺はただ、
「……は?」
と、声にもならない呻きを洩らした。
「…ああ、いらっしゃった。」
鹿の被り物の女が、ドアの向こうでやわらかく微笑むように見えた。
年齢不詳の落ち着いた声。
手元のタブレットか何かをぱらぱらとめくりながら、俺の履歴書を指でなぞる。
「山田……トワ、エイエン……ええと、失礼ですが、なんとお読みすれば良かったでしょうか。
フリガナがなくて……最近の若い方って、凝ったお名前が多くて……いやぁ、もう自分も歳ですねぇ。」
その口調は、まるで深夜のアポ取りも、鹿の被り物も、俺の名前の読めなさも、ぜんぶ「ごく普通のことです」とでも言いたげな落ち着きと優しさに満ちている。
俺は軽く咳払いして、
「あ、えっと、永遠って書いて、エターナルです」
とだけ答えた。
鹿女と馬男が、一瞬だけ顔を見合わせる。
不自然なほど完璧な動作で…
しばらく間が空いたあと、鹿女が再び少しだけ申し訳なさそうな声で、
「大変失礼いたしました。山田……エターナル様ですね」
心地よい、やわらかいトーンで名前を呼ぶ。
この状況、不気味なはずなのに妙に“日常”の続きのような空気が流れる。
俺は言葉に詰まったまま自分の名前が夜中のワンルームに響くのを、ただぼんやりと聞いていた。
鹿女は静かに懐から名刺入れを取り出すと、どこか儀式めいた丁寧さで、一枚の名刺を俺の前に差し出した。
黒い台紙に、金色のインクが浮かび上がる。
…永遠芸術科技株式会社。
その下には、流れるような英語表記、Eternal Art Tech Co., Ltd.
そして名刺の名前欄には、たった一言…
「コンビニ店長」
俺は鹿の被り物と名刺を交互に見比べ思わず口ごもりながらも、
「……あの、コンビニ店長さんとお呼びすればよろしいでしょうか」
と聞いた。
鹿女は、まるで日曜のレジ打ちでもしているかのような柔らかさで、
「はい、店長で構いません」
と微笑んだように見えた。
「では、参りましょうか」
俺は慌ててスマホと煙草を掴みながら、
「あの、どんな格好で行けば……」
と背中に声をかける。
店長は振り向きざまに、
「あ、そのままで大丈夫ですよ」
と、またもや普通すぎる声で答えた。
何もかもが異常で、それなのに何もかもが妙に“当たり前”の空気で、俺はただ、名刺を握りしめたまま、そのあとを追った。
ユニクロのステテコ、スリップノットのバンドTシャツ、クロックス。
…冗談みたいな格好で深夜のバイト面接に行くことになるとは、高校時代の担任が見たら泣き出すだろう。
そんな自嘲も浮かばないまま、俺は黒塗りのワゴン車の後部座席に押し込まれた。
車内は妙に広くて、どこか新車の匂いと、それ以上に濃い無言の圧力が充満している。
店長と馬男が前席に座り、俺だけがぽつんと後部座席。
「どうぞ、ごゆっくり」
鹿女の声だけが、異様にやさしい。
聞きたいことは山ほどあった。
なぜ今、面接なのか。
なぜ自宅まで迎えが来るのか。
なぜこの時間なのか。
なぜ鹿と馬なのか。
なぜ名刺が“コンビニ店長”なのか…
言葉は喉の奥で全部つっかえて、何ひとつ外には出てこない。
黙って、ただ黙って、指示されるままにドアを閉め、ワゴン車は夜の街を、音もなく走り出した。
走っていた時間は、よく覚えていない。
長かったような気もするし、あっという間だったような気もする。
窓のない後部座席で、唯一見えるフロントガラス越しに、都内らしいネオンや信号が流れていくのをぼんやり眺めていた。
漫画の主人公なら、時計を見たり、信号の数を数えたり、
「今ここはどこだ」「何分経った」なんて推理するんだろう。
けど、俺はただ、
「どうせなるようにしかならない」
と頭の片隅で諦めていた。
気づけば車はビルの地下へ滑り込んでいく。
ドアが開くと、鹿女…コンビニ店長…が「こちらです」と案内する。
何も考えず、ただ指示されるまま地下駐車場を歩き、エントランスを抜けてエレベーターに乗る。
エレベーターは横も天井も鏡張りで、足元には明らかに高そうな絨毯が敷き詰められている。
泊まったこともない高級ホテルの、テレビや映画でしか見たことのない内装だ。
壁の隅に古めかしいアナログの階層表示。
デジタルではなく、機械仕掛けの矢印がゆっくりと動き、「25」の数字で止まる。
背後から鹿女の声が響く。
「どうぞ」
俺は我に返り、エレベーターを降りて、分厚い絨毯の廊下をまっすぐ進む。
一番奥にある、他の扉よりも重厚なドアの前で立ち止まると、店長が「失礼します」とノックをした。
中から低く落ち着いた声が聞こえる。
「どうぞ」
ここまで来ても現実味がなかった。
ただ、これが“地獄の入口”なんだろうと、妙に冷静な気分だけが、体の奥に残っていた。
部屋の中は、まるで映画に出てきそうな重厚な書斎だった。
無駄のない間接照明が壁を柔らかく照らし、派手すぎない落ち着いた模様の絨毯が床を覆っている。
部屋の中央には分厚い木のデスク…
その奥に、深い赤色のスーツに身を包んだ女が座っていた。
金髪に眼鏡、胸元のボタンはぎりぎりまで閉じているのに、生地が張り詰めているのが分かる。
映画かゲームの悪役ボスにしか出てこないような、年齢不詳の美貌。
見とれていると、店長が静かに口を開いた。
「ご依頼通り、山田様をお連れしました」
デスクの向こうで、
金髪の女がゆっくりと立ち上がる。
あれ、でかい。
身長はたぶん180センチを超えてる。
しかもヒールまで履いてるから、俺は完全に見上げる形になる。
巨大女が落ち着いた声で、
「ありがとう」と店長たちに声をかけた。
店長と馬男は深くお辞儀をし、ドアの外へ静かに消えていった。
ドアが閉まる音がやけに重く響く。
静寂の中、巨大女と俺だけが部屋に取り残された。
「こんな時間にすまないね。」
巨大な女…その低く艶のある声が、部屋の静けさに溶けていく。
「どうにも人手不足で、一刻も早く補充が必要なんだ。
なかなか“情報屋”の眼鏡にかなう人材が現れなくてね。
ようやく君が引っかかったというわけだ。」
机の上に両手を置いて、俺を見下ろすように、
「えーっと、山田……エイエン? トワ? すまない、なんと読むのかな」
と、首を傾げて尋ねてくる。
その声。
妙に落ち着いていて、どこか妖艶で、耳の奥まで響いてくる。
…嗚呼、もう好き。
ずっとこの声だけ聞いていたい。
そんなバカなことをぼんやり考えていると、
「……山田くん?」
と名指しで呼ばれて、我に返る。
危ない危ない。
この人、絶対“魅了魔法”か何か使ってる。
「あ、永遠と書いてエターナルって読みます。
山田エターナルです。」
何千回も繰り返した説明を、条件反射みたいに口にした。
「……エターナル。」
女の手が一瞬だけ止まる。
その静止は、声に出すよりも正直だ。
ああ、やっぱり。
ここで吹き出さないだけ、きっといい人なんだろう。
そんなくだらないことを考えながら、女の表情をうかがう。
「そうか、エターナル……なかなか読めないな」
ごくまっとうな感想が、妙に深く響く。
笑いも呆れもせず、ただ“現実”として受け止めてくれる…
この時点で、俺の中の警戒心が少しだけ和らいだ。
女はタブレットを手に取ると、ふわりと立ち上がって、
「では」
とだけ言い、ソファの方を手で示した。
「そちらにどうぞ。……面接を始めようか」
応接用のソファに腰を下ろしながら、俺はセブンスターの箱を無意識に握りしめていた。
「まずは、応募してくれて感謝する。」
女がふっと微笑む。
眼鏡の奥から、氷のようなブルーグレーの瞳が俺を射抜いた。
涼しげなその視線に、気がつくと呼吸まで浅くなっている。
「……さて。最初は新人研修期間ということで、日給は三万円。
危険手当は現場によって変動するが…
まあ、平均して五万円前後と思ってくれていい。」
頭の中で金額が跳ねる。
日給三万、危険手当が五万。
一日で八万円。
それだけで“どれだけヤバい仕事か”一瞬で現実に引き戻される。
「……ああ、それと。住み込みを推奨している。」
女は淡々と続ける。
「うちはわりと時間が不規則でね。所謂ブラック企業…
まあ、世間でそう呼ばれているような環境だ。」
自分から“ブラック”を名乗る会社が本当にあるとは。
思わず感心してしまう。
だが、女は笑みを浮かべたまま、
「そのぶん、福利厚生には力を入れている。
三食付き、昼寝も可。生活の心配はいらない。」
三食昼寝付き。
もしかして限りなくホワイトなのでは……?
現金なもので、警戒心がすこしずつ溶けていくのがわかった。
「主な仕事内容だが……」
女は、まるで“明日の天気”でも話すような調子で続けた。
「我々の組織は、シリアルキラーのコンサルティングやマッチングをやっていてね。
君には、その後片付けや準備…そういった業務を担当してもらうことになる。」
頭が追いつかない。
シリアルキラー…今、確かにそう聞こえた。
「……シリアルキラー、ですか?」
思わず繰り返すと、女はごく普通に、
「そうだ。いわゆる快楽のために人を殺すサイコパスな連中だ。
世の中には、殺人衝動を抑えられない人間が一定数いる。
我々は、そういった連中のために“犠牲者”や“現場”を用意し、
終了後の後片付けや掃除、証拠隠滅を担当する。
君の仕事は、だいたいそんな感じだ。
…まあ、詳細は現場監督に直接聞いてくれ。」
一語一句が現実離れしているのに、あまりにも当たり前の顔で説明されるから、逆に“ああ、もうどうでもいいや”みたいな諦めがじわじわ胸を占める。
女は俺の様子を見て、ふっと微笑む。
「……で、どうだろう。通いにするかい? それとも住み込みにするかい?」
ブルーグレーの瞳が、またまっすぐ俺を射抜く。
気づけば俺は、
「あ、じゃあ住み込みで……」
と口走っていた。
その瞬間、
“何か大事なものが終わったな”という感覚が、静かに胸に広がった。
「何か質問はあるかな?」
女が立ち上がり、タブレットを手に、
最後の確認のように俺を見下ろす。
本当は、いくらでも聞きたいことがあった。
本当に人を殺すのか、現場はどこなのか、法律はどうなっているのか…
まともな人生を歩んできたなら、山ほど湧いてくる疑問ばかりだ。
けれど、俺の口から出たのは、
「……煙草って、吸えますかね?」
情けないほど、それだけだった。
女は一瞬、意外そうに目を丸くした。
だがすぐに、肩をすくめて笑う。
「君の配属される部門は、
モラルなんてものが最初から欠如している連中ばかりだ。
殺されさえしなければ、何をしても問題ないよ。」
そう言いながら、女はタブレットを操作し、
どこかへ連絡を入れる。
その笑顔を見て、
「ああ、これが地獄の住人ってやつか」
と、ふと実感した。
「では、今日この時からよろしく頼むよ。」
女が静かに右手を差し出してくる。
俺は少し躊躇いながらも、その手を握り返す。
…温かい。
見た目に反して、思った以上に人間らしい体温が伝わる。
ふと我に返って、
「あの、そういえば……何とお呼びすればいいですか?」
と尋ねた。
女は少し困ったように眉を下げ、
「…いけない、まただ。効率を求めて自己紹介すら忘れてしまう。
これが私の悪い癖なんだよ」
と小さく頭を振る。
もう一度、今度は意識的に手を差し出し直し、
「改めて、私はホテルエターナルの総支配人だ。
みんな“支配人”と呼んでいる。」
「支配人……ホテル?」
俺はその言葉を口の中で転がし、
もう一度、しっかりと支配人の手を握った。
部屋を出ようとしたとき、背後から支配人の声が飛んできた。
「…君、スリップノットが好きなのか?」
思わず足が止まる。
「あ、はい……ミック・トムソンが特に好きで」
支配人は何度もゆっくりと頷き、
「いい趣味だ。……期待しているよ」
とだけ言った。
ドアを閉めて廊下に出た瞬間、自分が今スリップノットのバンドTシャツ姿だったことを思い出す。
しかも面接にこの格好…
遅れて襲ってくる恥ずかしさに、
思わず身をよじった。
こうして、俺の“地獄バイト”が始まった。
部屋を出て、案内役の女性に連れられ、一度ロビー階まで戻る。
煌びやかなロビーのカウンターでルームキーを受け取り、
再び無機質なエレベーターに乗る。
着いたのは地下三階。
エレベーターを降りると、そこはコンクリート打ちっぱなしの無機質な廊下。
鉄の扉が並び、どこか刑務所めいた空気さえ漂っている。
案内の女性にカードキーを手渡され、
「こちらです」と促され、
指定された鉄扉の前に立つ。
カードキーを読み込ませると、無機質な電子音がして扉が開いた。
中は想像よりも広かった。
十畳は優にありそうなワンルーム。
小さなキッチンまでついている。
けれど、ホテルらしい華やかさは皆無。
窓もなく、壁も天井も灰色…
映画やドラマの“秘密研究所”に出てきそうな、
徹底的に機能だけを重視した空間だった。
「ご自宅のお荷物は、明日お届けします。
引っ越しの手続きや家賃等の精算も、こちらで行っておきます。」
案内の女性は、事務的にそう告げると、
「何か必要なものがあれば、この階の一番奥にコンビニがございますので、ご利用ください。
ルームキーが財布代わりとなっております。
外出の際は階段で地下駐車場をご利用ください。」
連絡事項を淡々と伝え、
軽く一礼して、
そのまま無言で立ち去っていった。
残された俺と、鉄の扉がゆっくり閉まる音だけが、
やけに大きく響いた。
緊張の糸が切れたのか、
ベッドに腰掛けた瞬間、
まるで電源を落とされたみたいに意識が遠のいた。
気がつけば、スリップノットのTシャツのまま、
知らぬ間に深い眠りに落ちていた。
「ビーッ」という甲高い電子音で目が覚めた。
昼を少し過ぎた時間。
天井を見上げて、思わず「知らない天井だな……」とお約束を呟きかけたその瞬間、
またもや電子音が響く。
どうやら部屋のインターホンらしい。
重い体を引きずってドアを開けると、
灰色の作業着姿の男たちが、段ボールをいくつも抱えて廊下に立っていた。
「山田……えっと、トワさんですか?」
先頭の男が伝票を見ながら聞いてくる。
「あ、永遠って書いてエターナルです。山田エターナルです」
そう返すと、
作業員たちの口元がニヤリと緩む。
「エターナル、エターナル……」と、面白がるように何度も繰り返す。
もう慣れたやりとりだ。
俺も軽く笑いながら、
「読めないですよね、ヘラヘラしちゃいますよね」
苦笑いしながら、いつもの調子で流す。
段ボールが次々と部屋の中に運ばれていく。
引っ越しの実感も、
なぜかまだ現実味がなかった。
段ボールがすべて部屋に運び込まれると、
作業員たちは淡々と受領書を差し出し、
俺のサインをもらうと、慣れた調子で挨拶して帰っていった。
腹も減っているし、喉も乾いた。
何より、まずは喫煙所を探さないと落ち着かない。
そう思いながら、廊下に出て歩き出す。
たしか、案内の時に「コンビニがある」と聞いた覚えがある。
廊下を奥まで進むと、何の看板もない自動ドアがあった。
小さく「24時間営業」とだけ書かれている。
扉が静かに開く。
一歩足を踏み入れて、思わず息を呑んだ。
広い……異常なまでに広い。
入口だけはよくある普通のコンビニなのに、
中に進むほどコストコみたいなスケール感になっていく。
食品も衣服も、日用品も何でも揃っている。
だが……
奥の一角には、銃やナイフがずらりと陳列されていた。
圧倒的な非日常が、棚ごとにどんどん広がっていく。
「必要な品は店員にご確認ください」
と天井からぶら下がる巨大な看板。
呆気に取られて立ち尽くしていると、
エプロン姿の女性がカウンターの奥からこちらに向かって歩いてくる。
その顔には、
「何でもどうぞ」
というような、妙に明るい笑顔が貼り付いていた。
「あら、山田さん…山田エターナルさんじゃないですか。」
エプロン姿の女性が、迷いなく俺の名前を呼ぶ。
一瞬とまどったが、耳に残る声には聞き覚えがあった。
「あ、その声……店長さん?」
思わず尋ねると、女性はふっと柔らかく微笑んだ。
昨日の深夜、鹿の被り物で俺を迎えに来た…あのコンビニ店長。
「覚えてくれていたんですね」
彼女は嬉しそうに小走りで近づいてくる。
被り物を外した店長は、驚くほど“普通”だった。
モデル体型でもなければ、顔立ちが際立って美人というわけでもない。
髪型も服装も、ごくどこにでもいるような町のお姉さんといった雰囲気。
だけど、
なぜかその“普通さ”が、心の緊張をそっとほどいていく。
ここが地獄のホテルの地下三階、
コンビニの奥に銃とナイフが並んでいても、
この人の前だと少しだけ、
“現実”に戻れる気がした。
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