アオハル探偵部

れい

クロワッサンは逃げるのか①

山に囲まれた穏やかな港町、南海町。閉鎖されたコミュニティのため町民同士の仲は家族のように良く、「日本で一番仲のよい街」を自負している。

 その町の中心にあるのは南海高校。ここには変わった部活動が存在していた。


「探偵部の標識、汚くなってきたね」


 そう言ってショートヘアーの女子、神木葵は「探偵部」と書かれた標識を見上げる。葵は一応部員が2人の探偵部の部長だ。


「だけどあれ、去年書いたばっかでしょ」


 黒髪の綺麗なロングヘアーで葵にツッコミを入れるのは、ひがし遙。部員が2人しかいないので、必然的に副部長をやっており葵の信頼できる相棒だ。

 遙はソファに座っている葵とは対照的に、部室の片付けを進めている。今日は葵から「片付けをしよう」と言われてきたのに、蓋を開けるとこのザマだ。大きなため息をついて葵にアピールするも、気づくふりさえ見せず葵は話し続けている。


「そういえば、遙。この前話してた子とはどうなったの」


 葵はニヤニヤしながら遙の方を向くと、遙は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにした。

「この前話した子」とは数日前に遙が恋愛上手の葵に、気になっているからアドバイスを欲しい、と話した子だ。遥いわく、運動神経が良く誰にでも優しい人らしい。


「べ、別にどうもなってないし!」


 明らかに隠しきれてない遥の様子を見て、察しの良い葵は悟った。

 追い討ちをかけようと葵が立ちあがった瞬間、入り口のドアが開く。


「片付け中か、2人とも。お、どうした遥顔が赤いぞ」


 突然やってきた顧問の声に遙は顔を手で覆い、葵はそれを見てニヤリとする。遥にとってはいちばん話したくないタイミングでの登場である。


「で、どうしたんですか先生」


 顔の赤い遙に急かされて、顧問は話を進めてゆく。


「あぁ、そのことなんだけど、依頼人さんがきているぞ」


 その言葉に2人の目の色が変わった。

 そして葵が自慢のショートヘアーをかきあげた。


「任してください、探偵なんで」


 ※ ※ ※

「良ければお茶、どうぞ」


 そう言って遙がお茶を出すと依頼人さんは会釈をして1口飲んだ。窓の外からは隣の幼稚園の子供たちのキャッキャいう声が聞こえている。お遊戯の時間なのだろう。


「うるさかったら言ってください」


 遙が苦笑いをしながらそういうと依頼人さんは笑って「大丈夫ですよ」と言ってくれた。

 依頼人さんは町の人気なパン屋さんの店員さんだ。依頼人さんによると話はこうだ。


 南海高校の近くに、町内で有名なパン屋さんがある。2人ももちろん食べた事があり、看板商品のクロワッサンを朝に買って学校の昼に食べている子も多い。そのパン屋さんで事件は起こった。

 依頼人さんいわく、今日の朝いつも通りに接客をしたりしていた時のこと突然常連客のグループに話しかけられた。


「今日はクロワッサン、ないのかな」


 そのグループによると、いつも11時に焼き上がるクロワッサンが今日だけなかったそうだ。そしてそれを店主さんが忘れているだけと思った店員さんは、店主さんにクロワッサンについて尋ねた。


「あれ、さっき出したのにな」


 店主さんは困惑した様子でそう答えたらしい。店主さんいわく確実に焼いて出した、そうだ。


 そこまで話した後葵は小さく唸った。


「ううん、なんでだろうな」


 葵の脳内に考えうる可能性では一番大きな事があった。


「ちなみに、常連さんたちは犯人じゃないのかな」


 そう、葵が考えていたのは常連さんたちによる自作自演だ。そこに黙っていた遙も加わる。


「確かに、たくさん食べたいからした、とかですかね」


 すると依頼人さんは首を横に振った。


「それがなんですけど私もその可能性を考えました。けど、常連さんと店主さんと一緒に防犯カメラを確認しても、わんちゃんしか写ってなかったんです」

「わんちゃん?」

「はい、うちのパン屋ではミントっていう犬を飼っているんです」

「そうですか……」


 耳を触りながら、葵が残念そうに答える。

 正直、葵に思いつくことはもうなかった。


「わかりました、30分後くらいにパン屋さんへ伺います」


 そういうと、依頼人さんはぺこりと一礼して帰っていった。これからまだ仕事があるらしい。


「さて、と。遙はどう思う」


 目を瞑りソファで体育座りをしている葵は遙に尋ねる。しかし、遙もサッパリの様子だ。


「葵、わからないです。とりあえず整理しましょう」


 そういうと遙はホワイトボードの方へ行きペンを握り、色々と書き始める。

 中心に消えたクロワッサン、と書いてその周りに情報を書いてゆく。


「時刻は今日の11時くらいみたいだね」

「はい、私はわんちゃんが気になりました」


 そう言って遙は「ミント」とホワイトボードに書く。


「ミントが食べたっていう可能性、ありませんか」


 その言葉に葵は考え込む。たしかに、犬が食べたという可能性はある。しかし、飼い犬だしいつもいるから今日だけ食べるってのは変だ。

 依頼のことを考え込む葵と違い、遙は別のことを考えていた。

 

「てかお腹空きましたね」


 急に言われた言葉に葵は困惑する。遥が仕事中にこういうことを言うのは珍しいからだ。パンがらみの依頼だからだろうか。

 それに対し、葵は笑って返す。


「じゃあ現場検証ついでにあのパン屋でなんか買って帰ろうか」

「やった!」


 そうやってニコニコする遙を見ながら、葵は頭をずっと動かしていた。

 こうして2人の謎解きははじまる。

 


 


 
















 

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