石川や瀬見の小川の 清ければ 月も流れを 尋ねてぞすむへの応援コメント
摂関政治が行き詰まり、鎌倉に武家の府の成立した時代。
「神聖な言葉だから秘匿して」なんて言っていたって、あと幾年かしたら、神聖の最頂上の院が隠岐に流されちゃうという……。
まあ、長明の生涯もパッとしなかったですから、痛み分けなんですかねえ???
鴨長明、好きです。
面白かったです。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
祐兼はとにかく長明が嫌いだったと思います。
それもあいまって、神聖なのに何すんだという展開になったんでしょう。
そしておっしゃるとおり、京を中心とした朝廷・公家の政治は、もう終わりが近づいているのに、神聖云々言っててもなぁ、というところですね^^;
長明は、出世という意味では冴えない人生でしたから、おっしゃるとおり、祐兼とは痛み分けかもしれません。
でも、長明の文筆家としての盛名は不朽のものになりましたし、やっぱ長明の勝利なのかも^^;
私も長明が好きです。
いつか長明の小説を書こうと思っていたので、今回、このような話が書けて、嬉しい限りです^^;
ありがとうございました。
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『無名抄』のドタバタ劇がこんな美しい筆致になろうとは……!
顕昭さんの「ヤッベー、ギリセーフ。余計なこと言わんでよかった~」の話が笑えて好きです笑
祐兼によって長明は人生の絶望を与えられましたが、それだけに、『新古今』に取られてめちゃめちゃ喜んだのはよく理解できます。
祐兼に勝って自分が縋れるものの一つだったのかな、と思うと一途さを感じもして切ないものがあります。
歌会は用いられる語句に厳格さを求めるけれど、歌心はそれを凌駕して、美しいものがすべて。そして大流行する。長明にとって本当に面目躍如の一首なのだろうな、と思います。
素晴らしい解釈のお話でした。ありがとうございました(*^^*)
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
ギリセーフ(笑)
この人のこのあたりのバランス感覚(?)が絶妙ですよね^^;
祐兼は長明の天敵とまで言われた人です。
そんな人がいるのに、虎の尾を踏んで何をしてるの、と私は思ったものです。
でも、そうまでしてこの言葉を使いたかったんだなと改めて考えてみて、このお話を書きました^^;
たしかに祐兼に一泡吹かせてやりたいという思いもあるでしょうけど、文筆家・長明なら、うつくしさこそが優先なんだ、という思いもあった……と考えたのです^^;
こちらこそ、ありがとうございました。
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>『瀬見の小川』というのは、御社に伝わる、いわば秘伝
神主さんなのに、ケチ臭いですねぇ。悪口以外は全部、オープンにしちゃえば良いのに。
私は悪口を言わないのかって? 同僚との吞み会のメインディッシュじゃないですか。ウケケケ。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
上司の悪口は、部下のひそかな楽しみと、田中芳樹先生もおっしゃってます(笑)
組織に生きる者のたしなみなんじゃないでしょうか^^;
そんなわけで(どんなわけだ)、鴨長明も、せっかくイイ言葉あるんだから、ナイショにすんじゃねーよとぶっちゃけました(笑)
「方丈記」でも、世の中何もかも、どうせ水の流れのように流れちまうじゃねーかと言ってますし^^;
ありがとうございました。
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この三題から鴨長明の話が読めるとは。
四谷軒さんの引き出しはどれほど深くて大きいのでしょうや?
古今東西、いつの世も人間の妬み嫉みが付き物なんですね。人間の本質は全然進歩しない(-_-;
企画にご参加いただきありがとうございました!
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
ホントは最初、もうちょっとストレートに「雨」の話(桐野利秋の雨粒三連斬り)を書いていたんですが、もうちょっと変化球を投げたくなって、「瀬見の小川」のエピソードを思い出しました^^;
長明はことごとく祐兼に出世の道を阻まれて、だからこそこのような、言葉への姿勢が生まれたと思います。
そんな長明に、祐兼はさらに嫉妬していたのでしょう……。
人の世に妬み嫉みは尽きまじって感じです。
こちらこそ、素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました!
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こんな事件があったんですね。
表現のためにはそんなルールなんざ知らねえ。
いかにも才気走った姿が目に浮かびます。
でも、長明さん、俗世での出世が叶わなかったのはコンプラに不安があると思われたことも原因かもしれないな、などと思いました。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
私がだいぶ脚色していますが、こんな事件があったんです。
いかにも長明らしい、うつくしさのためなら何でもしてやるぜ的な行動だと思います。
そして長明さん、祐兼からこれでもかと排斥されてますから、その辺のやり様に「あ、こらアカンわ」とコンプラ含めて、思うに至ったのかも。
ありがとうございました。
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>素知らぬふりをして
飄々とした感じに、らしさを感じます。
このエピソードのなかの長明は、跡目争いに敗北した件に折り合いをつけた長明なんだろうなーって、妄想をふくらませながら拝読しました(●´ω`●)
>言葉が不憫だ
いいセリフ!
一番輝くときに使ったほうが、言葉も嬉しいに違いない!!!
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
はい、おっしゃるとおり、跡目争いについてはもう、しかたないと思っている長明です。
だからこそ、素知らぬふりをしたのでしょう……^^;
言葉が不憫――もう、長明にとっては、言葉をどう扱うかが生涯の命題で、それに関しては素知らぬふりはできなかったようです^^;
ありがとうございました!
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ウィキペディア管理人「ああん? なんで昨日から『鴨長明』と『方丈記』の日本語記事アクセス数が異常に伸びてんだ?」
……事前の予告を拝見して、そそくさとWikiの記事で鴨長明とか復習しましたが、「みたらし団子は賀茂神社が発祥」とか無駄なトリビアが増えただけでした。
そこで、レビューでも引用した大岡信著『古今集・新古今集』を引っ張り出してきて歌の意味を調べたりしましたが……「石川や」の歌を巡る論争と、『方丈記』冒頭で示された長明の無常観を綺麗に結びつけるとは!
川が澄んで美しいのは、常に流れ続けているから。長明もそんな視点であの歌を詠んだのかもしれませんね。というか、「雨」「口」「理由」のお題からこの内容は思いつきません。その点も含めて、さすがの逸品でした。
作者からの返信
ウィキペディアさんには本当に申し訳ない(笑)
しかし、みたらし団子の発祥、賀茂神社だったのか……^^;
「石川や」の論争は、前から気になっていたのです。
長明は、何で秘伝の言葉を敢えて使って来たのかな、と。
今回、三題噺という機会を得て、ちょっと考えてみたのが拙作です^^;
やっぱり「方丈記」のアレがあるから、長明はそういう思考法の持ち主なんだろうなぁ、と考えたのです。
ちなみに最初は桐野利秋で、雨粒三回斬りの話にしようかなと思ってました(笑)
でも「理由」が出せなくて、こちらの長明の話にしました^^;
そしてレビュー、ありがとうございます。
嫌がらせされるのでスローライフ(笑)
しかし大岡信先生まで持ち出してくるとは、そこまで予想がつきませんでした^^;
「石川や」の歌って、奥深いものなんですね。
ちょっと意味を取り違えると嫌だったんで、雨の中で詠んだことにして、自分で設定した意味にしちゃいましたが、本来の歌の意味、凄くいいです。
また、長明の生涯とその無常観にも触れていただき、ありがたい限りです。
このあたりを知ると、拙作の味わいがより一層深まると思いますし、何より、知らない人は「へえ!」と思って、長明に興味を持ってくれると思います。
ありがとうございました!
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言霊、と言いますか、言葉の力が今よりも強く信じられている時代があった事は想像出来ますが、それが秘伝とされていた事は驚きです!
人を呪う言葉はだめですが、美しい言葉は表現するからこそ意味があると思うのですが、やはり現在と当時では感覚の相違があるんでしょうね。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
言葉まで秘伝としているところが、私もビックリしました^^;
おっしゃるとおり、言霊が大事にされていたのでしょう。
でも鴨長明は、そんなことより、うつくしい歌を詠む方が大事だったのでは。
長明の方が、後世としては主流の考え方です。
でも当時としては異常だったのでしょう^^;
そしてそれを乗り越えた長明は、やっぱり凄いと思います。
ありがとうございました。
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こんにちは。拝読させて頂きました。
『瀬見の小川』にはそのような意味があったのですね。そんなにも秘めるべき言葉であったことを知りませんでした。きっと、まさに秘伝なのですね。ですがこうして詠んだことで何百年物時を経ても語り継がれるのは凄いことだなぁと思います。昔の人々が、後世に向けて残そうとした意思がそこにあるようですね。素敵なお話を、ありがとうございました。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
瀬見の小川、そういう意味でした。
これを思いついた神職の人は「いい言葉思いついた。大事にしとこう」と秘密にしたんでしょうね。
それはそれで良かったんでしょうけど、鴨長明からすると、「大事だけど、使いどころがある時は使わなきゃ」と思ったんでしょう。
だから我々はこの言葉に接する機会があるというわけで……そういうことを考えると、何か凄いなと思って書きました^^;
こちらこそ、ありがとうございました。
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こんにちは、御作を読みました。
秘するが故に意味がある。
世に認められてこそ価値がある。
どちらも正しいのが悩ましいですね。
いずれにしても、美しいものを残そうとした先達の尽力には頭がさがるばかりです。面白かったです。
作者からの返信
秘すれば花。
たしかにそういうところもありますね^^;
でも、長明からすると、「今でしょ」みたいなところがあって(笑)、さっさと使っちゃったのでしょう^^;
おっしゃるとおり、そういう言葉を残そうとする人と、出そうとする人、どちらも合っています。
こういうやり取りがあるからこそ、後世である今に、そういう言葉が伝わった――たしかにその通りだと思います!
ありがとうございました。
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拝読致しました。
鴨長明は教科書の中でしか知らなかった存在ですが、なんとも我が強く、しかも風雅であるという面白い存在、とされてますね(^^)
たった一つの言葉、これが人の美意識を刺激し、その来歴により人を怒らせもする。
言葉すらも柵に捕らえられていて、それでも歌として千年を越えるのは、長明さんの信念と美意識の賜物。
意志と感性の勝利ですね(^^)
面白かったです。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
鴨長明、私も「三代随筆の三番目」という、とんでもない認識でおりました^^;
でも調べると、けっこうアクのある、どころか自己主張がけっこうある人でした(笑)
長明としては、神職にさせてもらえなかった腹いせも実はあったのかもしれませんが(笑)、秘伝であることよりも、みんなが知った方がいいと思って、瀬見の小川という言葉を使いました。
神社としてはNGかもしれませんが……おっしゃるとおり、長明の選択の方が「当たり」だったようです^^;
この辺の彼のこだわりというか意志を描きたかったのです。
ありがとうございました!
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おお、四谷軒さん。とてもよい作品でした。趣深く、綺麗な、流れるような作品でした。まさに瀬見の小川。
このお話を読む前に、一通り、鴨長明のことを調べたんですが、何度も出世にチャレンジして、ことごとく失敗して、最後は出家して隠遁、という人だったみたいですね。世渡りが下手なのか、どこか変なところがあったのか。最後は、下賀茂神社と関係ない、鎌倉の源の歌の先生に推挙されて行ったのに、先方で断られるという赤っ恥。一体なにがあったんでしょうか。と思わされました。
四谷軒さんおっしゃるとおり、歌のためには、対立も厭わないような、強い人間性や信念が敬遠されたのかも知れません。
良い作品だと思いましたので、お星さまパラパラと、そのまんまコピペーですけどレビュコメも出しておきますー。
それじゃまた!
作者からの返信
恐縮です。
鴨長明、これぐらいしかウィキペディアにエピソードが載っていなかったのですが、何とか描くことができました^^;
そんな長明、何だか知らないけど、神職や出世を目指していたのに頓挫、そして出家という道のりをたどった人です。
おっしゃるとおり、どこか変だったというか、偏屈だったのかもしれません。
特に、歌や文章に対しては、並々ならぬこだわりを持っていたのでしょう^^;
そしてレビュー、ありがとうございます。
門外不出の禁句を入れて勝負に挑む――まさにこれです。
秘伝の言葉なのに、それでも歌のうつくしさの方が上という、長明。
この辺の「あり方」が、「方丈記」の透徹した文章の元になったと思います。
そのあたりを強調していただいた、ナイスレビューだと思います。
ありがとうございました!
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御社(おんしゃ)の秘密をばらしたらだめでしょ、と思ったら、「みやしろ」だったんですね。祐兼も「秘伝」とか言ってばらしているわけですが、祐兼が言ったことばは残らなくても、長明の歌は千年後までも残る、という対比が鮮やかです。
世が乱世へと移り変わる時代に生きた長明。
「雨のなかに月をと望む心」は時代の心を代表していたんだと思いました。
すてきな物語をありがとうございました。
作者からの返信
お星さま、ありがとうございます。
御社(おんしゃ)ってしたら、一気に「課長島耕作」みたいな世界に(笑)上加茂や下加茂とか、いろいろとわかりづらいだろうから、「御社(おやしろ)」にしましたが、まさかこんなことになってしまうとは^^;
祐兼、言われてみればネタバレしてますね。
でも、神職としては、長明が許せなくて、そこまで言及してしまったんでしょう。
秘伝の言葉──されど、雨中に月をと思う心を歌うためには、長明は躊躇わなかった。
こういうのは、歌ったもん勝ちだと思ったんでしょう^^;
実際、新古今集に載ることを知った長明は、けっこう喜んだみたいです。
……長明というと、これぐらいしかエピソードが残されていませんが、それをこのようにして物語にすることができて、作者冥利に尽きます。
こちらこそ、お読みいただき、ありがとうございました。
石川や瀬見の小川の 清ければ 月も流れを 尋ねてぞすむへの応援コメント
いいですねぇ〜、言霊から言葉へと時代を移す「その時歴史が動いた」。
鎌倉時代以降、平易な言葉が変化することが多くなり、今で言う「ら抜き言葉」が室町時代に始まります。
その端緒を丁寧に描かれていると思いました。
作者からの返信
鴨長明は一回書いておきたいと思っていた人なんです。
三大随筆の中でも、わりとマイナーな扱いなんで、マイナー好きの私に刺さっておりまして。
でもエピソードがあんまりないので、かろうじてウィキペディアに載っているこの歌の話をふくらませました^^;
「ら抜き言葉」って室町時代からなんですか、それは知りませんでした。
でも鎌倉時代以降って、悪党などの民間勢力が勃興してくる時代ですし、それに伴って、力を持つ民も「上がって」来たんでしょうね。
その結果、言葉も、使う人が増えれば変化と変容がで出てきたのでは、と思います。
そういう背景があって、鴨長明も、言葉というものはひとり占めせずに、愉しめるものが愉しめばよい、と思っていたのかも^^;
その辺をご評価いただき、嬉しい限りです。
ありがとうございました。