第13話

「ぐぅ」


 誰も何も言ってない。鳴ったのはフルールの腹の音だ。


 フルールは、一人庭園へ向かっていた。

 エドワードと、愈々いよいよ腹を割って話すのだ。腹を割る前から腹が鳴る。

 なにせ、緊張してしまって何も喉を通らなかった。

 今だけではない。午前中ずっとダメダメだった。


 エドワードは、フルールを教室まで送るのに、一度も手を離してはくれなかった。フルールの手をキュッと握り締めたまま、それがまるでフルールを離したくないと言うようで、だからフルールは「思い違いをしちゃ駄目よ」と念仏のように心の中で唱えていた。


「昼に」


 たったそのひと言だけを言われて、なのに思わず見つめ合った。

 教室の出入り口でエドワードと向き合っていた。それをシリルが見ていたから、前はエドワード後ろはシリル、視線のサンドウィッチになってしまった。


 それから午前中は気もそぞろで、先生が何を言っているのか全く頭に入らなかった。まあ、それはいつものことなのだが。


「はあ」「ぐぅ」


 溜め息が自分の腹の音とハモった。


「やっぱり何か食べておけば良かった。でも、もう胸がいっぱい」


 お腹ペコペコ、なのに胸いっぱい。


 だが、これから戦場いくさばに立つのだ。エドワードと対面でタイマンだ。

 いつまでも逃げていられない。


 言ってやりましょう、貴方の愛は何処にあるのと。私の元に無いのなら、落とし前をつけましょう。正々堂々、破談と向き合い、あとの始末は父とシリルに丸投げしよう。


 お別れした後に、金銭がどうとか、賠償がどうとか、そんな哀しいお話は、へなちょこな自分には無理だろう。父とシリルなら、正しく見積もり正当な賠償請求をするだろう。

 来年には家族になるはずだった人々と、そんな話をさせねばならないことを申し訳なく思った。


 だがしかし。

 今日は腹を括って向き合うのだ。


 緊張の面持ちで向かったベンチ。エドワードの姿はなかった。それはそうだろう。授業が終わってチャイムが鳴って、フルールはそのまま速攻でここへ来たのだから。


 エドワードだって、今頃はお昼ご飯を食べてるわ。納得しながらベンチに座った。


「はあ」「ぐぅ」


 黙っていても、溜め息と腹の音しか出ない。戦を前にこんなんでは駄目だろう。

 そう思ったフルールは、ちょっと何か言ってみようかと思った。


「お花がきれい」


 駄目だ、駄目駄目。全然心が込もっていない。これでは大根役者、棒読みよ。

 今から賢いエドワードと対面でタイマンなのに、こんなんじゃぁやり込められちゃう。


 何日も悩んだというのに。

 今を逃してしまったら、きっとこれからも逃げてしまう。それでエドワードが先手を打って、フルールを蚊帳の外にして破談されてしまうのは、心配している父にも、応援しているシリルにも申し訳が立たないじゃない。


 頑張れフルール、負けるなフルール、お前の敵はお前なんだ!

 フルールは心が定まった。来るなら恋、ではなくて、来い!エドワード!


 あ、そうだ。ちょっと練習してみようかな。


「エドワード様。貴方の愛はどこにあるのぅ」


 フルールは舞台俳優宜しく朗々と声を張り上げ言ってみた。


「君にだけど」


 その声が聞こえたと同時に、ベンチに座るフルールに、背後から影が差した。

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