episode39 図書館の司書

 キアラルとエレナを連れて図書館にやってきた。


「ここが図書室だよ。」


「え…!? ひっろ!? 天井高すぎる!!」


 キアラルは、果てしなく並ぶ本棚を見上げて目を輝かせていた。


 魔剣学院の図書室は3階建てで、本棚の数はもはや数える気すら起きない。1日1冊読んでも、とても一生では読みきれないほどだ。


昨日に夜に忍び込んだときとはまた違った雰囲気がある。


年季の入った本の香りと、心の奥に灯るワクワク感……この感覚、懐かしい。


「ねぇ!ちょっとだけ読んでていい?」


「ああ、僕はそのへんで資料探してるから。」


「おっけー!」


 そう言ってキアラルはウキウキで――


「わーい!」と走り出した。


「あっ、走っちゃだめ――!」


「えっ? きゃっ!?」


 次の瞬間、キアラルの足元に黄金の糸が絡みつき、バタンと倒れた。


 エレナは溜め息をつきながら、その糸を軽くちぎる。


「あなたねぇ……まあ、知らなかったんでしょうけど。」


「な、なにこれ……!? 罠!?」


「これはね――」


「“違反者捕縛術ヴァイオキャプアーツ”よ。」


 説明を引き継いだのは、図書室の上から声をかけてきた人物――フェリル先生だった。


 黒いローブに大きな魔法帽。銀髪の彼女が空中からゆっくりと降りてくる。


「ああ……魔術が使えない新入生ね。」


「うぅっ……」


 真正面から言われたキアラルは、しゅんと肩を落とす。


「まあ教えておいてあげる。私はここの司書、フェリル。さっきの術は、ルール違反者を自動で捕える結界よ。理解したら返事。」


 淡々とした声音の奥に、針のような鋭さがにじんでいた。


「は、はい……ごめんなさい……」


 キアラルはぺこりと小さく頭を下げる。


 するとフェリル先生は、くすりと笑ってキアラルの頭を優しく撫でた。


「いいのよ。知らなかったのだし。でも――次は容赦しないからね?」


 口調は柔らかいが、瞳はまっすぐだった。


「……はい」


 キアラルがぽかんとした顔で頷くと、フェリル先生は近くの棚から一冊の本を取り出して手渡した。


「そんなあなたにはこれ。“まほうのつかいかた(5歳児向け)”。ふふっ、基礎から学びなさいね。」


 くるりとローブを翻して立ち去るフェリル先生。


「あら、ピッタリねキアラルさん♪」


 エレナが追い打ちをかけるように言うと、キアラルはぷるぷると肩を震わせ――


「くっ……でも……あああ……!」


 涙をこらえ、ぐっと歯を食いしばって本を開いた。


 その横顔を見て、思わず僕も微笑んだ。


 魔術は使えなくても、前を向くその姿は誰よりも強い。


「……ふふ、キアラルらしいや。」


 僕がそう呟くと、キアラルはムッとした顔で睨み返してきた。


「笑わないでよっ! 本気なんだから!」


「ああ、ごめんごめん。でも応援してるよ。」


 そう言って離れようとしたとき――


「エリオス~!」


 エレナが僕の腕にぴったりとくっついてきた。


「え、エレナ……?」


「……今のうちに、ね。」


 キアラルの視線がないことを確認しながら、さらにぎゅっと寄ってきた。


 腕に伝わるぬくもり。エレナの横顔はどこか緊張していた。


「……エリオス君は、どっちが……す……す……」


 顔を真っ赤にして、口をパクパクさせている。


(言いたいことはなんとなく分かる。でも――)


 二人とも大切。どちらかなんて、今は決められない。


 そのとき――


「エレナ!後ろ!」

「エリオス君!後ろ!」


「「えっ?」」


 ――黄金の糸が、またしても僕たちを縛りつけた。


 走ってないし、大声も出していないのに……なんで!?


 困惑していると、2階から声が飛んできた。


「学院図書館規則・第31条。図書館内でイチャイチャしない――に、違反よ。」


「「イチャイチャしてません!!!」」


 手すりから顔を出していたのは、案の定フェリル先生。


 とんがり帽子が、朝日でキラリと光っていた。


「うふふ、言い訳は記録に残らないの。記録するのは――“違反”だけ。」


 先生が指をくるりと回すと、黄金の糸がさらにぎゅっと締まった。


「うわっ、ちょっ……苦しい……!」


「エリオス君、ちょっと動かないでぇっ……!くすぐったいっ……!」


 図書館に情けない声が響き渡る。


「……この術、妙に密着感が……」


「そ、それ言わないでぇっ……!」


 恥ずかしさに顔が真っ赤になったそのとき、後ろから足音が。


「ふたりとも大丈夫!? ……って、なにこれ!」


 キアラルだった。


「キアラル!助けてぇ!!」


「図書館規則・第6条、走らない。はい、違反三人目ね。」


「「ああああああああ!!!!!」」


その日、図書館に響き渡った悲鳴は、学院の“記録”にしっかりと刻まれたという。

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