音声データの書き起こし
※以下の文章は行方不明になった学生自身が書いたものではなく、彼のPCに保存されていた音声データを私が書き起こしたものです
他の文章群と同様のファイル内に、元となった音声データも保存されていたため、この順で掲載しました
(録音開始)
「っきなり呼びつけてすみません。お忙しいのはわかっているんですが、できるだけ早く動いておきたくて」
「構わないよ。⚫︎藩についてレポートを書いてるんだろう?出来るだけ情報は多い方がいい。あそこは色々と多層的に重なり合っているから」
「ありがとうございます。ちなみにお送りしたファイルはどうでした?一応ちゃんと確認しながら訳したんですが……」
「ああ、現代語訳におかしいところはなかったと思うよ。参照している資料も信用できるものだし、あとはどのようにまとめるかだね。それと、さっきも言ったがやはり情報は多い方がいい。もう少し色々な資料を引用した方がいいよ」
「やっぱりそうですよねぇ。似た話を避けるとどうしても絞られてきちゃって」
「まぁでも、別にこれで終わりじゃないんだろう?」
「ええ、まぁ流石に。まだ訳せてないだけで使おうと思ってる話はまだ結構あります。ただそれでも少ないかなぁって」
「ま、こう言うのは多すぎて困るということはないさ」
「そうですよね。あ、それとなんですけど、一応今してるこのお話も録音させていただいていいですか?ていうかもう録音アプリ回してるんですけど」
「(笑い声)涙ぐましいねぇ。君もあれこれと苦心しているようだ」
「全くですよ。こんなに大変になるとは思っていませんでした。しかも大武さんがことをややこしくしてしまって」
「ああ、あの件か。私も聞かされた時は驚いた」
「まったく、何やってるんでしょうねほんと。勘弁してほしいですよ」
「そうかい?私は彼を買っているけれどね。実際、大武くんの主張は正しかったわけだし」
「それはそうですけどね。『今と過去が等価であるなら現実と虚構も等価である。テキストとして書かれた過去や記憶される過去は全て、観測者の主観を経た虚構に過ぎないのだから』……でしたっけ」
「そうそう。彼らしい良い視点だ」
「先生の一番近くで学んでた方ですしね。でも、まさかこのタイミングで実践しますかね?おかげでやることが僕の方は増えてしまいました」
「別にいいじゃないか。レポートが厚くなるだろ」
「よかないですよ。僕のレポートの趣旨はあくまで時空間異常なんですよ!」
「彼と君では目指す地点が違うんだろうさ。見ているものも、その背景もね」
「まぁ、それはそうなんでしょうけどねぇ……実際に迷惑を被る側からしてみたらそうも言ってられないんです」
「(笑い声)あのねぇ、迷惑と言ったら君もカハラ氏に相当迷惑をかけているだろう」
「あ〜……それを言われると返す言葉もないです……。無事出せたとは言え、一時期お父さんとも気まずくさせてしまいましたしねぇ。ほんと、あの件を許してくれたのは聖人としか……」
「そうそう。だから君も少しは他人に寛容になりなさい」
「んん……(沈黙)でも大武さんって先生絡みでいつ暴走するかわからない危うさがあるじゃないですか。だから苦手なんですよ」
「でも君たち興奮してる時の喋り方めっちゃ似てるよ」
「え、めっちゃ嫌だ」
「ははは。それにだね、そもそも先生がやっていたこと自体世間的に見たら暴走じゃないか」
「そうですか?僕は大いに賛同出来ますけど」
「(笑い声)君も大概変な危ういと思うよ私は。でもまぁ、私だって彼に賛同したからあれこれ協力したわけだけど」
「その話もそのうち詳しく聞いていいです?」
「おっと、それは丁重に断らせていただくよ。私にだって隠しておきたいことはいくつかある。それに、私のこと以外はできるだけ情報提供してるだろう?」
「それに関しては本当にいつもありがとうございます。任崎館長の件でもお世話になりましたし」
「ああ、そうだった。あのテープはもう見たんだろ?」
「はい。またの名を大武さんのやらかし劇場」
「そう言ってやるなって」
「だいたい、徳田さんも言ってましたけどあの人発想がありがちでちゃちい割にプライド高いんですよ。クトゥルフネタもそうだし、北欧神話からの借用だって相当無理ありますからね!アングルボザを油瞽女にしよう!って思いついてウッキウキのまま他のも考えたんでしょうけど、ロキを老亀はナシすぎです」
「いやあの辺のネーミングセンスに関しては別に大武君の意図によるものじゃないよ」
「え、そうなんです?」
「ああ。あくまで音が変化してあの文字になっただけだ。だからあれらの妖怪の名は正真正銘、あの月の浜の人々によって定着したものだ。彼が意図して名付けたのは泡座頭だけだよ」
「でも結局、泡座頭はあの人ネーミングなんじゃないですか。ていうかそれならそれで『クトゥルフ以外のネタもあります』ってなんだったんです?まるで自分が考えたみたいに」
「まぁまぁ」
「だいたいクトゥルフ神話と北欧神話って、選定が如何にもですよねぇ。実は僕より後の生まれの人だったりしません?なんか悪い意味で若いっていうかぁ……絶対あの映像の後、徳田さんの指摘思い出して涙目になってましたよ」
「(笑い声)それはなってた」
「やっぱり!それになんか黒幕感出してるのも腹立ちますよね。いくら月の浜関連では影響が大きいとはいえ、全部自分が裏で糸引いてますみたいな振る舞いは先生に対しても」
「(話を遮って)それより、次はどうするんだい?」
「あっ……。すいません。少し熱くなってしまいました。えーっと……そろそろ夏休みですし、しばらく⚫︎に帰省してインタビューとかしなきゃと思ってます。任崎館長とお話しするために一回戻りはしましたけど、その時はすぐ帰っちゃいましたから」
「ああ、それは絶対にした方がいいよ。フィールドワークなしの研究は研究とは言えないからね。ていうかあの時も軽くインタビューしてくれば良かったじゃないか。その辺のお年寄りに聞いてもなんかしら変な話が出てくる土地なんだから」
「ひぃ……厳しいお言葉だぁ」
「厳しくないよ。君も学生なんだから手間を惜しまないように」
「はーい」
「インタビュー相手は目星つけてるのかい?」
「とりあえず祖父母と、あと任崎館長にもあらためてご挨拶しないとですよね。ああそれと、二馬憩の旅館にも行きたいんですよ」
「いいね。宿の職員なら色々な話を知っているだろうし、なんなら経験談も聞けるかもしれない」
「まぁそれもありますけれど、1話前の二馬憩の偽火事騒動の話、あれの最後の方で佐川清右衛門が襖絵になったって書かれてたじゃないですか」
「ああ、彼もとんだ災難だよね」
「だから、宿で襖絵になっている佐川さんにインタビューをしてみようと思います」
「(笑い声)」
「え、なんか変なこと言いました?僕」
「(笑い声)言った言った(笑い声)なんだい?君、今も彼が襖絵のままで、会いに行ったら話せると思ってるのかい?」
「いや、普通に思いますけど。ていうか今更でしょう」
「それはそうなんだけどね。記録に出る影響と現実に出る影響は話が違ってくるだろう。過去の話としては信じられても、今の話としては信じ難かったりね」
「記録だって、現実の中にある記録ではあるでしょう。そこに影響がある以上、現実にも影響はあると僕は判断します。そもそも過去と現在が相互に関連すると主張した先生をリスペクトしている人間が、両者を分けること自体ナンセンスです」
「やっぱり君、大武君と似てるよ」
「マジで嫌です」
「まぁそう言うな。佐川氏にインタビューするんだろ?それなら、彼があの時止まった宿を教えてやってもいい。URL送るよ」
「本当ですか!」
「ああ。ぜひ行ってきたまえ」
「いつもありがとうございます!じゃぁ早速、って、一回切らなきゃか……」
(録音停止)
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