第12話

 とろりと甘い蜜色の髪。朝から潤んで見える大きな瞳。出た出た出ました飴令嬢。


「エドワード様、お早うございます」

「ああ、お早う、キャロライナ嬢」


 エドワードの隣にはフルールが存在感たっぷりにいるのだが、あの大きな瞳にフルールは映り込む隙間はないらしい。


 フルールは二三歩横にズレてみようかと思った。そうすれば、そのオメメに私が映るんですかね。


 試しに一歩横にずれたが、その分飴令嬢の視界がズレただけだった。

 成る程。そういうことか。無視ですね。無視するんですね。


 二人だけで挨拶を交わしたエドワードと飴を置いて、フルールはスタスタスタと先に進むことにした。


 エドワードとは話し合いたい。だが、飴には用はない。お二人はお二人で話し合って欲しい。多分、破談になる時には、父は飴令嬢の生家にもそれなりの賠償金を請求するだろう。


 婚姻を控えた貴族の縁を壊すというのはそういうことだ。甘く見てもらっては困るのだ。

 その賠償金であの素晴らしい仕上がりの婚礼衣装を解いてやる。もうその類のコレクターなんかに売るのは辞めて、10センチ四方の布切れにして、教会のバザーで売りさばいてやる。


 どこまでも強気でいなければ挫けてしまう。

 こんなところで情けない気持ちになりたくなかった。間違っても、涙なんか流すもんか。


 フルールは、貴族令嬢の誇りと威信を胸に、二人に背を向け教室に向かった。


「待って」


 その声と手を取られたのは同時だった。


「教室まで送るよ」


 振り返らなくてもわかる温もり。大きな手の温かさは誰よりも知っているつもりだった。


 なのにどうしてだろう。素直に振り返ることができない。素直になれないフルールに、エドワードはその手を離してはくれなかった。


「お話はもういいの?」

「挨拶ならもう済んだよ」


 エドワードは、フルールの横に並んで掴んでいたフルールの手首を離し、それからゆっくり手の平を握った。

 それはまるで、フルールの感情を逆撫でないように、恐る恐るというような握り方だった。


 そんな風に気を遣ってほしい訳じゃないのに。ご機嫌を取ってほしいのではないのよ。


 フルールは、らしくないなと思いながら、それでもどうにもできずに俯いてしまった。


「フルール」


 真横から名前を呼ばれて、それが思いのほか近かったことで、フルールは思わず顔を上げた。エドワードの蒼い瞳がすぐ側にあって、それがどうしてなのか暗い影を帯びて見えた。


 エドワードは、鮮やかなサフィリアみたいな瞳が美しい。その瞳にフルールは、何度も何度も見惚みとれていた。こんな暗い色の瞳をしたエドワードをフルールは知らない。


「昼食を一緒に食べよう。ここ数日、君はどこへ行っていた?」


 ついさっき、馬車の中でも聞いたことを、エドワードは言葉を変えて聞いてきた。


「季節が良いからランチボックスを持ってくることにしたの」

「君一人で?」


 だってそれは、貴方が飴令嬢と過ごすだろうと思って……なんて愁傷なことを言えない。意地でも飴の話題を出したくない。話し合いは昼休み。それまでは意地でも飴に触れたくない。


「……」


 結果として、フルールは無言を貫いた。

 人は何かを取り繕うのに、ついつい無駄な言葉で墓穴を掘る。迷った時、困った時、戸惑った時は、無言。これに尽きる。


 フルールが無言を通したのを、エドワードは何を思ったのか、握る手の平にキュッと力を込めた。それにフルールは心臓をキュッと掴まれたように思えて、胸がドキドキしてしまった。


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